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1.婚約者

短期連載中

1日目


 ミラマシェーリは度重なる婚約者の浮気に心を痛めていた。

 

 というか、既に呆れていた。


 今までは下級貴族の令嬢だったのだがつい先日は町娘にお忍びの姿で愛を囁いていた。流石に見ていて腹が立ったのだがそこで割って入って自分まで同じレベルに落ちるのはおかしいと思い溜飲を下げた。


 その時に出会ったのが文通相手のY。


 高位の令嬢のみが集う秘密倶楽部での文書のやり取りというものは一つの嗜みとして登録をしてはいたが使ったことはなかった。不思議なもので知らない誰かだと思うと自分を取り繕うことなく文字に思いを吐き出せた。吐き出すだけですっきりしたのだが返事が返ってくるのも気持ちが良い。特にYは愚痴だけでなく世間話や噂話に始まってスイーツ店の情報までと幅広い話題で厭きる事がない。令嬢同士での茶会で裏ばかりを探り合う事につかれていたミラマシェーリにとってそれは最大の癒しだった。


 「ミラマシェーリ様、……先日クワイエの劇場に行かれました?」


 秋の月見の夜会で知り合いの公爵令嬢のワンスに声を掛けられた。いつもニコニコとしている彼女から行ったこともない劇場の名前を告げられてなんとなく嫌な予感がよぎる。


 「いえ、最近劇場には行っておりませんが?私に似てらっしゃる方がいましたか?」


 不愉快な気分を相手に悟られるわけにもいかず口元を扇で隠してミラマシェーリは答える。


「えい、ミラマシェーリ様ではなく、婚約者のフェリオ様がいらしたので私はてっきりミラマシェーリも行かれたとばかり……。」

「あら、いつ頃のお話かしら?」


 余計な事を言ってしまったことに気づいたのか彼女は簡単に礼をするとどこかへ行ってしまった。


 彼女が言いふらすとは思わないが劇場は人目が多い。

 他の知り合いもいたかもしれない。

 少し面倒なことになるかもとミラマシェーリは頭を抱えた。


 夜会から帰宅する途中、Yとの私書箱に寄ってもらい自分宛ての手紙を回収した。Yからの手紙があることに少し心が軽くなる。最近頻度が減ってきていたので嫌われたかと心配していたがそうではなかったらしい。


 ミラマシェーリは屋敷の自室に戻るとすぐに手紙を開ける。そこには綺麗な文字で先日教えた郊外のケーキ屋に行ったことが書かれた。近くに咲いていた花を押し花のしおりにしたらしく一枚同封されていた。物を贈り合うのは原則禁止なのだが封筒に入る程度の物は皆やっているらしい。いいお店を紹介してもらったので御礼がしたいと書いてあった。


 「別にいいのに。彼女が私の秘密の友達でいてくれる事が一番の宝物だわ。」


 ミラマシェーリは先程あった婚約者の最低の行動を面白おかしく書きながら、もし自分が見たこともない劇場について知っているなら教えて欲しいと書いてみた。

 

 婚約者に堂々と浮気されたという噂は彼女にとって汚点でしかない。

 ならば本当は婚約者と行っていたことにすればよい。

 その為には劇場の情報が秘密裏に必要だった。


 後日ミラマシェーリの私書箱に届いたのは一枚のチケットの入った封筒。


 『それなら、本当の劇を見てくればいいわ。Y』


 今話題の演目で、しかもシートが一般ではなく個室に近いプレミアなので会場に入る時さえ気を付ければ人目に付きづらい。こっそり鑑賞したい彼女にとって最高のチケットだった。Yからの突然の贈り物に驚いたミラマシェーリだったがありがたく使わせて貰う事にした。




 チケットは次の週末の夜の会の物だったのでそれに合わせて彼女は会場へと馬車で乗りつけた。そっと馬車を降りると何やら特別入場口の当たりが騒がしい。誰か有名人でも到着したのだろう。彼女もプレミアチケットの為あの入り口を通ることになるのだがいつになったら落ちつくのやら、まあ一般客があちらに気を取られてくれているので目立たず会場入り出来そうなのでそこは良かったのかもしれない。


