95話 解放
明日3月27日、阿部花次郎先生が描く本作コミック3巻発売です!
ヴェルムに着いた俺たちは、街の大通りを進んでいた。
大通りはゆるやかな坂道となっているが、平地を歩くのとそこまで変わらない。
「なんか……普通?」
ユーリは拍子抜けしたような顔で言った。
相変わらずコインがそこら中に落ちている以外、何があるわけでもない。
不気味なほど静かで綺麗な街並みが続いていた。
現時点では、アロークロウやウィスプがいたアルスのほうが危険だったと言っていい。
「油断は禁物ですよ、私たちはもう敵の掌の上にいるのかもしれないのですから」
エリシアの言う通り、何者かがずっと俺たちを見ている可能性もある。
それに昼で明るいから外で動けないだけで、屋内ならアンデッドが活動できるかもしれない。
家の中から、狙撃してくる可能性もあるのだ。
そう警戒して進むが──ついに丘上の広場に着くまでやはり誰も襲ってこなかった。
着いた広場は、他の街でも見られるような普通の広場だった。
広い石畳の中央に綺麗な水が噴き出る噴水。
周囲には、三階建て以上の大理石の建物が立ち並んでいる。
いかにも、街の中心地といった佇まいだ。
異変と言えば、やはり散らばるコインの存在。
そして全く人影もないのに、あまりに綺麗に整備されているということぐらいか。
「着きましたね。あの、柱で支えられた建物が、恐らくは領主の館かと。街の行政も、館で行われていたと思われます」
セレーナはそう言って大理石の円柱が印象的な建物を指さした。
「そうか。アルスと違って、何かしら書類の類が残っていればいいが……それじゃあ、中に入ろう。何かあれば、すぐに【転移】で撤退する」
皆が頷くのを見て、俺は歩き出した。
しかし、広場の中心まで進むと、突如周囲の魔力の反応に異変が起こった。
「罠か──っ?」」
すぐに【転移】でアルスに戻ろうとするが、できなかった。
以前天使と戦った時のように闇の魔力を集められない、というわけではない。
何かが、この街と外界を遮っているのかもしれない。
「皆、すまない。【転移】が使えないようだ」
「お気になさらず。であれば、戦って切り抜けるだけ」
セレーナは剣を抜いて言った。
そんな中、周りのコインは一斉に浮かび上がり魔力を解放した。
魔力はコインを中心に、人型へと姿を変える。
「……ゴースト?」
エリシアは少し自信のなさそうに呟いた。
人を襲う、人型の霊はゴーストというアンデッドとして知られている。
素手で襲う者もいれば、剣や槍を使う者、魔法を用いる者もいる。
ウィスプよりも攻撃が多様で厄介ではあるが、微弱な聖魔法でも消えてしまうほど脆い。
そんなゴーストが数十体、俺たちを囲んだ。
ユーリが声を震わせながら言う。
「と、ともかくエリシアさん、やっちゃって!」
「言われなくても──【聖光】!」
エリシアの手から周囲に眩い光が漏れた。
【聖騎士】の紋章を持つエリシアの聖魔法は非常に強力だ。
墓守としてずっとアンデッドと戦ってきた経験もある。
ゴーストたちは光を浴びる前から、ただ光を見ただけで姿を消していった。
「さすが!」
「お見事です!」
ユーリとラーンがエリシアを称える。
いつもながら鮮やかな手並み──再び落ちるコインを見て俺は思った。
しかしすぐにエリシアは異変を感じ取る。
コインは再び魔力を吸収し、人型の霊体を形成し始めた。
「これはまさか、コインを切らねば倒せない?」
「なら、私の火で溶かすまで!」
セレーナはそう言って、炎を纏った剣を振るった。
コインは溶け、地面へと落ちる。
これで魔力は集められないはず──俺もそうなると思ったが、コインは溶けても浮かび上がり再び霊体を形作った。
「なっ!? 溶かしてもダメだと!?」
「斬っても──倒せないようですね」
エリシアは剣でコインを真っ二つにするが、それでもコインは浮かび上がり一つの霊体へと戻った。
ユーリは顔を青ざめさせる。
「斬っても溶かしても駄目なんて、じゃあどうすれば……私が金づちで像にでもする?」
「そんなことしたらもっとでかい霊が出てくるかもしれませんよ」
そう言ってラーンも魔法をコインに向けて放った。
しかし、やはり完全に倒せない。
そうこうしているうちに、街路からこの広場に、コインのゴーストが大量に侵入してくる。
ゴーストは霊体でできた剣などでこちらに襲い掛かる。
霊体の矢や石、魔法をこちらに向け放ってくる者もいた。
とはいえ、エリシアの展開する聖魔法で攻撃は完全に無効化できる。
それでもずっとこの状態でいるわけにはいかない。
ゴースト以外の敵や、他の罠が俺たちに襲い掛かるかもしれない。
「どうすれば……いや、そういえば」
以前、アルスの地下で襲ってきたガーディアン──今は鎧族と呼んでいる彼らを、俺は眷属にした。
あの時、彼らの核は闇の魔力で覆われていた。
黒衣の女がやったとしたら、このコインも──やはりそうか。
溶けたり斬れたコインから、闇の魔力が漏れているのを感じられた。
「皆、コインの破壊を続けてくれ。俺がコインに含まれる闇の魔力を取り除く!」
「はっ!!」
「それだけなら、造作もないことです!!」
エリシアは剣で、セレーナは魔法の炎でコインを攻撃していく。
ラーンも二人ほどではないが、魔法でコインを攻撃する。
一方のユーリは雷魔法を適当に放つだけだった。
コインとはいえそれなりの硬度を誇るミスリル。
皆、よくやってくれている。
コインは次々と二人の攻撃で形を変えていった。
「すごい数だ──だが、魔力を取り除くだけなら」
俺は周囲の闇の魔力に意識を向けると、それを一斉に集めた。
闇の魔力を俺の手のひらに一斉に集めるイメージ──開いた手をぐっと閉じる。
思い浮かべたように、闇の魔力は瞬時に俺の手に集められた。
一方、闇の魔力を失ったコインはジャラジャラと広場の石畳に落ちていく。
そんな中、微かな声が四方から響いてきた。
「ああ……自由だ」
「金に……解放された……」
「ありがとう、ありがとう……」
安堵するような、喜ぶような声。
かすかな歓喜が広場を埋め尽くすのだった。