5話 村人みんなの憩いの場、温泉です。
「まあ。これが温泉! なんて広いんでしょう!」
レオンに案内されて着いた温泉は、エメラルドのような緑かかった湯です。
鉄に似た不思議な匂いがします。
村人全員が入ってもまだ余裕があるくらい。広い水場がまるごとお湯。
立ちのぼる湯気に興奮が抑えられません。
「あっちにあるのが女性用の脱衣所だ。湯着に着替えてから入れよ」
「わかったわ」
レティシアおばさまが湯着をくださったので、安心して入ることができます。
温泉に入るときのルールで、湯着を着用するというものがあります。
海水浴で使う水着のお風呂用といった感じのものです。
着ていたものを脱いで湯着に着替え、温泉へ続く扉を開けます。
「ゲルダちゃんも来たのかい。こっちのほうが温かいから浸かりな」
「ありがとうございます」
源泉が流れてくるあたりに、レティシアおばさまをはじめ、村の女性が集まっていました。
見よう見まねでお湯に足をつけ、温泉につかります。
「はぁー。あったかいですねー。溶けちゃいそうです」
屋敷で入っていたお風呂とは似て非なるもの。冷え切っていた指先にじんわり血が通っていくのを感じます。
力の入らなくなっていた腕も温まって心地いいです。
「ここのお湯は筋肉疲労によく効くんだ。浸かったあとはゆっくり休めるよ」
「そうなのですね」
「美肌効果もあるからね。ほれ、あたしら毎日入っているからツヤツヤでべっぴんさんだろう?」
白い息を吐きながら、ロリーナおばあさまが笑います。ロリーナおばあさまはりんご農家の方。ほっぺたがりんごみたいにあかくて可愛らしいのです。
「ふふふ。ほんとう。とてもおきれいです」
ここにいるみんな、農家のお嫁さんでそれぞれ鶏の世話や果樹の収穫、畑仕事をしておられます。
「ゲルダちゃんも、お風呂に入ってツヤツヤお肌になったらレオンが惚れ直すかもしれないよ」
「あ、いえ、あの。私はレオンのお嫁さんじゃないですよ?」
「じゃあお嫁さん候補か。自分にも人にも厳しいけれど、真面目だからね。いい旦那になると思うよ」
「あははは……たしかに、とっても厳しいです」
厳しいけど、私を助けてくれたし食事を用意してくれて、寝床も与えてくれた。
命の恩人です。
ですが、スパルタすぎやしないでしょうか。
私、お父様にここまで厳しくされたことないです。
……でも私と同じ、いえ、私の二倍以上動き回っているのに、レオンは息一つ乱していませんでした。
たぶん農業はあれくらい動くのが普通で、私は手伝い程度のことしかできていない。
手伝い程度でこんなに疲れ果てているのです。
「レオンはすごいですね。私、こんなに非力で、役に立てているんでしょうか。足手まといになってないかしら。レオンに要らないと言われたら、行く場所が無いわ」
今日一日仕事して、自分が情けなくなりました。
おばさまが私の手を取り、手を重ねます。
豆がつぶれて治ってを繰り返して、皮がゴツゴツになっている手のひら。
“働く人”のきれいな手です。
私の手は、メイドが手入れしてくれていたから、きれいに見えていただけ。
「いいかいゲルダちゃん。レオンは一人で立っているように見えても、親父さんを亡くしてから笑わなくなったんだ。ゲルダちゃんが支えてあげておくれよ」
「私が、支えに?」
「そうさね。力じゃない、別のところで」
私にできることがあるんでしょうか。
私達の話が途切れると、わいわいと男風呂の方からも声が聞こえてきました。
「いいかレオン。あんな気立てのいい子を嫁にできるなんて男冥利に尽きるってやつだぞ。優しくしてやらなきゃ逃げちまうぞ」
「だから! 嫁じゃないって何度言わせるんだ村長!」
「みんなで結婚式しなきゃな!」
「話を聞け」
レオンもレオンで、同じ話題でいじられているようです。
温泉からあがってレオンと合流したら、レオンの眉間のシワが深くなっていました。
「何を怒っているの?」
「怒っていない。俺はもとからこういう顔だ」
ふいと顔を背けて歩きだしてしまいました。
見上げるほど背が高い。毎日力仕事をしているため、袖から覗く腕は傷だらけで筋肉質。
貴族の男性は、騎士団に所属していたり狩りが趣味というわけでもない限り、こんなふうな人はいなかった。
レオンが酪農家として生きてきた時間が、今のレオンを作っているのね。
お父様を亡くして以来、私が手伝いに雇われるまであの仕事を一人でこなしていた。
“支えになってあげて”
おばさまに言われた言葉を心の中で噛み締め、レオンのあとに続きました。
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