6話 ここは領主に見放された村でした。
翌朝もレオンに起こされて、軽い朝食のあと仕事を開始します。
きちんと寝たはずなのだけど、腕や足の筋肉がつっぱっていて痛いです。
これが、筋肉痛。
牛たちが昨夜食べ残した牧草を掃いてきれいにしたあと、新しい牧草をあげる。終わったら井戸水を汲み上げます。
私が暮らしていた屋敷やハリエラ家が治める領地は、道や水道が整備されていました。同じ国内なのに、この村にそれらはありません。
国境付近の村だから整備が後回しにされている? 村からも税を取っているはずなのに、どこに税金を使っているのかしら。ここの領主さんに物申したいわ。
水を替えてすぐ、牛たちはブモウと啼いて水の桶に口をつっこみます。
「あいたたた、私の髪は牧草じゃないわよ」
屈んでいたせいで牧草に後ろ髪がたれて、牛が一緒に食んでいます。
もしゃもしゃと牧草を食べるのに夢中で、まったく気づいていません。
「ほら、メイ。それは食べ物じゃない」
「モー」
レオンが肩のあたりをなでて声をかけると、牛は髪を離してくれました。
「悪い。うちに髪の長い人間がいないから気づかなかった。髪は結ぶか切るかしろ」
「ありがとう。気をつけるわ。メイちゃんもごめんね。ごはんのすぐそばに髪が垂れたら口に入っちゃうよね」
ひとまずハンカチを細く畳んでリボン代わりにうなじで結びます。
ちなみに大人牛の名前はそれぞれ、メイ、ベル、リン、ラナ。お父さんがつけたそうです。
「牛に対して怒らないんだな」
「今のは私が悪かったのに、なんでメイちゃんを怒る必要があるの?」
レオンはメイちゃんを撫でながら教えてくれた。お母さんを亡くしたあと、人手が足りないからお父さんが人を雇ったことがある。その人は牛を乱暴に扱う人で、牛が思い通りに動かないと蹴ったり怒鳴ったりしていた。その人はすぐクビにして他の人を探したけど、長続きしない。
だからレオンとお父さんの二人で育てられる範囲まで牛の数を減らして、仕事を続けてきた。
そのお父さんが亡くなって今に至る。
「どうせ探しても来るのがろくなのじゃないだろうから、俺一人でやってたんだ」
「そうだったのね」
それから黙々と作業して、朝の仕事が終わりました。
不思議と昨日より体が辛くない。
草地にねそべって空を見上げると、背中に感じる朝露の湿り気や、ひんやりした空気が火照った体には心地良い。
あおあおとした香りが鼻をくすぐる。
大変だけど、仕事をするのって充実感があるのね。
「ゲルダ、今日の給料だ」
「ありがとう」
昨夕の分も含まれているから、昨日よりちょっと多い。
「ふふふ。お金を貯めたら何を買おうかしら。考えるのって楽しいわね」
全部何もかも無くしたまっさらな状態だから、一から自分のものを自分で働いたお金で集めるのもいいわ。
冬が近いから防寒着があったほうがいいわね。
レオンにお礼もしたいわ。
「そうだ! レオン、今度から私も食事を作るわ。交代で作ればレオンの負担も減るでしょう」
「えええ……」
「なんで嫌そうな顔をするの」
喜んでくれると思ったのに、レオンは露骨に顔をしかめています。
「お前、見るからに箱入りだから。洗濯ができないなら、料理もしたことないだろ。貴重な食材を無駄にされたくない」
「うっ」
一つも間違っていないので、悔しいけど言い返すことができません。
「こ、これから勉強するわ。食材を無駄にするなんて言ったこと後悔させるんだから! お料理の本はない?」
「本なんてあるわけないだろ。この村に文字を読める人間なんていないんだから」
「……学校は?」
「入学金がいるだろ。その後は授業料。三人で仕事しながら生活するのでも精一杯なのに、学校に行かせてくれなんて言えなかった」
村の誰も文字を読み書きできないということは、レオンどころか、ロリーナおばあさまの時代からそうだったんでしょう。
「領主は何もしてくれないの?」
「親父たち村の大人が総出でベルクマンの屋敷まで頼みいにったことがあるけど、何も変わらなかった。なのに毎年税が上がる一方で嫌になる」
ベルクマン……つまり、ここはクリストフの家が治めている領地だったのです。