11話 エンデ村が私の居場所。
私が村に来てからふた月。
朝の仕事が終わってから、レオンとウェルターの町に来ました。
目的は、市で子牛を売るため。
荷馬車の荷台には、育てていた子牛のかたわれ、雄牛が乗っています。
朝の牛乳をあげてから、念入りにブラッシングしました。
普段の倍の時間をかけてきれいにしたので、白黒の毛づやは最高になっています。
これから売りに出されるのがわかっているのか、子牛はしきりに私の手に鼻をすり寄せます。
この子を売ったお金は牛舎の補修費や牧草の仕入れに使われる予定です。
とても懐いてくれていて、お別れはとても悲しい。けれど私の一存で育て続けるなんてできないのです。
売るのはかわいそうだと言って傷にひたったところで、人は牛肉を食べるし、たまごを食べる。
そうして世界はまわっているんです。
だから私にできることは、命を頂いていることを忘れず、すべての食べ物に感謝することでしょう。
市場のおじさんはゴンさんといって、牛みたいにがっちりした大男でした。
子牛を見分して、体の太さや重さを確認して手元の紙に書きとめていきます。
「レオン。いい牛だな。なかなか太っているし、これなら白銅貨三枚は出せる」
「いい値をつけてもらえて助かる、ゴンさん」
白銅貨一枚は銅貨百枚相当。
黒パン一つ買うのに銅貨二枚なのでけっこうな高値で買い取ってもらえたことになります。
「そっちのお嬢さんはレオンの嫁さんかい? べっぴんさんだねぇ」
「わ、私ですか?」
ゴンさんはガハハハ、と笑いながらレオンの背中を叩きます。遠慮なく叩かれたレオンはむせてます。
「違う、嫁じゃない」
「じゃあ婚約者か。若いっていいねえ。結婚式には呼べよ?」
「違うって言ってるだろうが」
取引が終わって、商店街で買い出しをします。
レオンはうんざり顔のまま。
「なんでどいつもこいつも俺達を夫婦にしたがるんだ」
「わかりませんよ」
村にいるときも仲良く腕を組んで歩いているわけでもないのに、みんなから夫婦だラブラブだと言われるのです。不思議です。
「あ、レオン。図書館によりましょう。ちょっと考えていることがあるんです」
「なんだよ」
「酪農について先人の知恵を借りるんです。どうせなら牛たちが快適に暮らせて、牛乳の質と量が多くなるほうがいいじゃないですか」
記憶を頼りにウェルターにある図書館に行き、農業の本を借りました。
帰り道で、レオンが本の表紙をじっと眺めています。
「……すごい。何が書かれているか分かる」
「レオンは飲み込みが早いものね」
今では、簡単な文なら私がフォローしなくても読めるようになりました。
地頭がいいとでもいうのでしょうか。一度教えるとすんなり吸収していきます。
きちんと学校に通えていたなら、かなり上位にいたでしょう。
村に帰り昼食を取ったあとも、レオンは昼寝時間を取らず、本を読むのに集中しています。
文字を読めるようになったのもとても嬉しいのでしょう。
ページをめくるたびに顔が輝いています。
「これは使えそうだな。見ろよゲルダ」
「なあに?」
「おばさんたちのところに、業者が買い取ってくれない、ハネモノの豆や芋があるだろう。あれを砕いて牛にやるんだ。村で食うにも余っていたから」
市場価格を均一化するため、商人さんたちには“これより小さいのは買い取らない”という基準がもうけられています。
必ずしもその規定にかなうサイズの収穫があるわけではないので、既定値より小さな野菜や豆、果物は村で食べています。
それでもやはりそれなりの量あって、廃棄するのはもったいない。
それを牛のごはんにして牛乳の質を向上させようという試みです。
特に、豆に含まれる栄養素は牛乳の質を良くすると書かれていました。
もちろんタダでくれとは言わず、きちんと飼料として買い取ります。
幸い、村長さんをはじめ村のみんなは快く協力してくれました。
十日もすると目に見えてメイちゃんたちの胸のはりが良くなって、牛乳の量が増えました。
牛乳の量が増えれば収入も増えます。
「最初ゲルダに言われたときは半信半疑だったけど、文字を学ぶのは本当に役に立つんだな」
「ふふふ。こんな形でも、恩返しになったなら良かったわ」
私はレティシアおばさまから野菜スープの作り方を教わって、レパートリーがまた一つ増えました。
村での生活は大変だけど楽しくて。
帰る場所を失ったときは絶望しましたが、今ここが私の居場所なんだと思えて、嬉しい。
年が明けて季節が移りかわり、もうすぐ雪解けをむかえるという頃。
村に予想外の人物ーークリストフがやってきました。