3.手紙の相手
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庭に出ると冷たい夜風がそっと頬を撫でた。会場内の熱気とは対照的にひんやり静まり返った庭園には薄暗いライトのほかには仄かに月明かりのみ。ミラマシェーリは庭園の深部まで進んでいってベンチに座る人影を見つけた。
(やっとY様に会える)
ミラマシェーリは駆け寄りたい衝動を抑えてゆっくりと近づき、そして立ち止まる。
ここまで来て気づいた。
ベンチに座っているのはどう見ても男性のシルエット。
もしかして人違い?
しかし周りを見渡しても彼以外誰もいない。
「Y様ですか?ミミです。」
ミラマシェーリは少し離れたところから声を掛けた。
すると人影が振り向いてその美しい顔が月明かりに照らされた。
「やあ、ミミ。はじめまして。」
「何故、殿下がその名前を知っているのですか?」
月明かりに照らされたエルデバラン殿下は少し悲しそうに微笑んだ。
「それは私がYだからだよ。」
「だって、あのクラブは令嬢のみのはず。殿下と言えども騙すなんて……。」
登録には代理人ではなく必ず本人が行かなければならない決まりなので身元をごまかすことなんて絶対不可能。ミラマシェーリはありえないと首を左右に振る。
「正確に言うなら、二代目Yって名乗ればいいかな?」
「二代目?」
「ああ、初めは妹のヤリリスだったよ。」
悲しそうに微笑んでいた彼の顔が抑えていた感情に耐えきれなくなって苦しそうにゆがむ。
「妹がミミとの文通をしていたんだ。それは楽しそうに。具合が良いときは一緒に教えてもらった店に行ってお菓子も買った。本当に感謝している。」
だから二代目、と言う事なのか。
「ベッドから起きられなくなってからも代理の者が手紙を取ってきてくれたから返事を書いて、最後まで君の幸せを心配しながら逝ってしまった。」
ミラマシェーリの頬を涙が一筋流れた。
「妹の遺言でね、君との文通を続けていたんだ。騙すようで申し訳ない。」
エルデバランはそっとミラマシェーリに頭を下げた。
「いえ、こちらこそ言い過ぎました。でもなぜこのタイミングで会おうと?」
ヤリリスから引き継いだミラマシェーリとの文通を続けるならまだしも正体をばらすのはとてもおかしな行動だった。
「ああ、本当ならヤリリスから文通を受け継いで少ししてから上手く交流を終わらせようと思っていたんだ。でも君とのやり取りが面白くて、黙っているのが苦しくなった。」
エルデバランはじっとミラマシェーリを見つめる。
「Yとしてミミの幸せをずっと願っていたのはヤリリスとそれを引き継いだ二代目の私だ。これからはエルデバランとして君の幸せを願いたい。」
エルデバランはミラマシェーリの手をそっと握った。
「叶うなら君の隣でずっと共に。」
彼の顔がゆっくりとミラマシェーリに近づいた。
お互いの唇がそっと触れ合うだけの優しいキス。
「ごめんなさい。」
ミラマシェーリはそう言い残すと傲然とするエルデバランを残しドレスの裾が汚れるのも気にせずに逃げるようにその場から立ち去った。
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