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92話 昔話

 湖で見つけた聖獣たちは、俺の眷属となった。


 甲羅族と呼ぶことにした彼らは湖の島を住まいにしつつも、アルス島の海の漁を手伝ってくれるようだ。


 今は彼らを歓迎する宴の途中。

 甲羅族たちは初めて見るものや食べるものばかりで、ずっと驚いてばかりだ。魚や貝もたらふく食べている。


 そんな中俺は、アルスの広場でメルベルの昔話に耳を傾けていた。


「……と、それっきりあの島と湖に人間はぱったり来なくなってしまったのじゃ」


 そう話すと、メルベルは小休止とでも言わんばかりに広場の噴水の水を飲む。聖木で浄化された水だからか先ほどから頻繁に飲んでいる。


 メルベルの話を要約すると、あの湖と島は、人間の信仰対象であったらしい。

 千年ほど前までは、周囲には多くの村が点在し、毎日のように人が巡礼に訪れたという。


 それがある日、四方八方から煙が上がると、翌日にはパタリと人がいなくなってしまった……


 セレーナがリビングアーマーにされた時期、黒衣の女によってアルスが襲われた時期も、大体千年ほど前だ。


 黒衣の女によって湖の周辺の人々もやられたのだろうか。


 セレーナも同じことを思ったのか、メルベルに詳細を訊ねる。


「煙が上がった火事か? 誰がやったかは見ていないか? 服装はどんなだった?」

「す、すまぬがそこまでは……じゃが、多くの人間が列をなして北に向かったのを見たとか」

「北……もしかして皆、北に避難したのか」


 さらに北には、その避難の足跡があるかもしれない。セレーナが言うには、北東にも帝国人の街があったようだし。


 だが、俺には一つ疑問が生じた。

 それは甲羅族にというよりは、セレーナにだ。


「セレーナ。お前のいた時代に、湖と島への信仰はあったのか?」

「いえ……私の知る限りは、帝国ではそのような信仰はなかったかと」

「そう、か。いや、そうだろうな」


 古代の帝国人は帝都のある半島やアルス島など、一見特別そうな地に都市を築いてきた。

 あの湖の島が特別な場所だったことももちろん考えられるが、島への信仰が一般的ではないのは確かだ。


 エリシアも頷いて言う。


「長らく神殿に務めてきましたが、現在でもそのような話は聞きませんね」

「帝国人以外の信仰かもねえ。ラーンはなんか知らない?」


 ユーリが訊ねると、ラーンは思い出すように言う。


「祖龍のいた東方ではそういう伝承もあったそうですね。足を踏み入れてはいけない神の住まう島、が」

「もし入ったら、神々が怒るみたいな感じ?」

「そうですね。天から雷やら岩が落ちてくるとか」


 この大陸には帝国だけでなく、他にも多くの国がある。

 今は帝国領でも、かつては別の国だった地域もある。


 ここら辺にもかつては帝国以外の人々が住んでいたのかもな。


 そんな中、エリシアがメルベルに訊ねる。


「ところで、あなた方はなぜあの島を守っていたのですか? 人を襲ってはいけないという掟も誰が定めたのでしょう?」

「それは……ワシも言い伝えしか知らぬが、神々が我らに命じたのじゃ。あの島で来る日の戦いに備えよと。お主らの言葉で言うところの、最後の砦のようなものじゃ」

「最後の砦、戦いに備える……強大な敵でもやってくるのでしょうか」


 エリシアが深刻そうな顔で言うと、ユーリはいつもの軽い調子で答える。


「神殿のありがたいお説教みたいなものでしょ。そんなことより、島にあった像とやらを調べましょ。強い魔導具が作れるかもしれないわ!」

「ま、待つのじゃ! まさか壊すつもりじゃ?」


 慌てて言うメルベルに俺は首を横に振る。


「そんなことはしない。お前たちの大事な像なんだろ。それに、目視できる限りで、あれはただの魔導具ということが分かった」

「あ、ありがとうございますなのじゃ! もし壊したら、ワシらにバチが当たりそうで……」


 安堵するメルベルの横で、エリシアが言う。


「ユーリは本当に不信心ですね」

「苦労してきた私たちからすれば、そんなの信じられるわけないでしょ。私たち青髪族が信じるのはアレク様だけよ」

「わ、私も今はアレク様だけです!」


 そう言い直すエリシア。


 と、皆神々がどうというが、あれは俺の目から見ても魔導具と分かるものだった。


 俺はすでに一人であの島の像の場所まで行き、外から見える範囲で調べてみた。


 その結果分かったのは、魔力を集めるミスリル製の魔導具であるということ。


 付与されている魔法は、聖魔法の壁だった。エリシアでも再現できる代物だ。


「メルベルはさっき魔物が入れないと言っていたが、正確にいえば一部の魔物は入れそうだ。ただ、悪魔は入れなかっただろう」


 メルベルは首を傾げる。


「先も仰っておりましたが、その悪魔というのは?」


 その質問に俺は戸惑う。

 人間は皆、悪魔は悪き存在と知っているから、そういう質問されたことはあまりなかったからだ。


 自分でも整理するように言う。


「人間が……闇の魔力に飲み込まれた者、とでも言うべきか」

「ふむふむ。その闇の魔力というのもよく分かりませんが、人間とは異なる存在なのですな」

「そう言われるとな……」


 悪魔化した人間を見てきた。つまりは元々人間だ。


 首を傾げるメルベルに俺は続ける。


「いや、すまない。俺も実際のところ、よく分かっていないのかもしれない」

「アレク様たちにも分からないことがあるとは……」

「知らないことの方が多いよ。特にこの周囲のことは分からないことのほうが多い。他に同じような場所や、外界の仲間のことを知っていたりしないか?」


 メルベルは首を横に振る。


「我らの世界は、あの小さな湖と島だけ。先ほどアレク様を神とお呼びしましたが、ワシらをこうして広い世界に出して下さったアレク様は、まさにワシらにとって神ですじゃ」


 ありがたそうに俺を拝むメルベル。


 あの狭い場所にずっといた……なんというか、かつて宮殿にいるしかなかった自分と重ね合わせてしまう。思い返せば、エリシアたち他の眷属も似たような閉塞した境遇にいた。


 人、魔族、魔物、聖獣……そして鼠。

 種族は違うのに似た者同士集まるのは不思議なものだ。


「メルベル、神は仰々しいからやめてくれ。それよりも、色々と聞かせてくれてありがとう」

「とんでもないのですじゃ! これからもワシら、誠心誠意アレク様にお仕えいたしますのじゃ! ご褒美は魚をお願いしますのじゃ!」

「結局魚じゃん……」


 ユーリが渋い顔で言った。


 メルベルの話を聞いても、ティアルスで何が起きたかの全容は掴めなかった。


 しかし、人々は北へと向かったのが分かった。


 俺はセレーナに顔を向けて言う。


「ティアルスに住んでいた人々の足跡があるかもしれないな」


 セレーナはこくりと頷く。


「はい。アルスに次ぐ帝国人の都市もそこにあったはずです。何かしらの手がかりが残っているはず」

「ああ……明日また、あの街道に戻ろう。そして北東に向かうんだ」


 翌日、俺たちは再びティアルスの探検に戻るのだった。

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