3話 生まれてはじめての労働。レオンがスパルタすぎます。
「仕事だ」
「キャーー!」
朝日が登って間もない、薄暗い中。誰かに布団をはぎ取られました。
いつもならまだ寝てる時間。
メイドが暖炉の火を入れてくれてるのに。
……ああ、そうだ。メイドはもういないんだった。
早朝の冷気が容赦なく私の体を冷やし、眠気が吹き飛びます。
もしかして毎日こんな時間から働くの?
「レオン、せめて、もう少し丁寧に起こして」
「山道で寝たいなら好きにすればいい」
「野宿なんて嫌です……」
レオンが私の足元に一揃いの皮靴を投げます。
生地がくたびれていて、だいぶ使い込まれているようす。
「俺の母が使っていたものだ。少し大きいかもしれないが、誤差は布を詰めてなんとかしろ」
「あ、ありがとう」
裸足のままじゃ牛の世話どころか生活に差し障るものね。
「仕事の前に食っておけ」
レオンが用意してくれたのはホットミルクと黒パン、そして目玉焼き。
ちぎって一口食べてみたけど、パンが堅すぎてあごが痛いです。
レオンを見ると、ホットミルクにつけながら食べています。
真似てミルクを吸わせてみたら、いくぶん食べやすくなりました。
私の足元では昨夜見た犬がなにか待っています。
「ジョン。座れ」
レオンの指示に素直に従い、犬ーージョンがおすわりします。
深皿にホットミルクをもらって、レオンが「よし!」と言ってから飲みはじめました。
「なぜ私たちが食べ終わってからあげるの? お腹をすかせてかわいそうじゃない」
「それがこいつらの習性だからだ」
「ええと?」
「ジョンは群れで動く犬種で、群れのボスが最初に食事をとり、格下のものがあとに食べる。最初にジョンに食事をやると、自分がボスだと思い人間を下僕だと思う」
つまり私たちが先に食べることで、ジョンは私たちをボスだと認識し牧畜犬としての役目を果たしてくれる。
「……ごめんなさい。かわいそうって、私の勝手な言い分なのね」
「そうだな」
食事を終えたら仕事です。
牛舎に着いたらすぐ、レオンがホウキを渡してきます。
「昨夜の食べ残しを掃いて、隣の倉庫にある新しい牧草をやってくれ。それと水桶の水を新しいものに変える。あっちにある井戸で汲むんだ。
頭突きされるから、牛に頭を近づけるなよ」
「わかったわ」
私が掃除と新しい餌を用意して、その間にレオンが乳を搾る。
餌やりが終わって、レオンも搾り終えた牛乳をタンクに入れていきます。これで終わりかと思ったら。
「次。牛の寝床の用意」
「ま、まだあるの!?」
もうこの時点で私の足は悲鳴を上げています。
腕が痛い。内ももが痛い。ふくらはぎが痛い。
汗で服と髪がぐっしょり湿っています。
普段どれだけ運動してなかったのか、身を持って知りました。
「俺が古い寝わらを取るから、ゲルダは新しいのをもってこい」
「えええっ」
移動距離と消耗する体力を考えると、レオンがわらを取りに行ったほうがよさそうなのに。
「何だその目は。適材適所だ。牛に懐かれてないお前が足元に近づくと蹴られるぞ。こいつら体重が五〇〇キロあるから下手すりゃ骨折する。それも嫌なら山道に帰れ」
「新しいわらを取ってきます」
うん。適材適所って素敵な言葉よね。
一輪車に乗せて、倉庫からわらを運んできました。寝床の古いわらを取り終えたレオンが新しいものを敷くと、牛たちは嬉しそうに横になりました。
「次、子牛に牛乳をやる」
「……わかりました」
まだあるの、と弱音を吐いたらたら絶対「山に帰れ」って言われるもの。
半日一緒にいるだけで、もうレオンの性格が掴めてきました。
レオンが用意したブリキのバケツ二つに、それぞれ牛乳が半分くらい入っています。
「多すぎない?」
「人間基準で考えるとそうだろうな」
眉一つ動かさず、レオンはバケツの一つを渡してきます。
「子牛の首の高さでバケツを支えてろ」
「はい」
子牛の首の高さは私の腰の高さくらい。
バケツを支えるくらい簡単、なんて高をくくっていたら、頭突きをくらいました。
痛いです。
そして牛乳はかなりの量あったのに、子牛は数分で飲み干してしまいました。
「知らなかったわ。子牛ってこんなに牛乳を飲むのね」
「こいつら生まれてまだ十日くらいだからな。もう少し成長すると今の二倍以上飲むぞ」
「まぁ。生命の神秘ね」
ようやく朝の仕事が終わりました。
牛舎の前で足を投げ出して座り込むと、ジョンが私のそばに寝そべります。
レオンが井戸水を入れたコップを渡してくれました。
「おつかれ」
「どうも」
水が美味しくて泣きそうです。
これまでの人生で、こんなに全身使って動いたことはありません。
しばらくして、他の家の住人たちも起きてきました。
気の良さそうな笑顔を浮かべたおじさま、おばさま、おばあさまたちです。
「おやレオン、いつの間に嫁をもらったんだね」
「嫁じゃなくて従業員。昨日山で拾ってきた」
拾ったって、捨て猫じゃないんだから。
すぐまた「山道に置いてくるぞ」と言われるから声に出せません。
これから村の皆さんにもお世話になるのですから、背筋を伸ばしてお辞儀をします。
「はじめまして、ゲルダです」
「そうかい、ゲルダ。レオンはぶっきらぼうだけど根はいい子だから、いい夫になると思うよ」
「え、あの、ただの住み込み従業員なんです」
レオンも私も否定しているのに、もう皆さんの中でレオンの嫁認定されています。
横目でレオンを見ると、めんどくせぇと顔に書いてあります。
九の刻。町からきた業者さんが牛乳を買い取っていきました。
レオンが小さな袋を私の手のひらに乗せます。
「今朝分の給料。食事代と住居費は引いてあるからな。服が欲しけりゃ自分で金を貯めて町で買い揃えろ」
開けてみると銅貨が五枚。
お給料なんて生まれて初めてもらいました。
じわじわと、胸が温かくなります。
貴族には、はした金と言われるでしょう。
でも、身一つになってしまった私にはこれまで身に着けてきたどんなドレスよりも貴重な宝物に見えました。
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