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98話 黒衣の少女

 俺は東の丘に隠しきれない魔力の反応を見つけると、皆と一種に丘へ《転移》した。


 《転移》すると、周囲に無数の石の墓標が目に入ってくる。

 どれも長い間放置されていたのか、ボロボロのものが多かった。そして、ヴェルムに来る途中にも見た、ミスリルの花細工が散乱していた。

 

 肝心の魔力の反応は、丘の頂上からだ。

 ヴェルムに閉じ込められる前はなかったこの反応。隠しているのか抑えているのかは知らないが、相当な魔力が小さくまとまっている。

 周囲の花細工の魔力とは比べ物にならない。


 何らかの装置か、あるいは俺たちをずっと監視していた者か……


「この先の、頂上を調べる」

「はっ。前衛は私とセレーナにお任せを」


 エリシアはそう言うとセレーナと共に剣を構え、前をいく。


 俺はいつでも《闇壁》を展開できるよう警戒し、その後に続いた。


 次第に魔力の反応の輪郭がつかめるようになってきた。


 俺は思わず足を止めてしまう。


「人……?」

「え?」


 皆も意外だったようで足を止める。


 反応は人の形をしていた。

 その場でうずくまっている。


  大きさがまだ分かりにくいが……小さいのは確かだ。

  大人ではなく、女性や子供だろうか。


「行こう……」


 俺は恐る恐る、丘を上っていった。


 やがて啜り泣くような声が聞こえてくる。


 人間の少女の声だ。

 しかし、こんな場所に人間がいるわけない。


 なら、取り残された霊か何かか……?


 やがて丘を上がりきると、魔力の主の正体が目に映る。


 黒いローブを着た黒髪の少女が、墓標の前で蹲って泣いていた。


 セレーナの口から思わず言葉が漏れる。


「黒衣……」

「待て、セレーナ」

「分かっております……こんな小さな子ではなかった。だが、あの黒衣は」


 アルスやヴェルムを襲った黒衣の女と同じ服、というわけか。


 特別な服には見えない。

 神殿の修道服に雰囲気は近いが、裾や袖がボロボロだった。


 ユーリが小声で言う。


「か、顔を見たら実はアンデッドだったり……」


 ユーリが言うように、アンデッドの可能性は高い。

 こんな場所に、一人だけ人間がいるとは考えにくいからだ。


 一方でただのアンデッドとも思えない。


 この子は、膨大な魔力を持っている。

 今まで戦ってきた悪魔や天使を凌ぐほどの魔力だ。


 戦闘は避けたい相手だが、ここで引き返すわけにはいかない。


 子供の涙を耳にしならが無視して帰るのは、後ろめたくてできなかった。


 俺は皆に頷くと、少女に近づき声をかける。


「ごめん……どうして泣いているんだ?」

「お姉ちゃんが……ずっと帰ってこない」


 少女からは、か細い声が帰ってきた。


 ずっとというのが一月どころの時間でないことは察しがつく。


「なら、自分から探さないのか?」

「探せないの……私は、お姉ちゃんを怒らせちゃったから……ずっとここで待つしかない」

「それなら……俺に探すのを手伝わせてくれないか?」

「やめたほうがいい……お姉ちゃんはおかしくなったから。もうお姉ちゃんは、私の知るお姉ちゃんじゃない」

「それなら治さないと」

「私だってそうしたいよ……でも、皆が許してくれない」


 少女はそう言うと、涙を拭い──顔を上げた。


 その顔はアンデッドではなく、生きた人間の顔だった。

 真っ白な肌、黒色の瞳……人間の女の子だ。


 しかし、その表情は普通ではない。

 虚な目……絶望したような表情だ。

 泣いていたはずなのに、蒼白となった顔に涙のあとは見えない。

 

 少女は懇願するように言う。


「……お願いだから帰って。そうじゃないと、あなたたちも殺してしまう」


 少女の視線には、無数の大きな骨が転がっていた。

 多少は風化しているはずなのにこの大きさ……

 人の物ではなく、巨大な魔物や聖獣のものなのは明らかだ。


「皆、あなたたちみたいに優しく声をかけてくれた……でも、私のせいで」


 殺されてしまった、か。


 少女は言う。


「逃げて……今すぐ……じゃないと」


 そう話す少女だが、すでに遅かったようだ。


 周囲のミスリルの花細工が一斉に浮かび上がった。


 エリシアは剣を構えて言う。


「コインだけではありませんでしたか」

「百……いや、二百以上はいそうだな」


 セレーナの言う通り、墓地中の花細工が浮かび上がった。


 その花細工を中心に、全身を覆う鎧を身に付けた騎士のような者たちが現れる。

 霊体だが、黒い瘴気──闇の魔力を纏っていた。


 ユーリが怯えるように言う。


「さ、さっきのより強そう!」


 確かに、先ほどのゴーストとは比べ物にならないほど強そうだ。

 皆鎧で身を固めているだけでなく、全員が矛や盾で武装している。

 闇の魔力を纏わせていることから、ちょっとした闇魔法を使えるのかもしれない。


 明らかにゴーストとは違うアンデッドだ。

 亡霊騎士とでも呼ぼうか。


 少女はか細い声を振り絞り訴える。


「皆! お願いだから、もう殺さないで!!」


 しかし亡霊騎士たちは少女の声が聞こえていないのか、俺たちを包囲する。


 少女は俺に顔を向けて言う。


「逃げて! どこでもいいから!」

「逃げるだけなら、できるだろう。だけど、君をこのままにして逃げたくない」


 女の子を一人でこんな場所に閉じ込めておくなんて明らかに異常だ。


「……俺と一緒に、ここから出ないか?」


 そう言うと、少女の目に涙が浮かんだ。


 しかし少女はすぐに目を瞑り首を横に振る。


「ともかく、早く逃げて! お願いだから……じゃないと、私も、また──」

「……また? っ!?」


 俺はすぐに周囲に闇壁を展開した。


 少女が突如、黒い瘴気に包まれたからだ。


 同時に、少女に押し込められていた魔力が一気に膨張する。


 黒い瘴気は一気に上空へと上がり、弾けた。


「これは……ドラゴン!?」


 少女は、黒い鱗の巨大なドラゴンへと姿を変えたのだった。

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