2話 働かざるもの食うべからず。働く以外の選択肢をもらえません。
レオンに案内されてたどりついたのは農村でした。
街灯一つない、ひなびたという形容詞が似合う場所。
ブモオーという低くて野太い啼き声がこだましています。
これはなんの声。変な臭いもするわ。
レオンは声を恐れる様子もなく、大きな舎の中に入っていきます。
レオンがコートを脱いで、舎に灯りをつけてまわって、初めてレオンの顔がわかりました。
目にかかる茶色い髪。
空を思わす青い瞳。背は私より頭一つ分高い。
筋肉質なのが服を着ていてもわかります。
レオンの背後には白と黒の斑柄をした大きな動物が四頭。同じく斑柄で小さめの動物が一頭います。
その動物が頭を持ち上げて、ブモォ〜!! と啼きました。
「こ、これはなに」
「ゲルダは牛を見たことないのか?」
「肉を食べたことならあるけれど、生きた姿を見たことはないわ。これが牛……」
牛は私の背丈よりも大きい。
「こいつらの世話をするのが俺の仕事。牛乳を出荷して金をもらう」
「れ、レオン。私、食べられちゃったりしない? こんなに大きいんだもの。ひと一人簡単に食べられるんじゃ」
「んなわけあるか。こいつらは草食だ。食べるのは牧草だし、飲むのは普通の水だ」
……もしかして私、無知をさらしただけ?
顔が熱くなって、レオンから目をそらします。
「朝と夕の二回、牧草を食わせて水を飲ませ、牛乳を搾る。搾った牛乳はそこの冷却魔法のタンクにためる。寝床の掃除をしてやる。翌朝の搾乳後に町の業者が買い取りにくる」
「そうなのね」
レオンは腕まくりして、一輪車で牧草を運んで牛に与えていきます。
井戸水を汲み上げて牛の前のたらいに張ってやると、牛たちは嬉しそうに食べています。
レオンが牛の横に屈んで乳の先を引っ張ると、バケツの中に牛乳が入る。
あんなに足の近くにいて大丈夫なのかしら。牛の脚は太くてがっしりしていて、蹴られたら骨が折れちゃいそう。
「どうだゲルダ。やれそうか?」
「え、わ、私も同じことをするの? 見ているとかなりの力仕事なのに」
「また山道に戻りたいなら案内する」
働かざるもの食うべからず。
働くしか道はありません。
「……お世話になります」
それから、レオンの家に連れて行かれました。
広さはハリエラ家本邸のクローゼットくらい。
キッチンとテーブルセット、ベッドが二つあるだけ。
貴族の屋敷と比べてはいけないけれど、とてもこじんまりした家です。
「……他のご家族は?」
「去年親父が死んでからは一人。おふくろも四年前死んだ」
レオンはこともなげに言います。
「ごめんなさい」
「なぜ謝る」
「初対面なのに余計なことを聞いたわ」
「べつに、家族がいないのは本当の事だ。謝られる方が困る」
私もここに来る前のことを聞かれたら困るのに、無神経が過ぎました。
「窓際のベッドを使え。食事は出してやるから、シーツの交換と洗濯、服も自分でなんとかしろ」
「……洗濯ってどうやるの?」
「はぁ!? 洗濯の仕方を知らない!?」
レオンの声が裏返ります。
だって、これまで身の回りのこと全部、メイドがやってくれていたんだもの。
庶民から見たら、洗濯の仕方を知らないのは少し、いえ。かなり非常識なことなのね。
何もできない自分が情けないわ。
夕食に、パンのミルク粥を作ってくれました。
まる一日何も食べていなかったから、ひと皿のお粥が神の恵みのように思えます。
温かくて、美味しくて、涙と一緒に飲み込みました。
これまでの食事とかけ離れているけれど、文句を言える立場じゃありません。
お腹を満たしたらあとは明日に備えて眠るだけです。
でも、隣のベッドに初対面の男の人がいるというこの状況。
窓から入る月明かりだけが、貴族の屋敷で暮らしていた頃と変わらない。
うまく寝つけそうもありません。