93話 磔の道
甲羅族を味方にした翌日、俺は再び湖の島へと戻った。
この島と湖にも名前がないと不便。湖とティール湖、島はティール島と呼ぶことにした。
ティール島には転移柱を置き、アルス島や他の拠点と転移で行き来できるようにしてある。
その他の設備は甲羅族たちの要望も取り入れながら、眷属たちに造ってもらうつもりだ。
まあ、メルベルをはじめほとんどの甲羅族はアルスに夢中で帰ろうとしないが……
ともかく俺たちは、このティール島を起点にさらに北東へ向かうつもりだ。
メルベルの話によれば、周囲から火の手が上がった時、皆北東へと逃げたという。
そもそも俺たちが進んできた街道も北東に続いている。
さらにセレーナも北東に都市があると言っていた。
進めば、何かしら見えてくるはずだ。
「皆、今日も頼むぞ」
「はい!」
俺の言葉に、眷属たちは今日も元気な声で答えてくれた。
エリシア、ユーリ、セレーナ、ラーン。いつもの四人だ。
俺は皆と一緒に、ティール島から北東の対岸へと転移する。
魔物の少ない対岸を選んだのだが、やはり湖岸にはデススネークたちがいた。
しかし、皆俺たちを見るなり、体をくねらせ去っていった。
ユーリはそれを見て得意げな顔をした。
「ふふーん。私たちのことがよっぽど怖いみたい。もう襲ってきそうもないわね」
ラーンが頷く。
「顔を覚えられたのかもしれませんね。あるいは、私たちの存在が噂になっているとか」
エリシアは戒めるように真面目な口調で言う。
「いずれにせよ、油断は禁物です。弱みを見せれば、また大挙して押し寄せてくるはずですから」
「何が来ようと私がアレク様をお守りする! それではアレク様、行きましょう!」
セレーナはそう言って意気揚々と先頭を進み始めた。
俺もそのあとを追い、街道を進んでいく。
デススネークやアロークロウの姿は見えるが、やはりこちらから遠ざかっていった。
少し離れた場所で凶悪な魔物がこちらを窺っているのに、俺たちは悠々と歩いている。傍から見れば、なんとも異様な光景に見えるだろう。
ユーリが不満そうに呟く。
「これが魔物が羊や牛なら、のどかな景色なのになあ」
「そうだろうな。いつかここらへんで放牧ができるまでにはしたいな」
俺もそう呟いた。
といっても、まずはこの大量の魔物をどうにかしなければならない。
しかし逃げていく相手を倒すのもどこか気が引けるんだよな……
ティアみたいに捕まえて眷属になるか尋ねてみるのも良さそうだが、仲間にした場合彼らを養うのはなかなか骨が折れそうだ。
あの巨体だし、どれだけ食糧があっても足りそうもない。
しかも今まで見た限り、彼らは共食いする種族だった。
今は調査に集中し、最終的にどう開発していくのか決めよう。あるいは、大陸は諦めるのも選択肢だ。
それから俺たちは、この、のどかなのか殺伐としているのか分からない街道を進んでいった。
やがて、またなだらかな上り坂が前に見えてくる。
ユーリが言う。
「お。あの丘を越えたら、また何かありそう」
「ああ。それにあれは」
セレーナは丘の上に伸びる街道の脇に目を留めた。
街道の脇には、細長く縦に伸びた糸杉が等間隔に植えられている。
あれは、帝都の近くでもよく見られる。風や陽光から道を行く人を守るために植えられたものだ。
つまりは、ここから先は特に人通りが多かったのが窺える。そのために、糸杉を植えたのだろう。
エリシアも察したようだ。
「この雰囲気、街があるかもしれませんね」
「ほほう。でも、また廃墟になってんじゃない?」
ユーリの声にセレーナは首を横に振る。
「アルスがそれなりに綺麗に残っていたんだ。何かしら残っているはずだ。それに、前見た都市の遺跡の近くには、糸杉は見えなかった」
「そう言われれば、そうでしたね。道も前より広くなってきている気が」
ラーンも思い出すように呟いた。
二人のいう通り、前の廃墟の近くの道よりも広く、立派になってきている。
「となれば、今度こそは何かが見つかるかもしれない……皆さん、心して向かいましょう」
エリシアの言葉に俺は頷いた。
しかし、他の三人は首を傾げる。
エリシアがそんな三人に言う。
「セレーナとラーンはともかく、ユーリは忘れてしまったんですか? アルスに似ているなら、お化けがいるかもしれないでしょう?」
「あっ……」
急に顔を青ざめさせるユーリ。
アルスの庁舎の前はウィスプが彷徨っていたし、中にはリビングアーマーだったセレーナもいた。
同じように、アンデッドがいてもおかしくない。
ユーリは声を震わせる。
「急に怖くなってきた……」
「それならユーリだけ俺が転移で」
「だ、大丈夫です、アレク様! 皆セレーナみたいなやつと思えば怖くないですから!」