「エルデバラン殿下、少し顔色良くなって良かったね。これ、先日亡くなった王女様が行きたかった演目なんだって。」


 エルデバラン殿下。


 入口が落ち着いてきたので入場待ちしていた他の貴族に紛れて手続きをしていると先程の人物が誰だったのか分かった。先日流行り病でなくなってしまったヤリリス王女の兄で国を挙げての葬儀ではその美しい顔に大粒の涙を隠すことなく流していたのが印象的だった。兄妹仲が大変良かったと聞いてるので観劇の内容を彼女の墓前での話題にする為に来たのだろう。忙しい公務の中わざわざ劇場にまで足を運ぶその姿に彼の心の優しさが垣間見れてミラマシェーリは自分の婚約者が彼みたいな人物なら良かったのにと、そう思った。


 入場の手続きをして指定された席に着いたミラマシェーリは曇りガラス越しに隔たれた隣のシートを見て息をのむ。


 エルデバラン殿下がいる。


 勿論一人ではなく執事の様な人物が付き添ってはいたがそこに座っている人物は先程外をにぎわせた人物に他ならない。てっきり王族は彼ら専用の席があると持っていたのだが違うのだろうか?あまりにも見つめすぎたのか王子がふとこちらを向いてにこりと笑った。そして近くの男に何やら耳打ちをする。男は席をはずすとミラマシェーリのシートの後方より顔を出した。


 「煩くしてしまい申し訳ございません。ご令嬢。ご迷惑をおかけしている様でした私共は席を移ります。」

 「いえ、わたくしの方が皆様のお邪魔をしているかと。でもこの後ここに友人が来るかもしれませんので移動は申し訳ありません。なるべく殿下のお邪魔にならないよう致しますのでご勘弁ください。」

 「いえ、こちらは全く気にしておりませんので、それでしたらごゆっくりなさってください。」

 

 男は一礼して隣のシートへと戻っていった。

 

 このシートは定員2名。

 もしかしたらと淡い期待をしていたがやはりYの彼女は現れなかった。




 劇は悲恋物語と喜劇の二本立てで思いっきり泣いてその後、声を上げて笑った。フェリオの浮気の裏工作のために来ていたはずが気が付けばすっかりその事を忘れて楽しんでいた。


 演劇が終わり、人の波が出口へ向かうのを見下ろしながらミラマシェーリは暫く劇の余韻に浸っていた。もともと、人が少なくなったら帰るつもりで迎えの馬車を遅い時間にお願いしてあるので十分に時間がある。あんなに良い劇だとは本当に、一人で見たのがもったいないくらい。

 

 そこまで考えてポツンと目から雫が落ちた。


 涙。


 「なんで私、一人なんだろう。」


 フェリオは私の知らない恋人と来たのに。私はいつまで『女の懐の深さ』を見せつければ良い?


 寂しさと悔しさ、どちらが流させている涙なのか。ミラマシェーリの瞳からまた一粒雫が流れる。


 「失礼します。余韻を楽しんでいるご令嬢に、殿下から花束のお届けです。」


 コンコンと扉を軽くノックして開演前に言葉を交わした王子の執事の男性がそっと花束を差し出してきた。


 「貴方様の泣き笑う声を聞きながら殿下も観劇を満喫されたとの事です。この花束はそのお礼です。」


 男はミラマシェーリが泣いていたことに気づいていたはずなのに全くそのそぶりを見せずに花束と一枚の白いハンカチを差し出した。それはうっすらと王家の紋章の透かしが入っている。


 「これは殿下がきっとお顔が花粉で汚れるのでお使いくださいとの事です。」

 「ありがとうございます。」

 

 もしやガラス越しに見えたのだろうか?

 ミラマシェーリはありがたく受け取ると、花粉という名の涙で濡れた目頭をそっとおさえた。


 「殿下に美しいお花とハンカチをありがとうございますと、お伝えください。」

 「承りました。」


 執事の男は深く一礼をして去っていった。

お読みいただきありがとうございます。

毎日、17時更新です


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