「そうだ! 私もそうだったが、アンデッドも皆、何かしら事情があってそこにいる者たちだ! 怖がらずに行こう!」
セレーナの掛け声にユーリは不安そうな顔をしながらも頷いた。
それから俺たちはゆっくりと糸杉の道を進んだ。
気がつけば、付かず離れずだった魔物たちがいない。周囲にも相当少なくなってしまった。
どこか別の世界にでも繋がっているような……俺たちは丘を上った。
やがて丘の頂上へと到着する。
そうして眼下に見えたのは……
「街じゃん!!」
ユーリが声を上げた。
その言葉通り、街と言って差し支えない建物の集まりがそこにあった。
小高い丘の上に聳え立ついくつもの鐘楼や尖塔、それを囲む石造りの堅牢な防壁が見える。
数千人が住めそうなほどの大きな都市。
俺が顔を向けるとセレーナは嬉しそうに頷いた。
「はい! ここが恐らく私の言っていた都市です。名前は恐らく……ヴェルム」
「そうか、ヴェルムか。アルスがああだった以上なんとも言えないが、何か残っていてもおかしくないな」
「はい……黒衣の女についての手がかりもあるかもしれません」
いつになく真剣な面持ちで言うセレーナ。
「辛い時はいつでも言ってくれ。すぐに撤退する」
「アレク様……ありがとうございます。アレク様は本当にお優しい!」
セレーナは微笑んで答えると、いつもの調子で皆に声をかける。
「よし、行くぞ! 私が先頭をいく!!」
俺たちはそうして意気揚々とヴェルムに向かい歩き始めた。
だがしかし、早々に出鼻をくじかれる。
魔物が現れたのではない。街道の脇にある糸杉……その間に立つ丁字型の物体が目に映ったからだ。
皆、これが何であるか知っていたようだ。
磔の刑に使う道具……それによく似ている。
それがヴェルムまで、無数に立てられていた。中には折れたり倒れてしまっているものもある。
ユーリは肩を振るわせながら言う。
「こ、これ……磔にするのに使うやつ?」
「そう、でしょうね。でも、遺体や骨は見えませんが」
ラーンが周囲を見回して言うと、エリシアはこう推測する。
「もとより使われてないか、あるいは使われてから結構な時間、風と雨に晒され消えた、というところでしょうか」
「残っていたら悲鳴をあげていたところよ……しっかし、こんな人通りの多そうな場所で晒そうなんて。晒し首もそうだけど、昔から変わらないわね」
ユーリは不快そうに言った。
「そう、だな」
一方のセレーナは短くそう答えた。
その顔からはやはり複雑な心境なのが窺えた。
セレーナはこのヴェルムやティアルスで何があったか、自分の中で一つの答えを導き出したのかもしれない。
このティアルスには、かつて支配者である帝国人と、支配される別の民族、あるいは種族がいた。
しかし彼らの仲は良好ではなかった。帝国人は、この地の支配に手配を焼いていたのかもしれない。
そもそも帝都から、セレーナたち救援を呼び寄せることからもそれは窺える。あの廃墟もやはり関係してそうだ。
ともかく、まつろわぬ者を従わせたいのなら、やることは……
この磔の道からは、そんな当時の情勢が窺えた。
もちろん、単に帝国の犯罪者が晒されていただけなのかもしれない。
しかし、セレーナと俺の考えが正しいのなら……黒衣の女がアルスの人々を殺したのも頷ける。
過去のこととはいえ、悲しいことだ。
そんな中、ユーリが言う。
「あ。よく見ると、なんか刺さっている」
ユーリはしゃがむと、角材の根本に刺さったものを抜く。
銀色の花細工……非常に精巧で美しい。薔薇を模ったもののようだ。
見ると、他の磔の場所にも同じような花細工が刺さっていた。
ユーリはその細工を観察すると、すぐに顔を綻ばせた。
「これ……ミスリルだ! とすると、他のも」
他の花細工を見て、ユーリは思わず顔をにやけさせる。
しかしエリシアが首を横に振る。
「お供物でしょう。持ち帰ったら、呪われるかもしれませんよ? 近くからアンデッドが出てきたり」
「怖いこと言わないでよ! というか、私だってそこら辺の分別はあるから! ただ、ヴェルムも期待できそうと思っただけよ!」
ユーリは頬を膨らませて言うと、花細工を元の場所に戻す。
まあ、花細工自体は魔力を含んでいるが、地中に魔力の反応はない。
俺はヴェルムのほうからも魔力の反応を探ってみる。
「遠すぎてうっすらとしか分からないが、全体的に魔力の反応があるな。ユーリの言うように、確かに色々あるかもしれないぞ。もちろん、アンデッドの気配かもしれないが……」
ユーリは怖がりながらも、セレーナの肩に手を置く。
「エリシアがいるから大丈夫です! エリシア、久々に頼むわよ!」
「言われなくても分かっています。あなたこそ、いきなり声を上げたりしないでくださいよ」
「も、もちろん!」
そうして俺たちは期待と不安を胸に、ヴェルムへと進んでいくのであった。