91話 聖なる者たち
「来るぞ! 備えろ!!」
俺の言葉に皆、武器を取り出したりして迎撃の構えを取る。
やがて水柱から、続々と魔力の反応が姿を表した。
「こいつらは……」
俺たちを囲んだのは、二十体ほどの巨大な甲羅だった。
ただの亀にしては大きい。そして相当な速度で飛び出してきた。
セレーナがポカンとした顔で言う。
「大きな、亀?」
「いえ、これだけ速く動けるのです亀の魔物かも」
エリシアの言葉に、一体の鮮やかな緑色の甲羅が声を上げる。
「ま、魔物じゃと!? 聖地を守るワシらを魔物呼ばわりとは! 愚かな人間の不信心者め!」
「しゃ、喋った!?」
ユーリは思わず声を上げた。
俺も驚いた……人間の言葉を喋れる亀がいたとは。
「ワ、ワシらを倒そうとしても無駄じゃぞ!? ワシらは非常に強い!! 特にこのワシ、メルベルは一族最強じゃ!!」
緑色の甲羅メルベルがそう言うと、他の甲羅も「そうだ!」とぴょんぴょん飛び跳ねる。
「そんなこと言うけど、ずっと甲羅に篭ったままじゃん。なんで顔出さないの?」
ユーリがそう突っ込むと、甲羅たちは急に静かになる。
そんな中、メルベルだけが震え声で答えた。
「そ、それは……わ、ワシらにとって、この甲羅が武器だからじゃ!」
俺たちが怖いのだろうか……?
それよりも何かおかしい。
音として聞こえているというよりは、頭に直接響くような声。
恐らくだが魔法を使って会話しているのだろう。
魔族か聖獣かどちらかだろうか。
ともかく、彼らは俺たちがこの島に足を踏み入れたことを怒っているらしい。聖地と呼ぶからには、彼らにとっては大事な信仰の地だったのだろう。
「すまない。ここが聖地とは知らなかったんだ。すぐに立ち去るよ」
「お、おう! 物分かりがいいのう! だが、よかったら可能な限りでいいんじゃが聖地に足を踏み入れた代価を……」
メルベルはエリシアがじいっと睨むのを見て、ガクガクと体を震わせる。
「で、出ていってもらえればそれでいいのじゃ……あ」
メルベルからぐうっと腹の音のようなものが響く。
すると、他の甲羅からも同じ音が鳴り出した。
「ううむっ……」
調子の悪そうな声を出すメルベルたちを見て、俺は皆が空腹であることを察する。
「腹が減っているのか? ちょっと待て」
俺は再びアルスの倉庫に転移する。
目の前には、先ほどと同じく種に齧り付くティアが。
「チュー! あ、アレク様!」
「ティア、魚はどこだ?」
「あ、あちらに!」
ティアの指さす方には、氷の入った木箱があった。その上には水揚げされたばかりの新鮮な魚が並べられている。
「あれをもらっていく。倉庫番にはそう言っておいてくれ」
「了解っす!!」
ティアが敬礼するのを横目に俺は魚の入った箱と共に元の島へ転移した。
「待たせたな。とりあえず十匹ぐらいは入っているが」
「さ、さ、さ……魚じゃあああああ!!」
メルベルはそう言って、箱の魚に飛びつく。
すると他の甲羅も同じように魚に飛びついた。
やがて、湖に隠れていたのか無数の甲羅が飛び出してきた。
皆、他の甲羅を押し除け、魚に群がる。誰もが甲羅から顔と手足を出して。
ユーリとラーンだけでなく、セレーナとエリシアさえも目の前の光景に顔を青ざめさせていた。
「ま、待て! そんな争わなくても他にも持ってくる!」
俺は慌てて、アルスから追加の魚を持ってくるのだった。
数分後、甲羅……いや、巨大な亀たちは満足そうな顔をしていた。
「久々にこんな新鮮な魚を食べたのじゃあ……お前さん……いや、あなた様は神なのじゃ」
メルベルはそう言うと、俺に深々と頭を下げた。
「いや、魚だけでそんな大袈裟な」
「大袈裟じゃないのじゃ。一瞬でどこかに消えて魚を持ってきた。神々でしか使えない魔法じゃ」
メルベルの言葉に他の亀たちもコクコクと頷く。
皆、よく見ると甲羅の大きさの割に非常に痩せている。
湖の中は魚が少ないのかもしれない。地上で虫を食べるにも、デススネークやアロークロウがいて危険だろうし。
「俺は神じゃない。人間のアレクだ。他の者たちは俺の仲間で」
「人間とはとても信じられんのじゃ! アレク様は神なのじゃ!」
ははあとメルベルは深く頭を下げた。
それに続き、他の亀たちも頭を下げる。
「つきましては、これからお恵みをお与えくださいませじゃ、アレク様よ」
「魚ほしいだけじゃん……」
ユーリは白い目でメルベルを見て言った。
「も、もちろんワシらもアレク様に尽くすのじゃ! ワシらは背中を流すのが得意なのじゃ!!」
「魚の代価がそれ?」
呆れるような顔のユーリ。
ともかく、これで敵対しなくても良さそうだ。
「メルベル。俺たちは本当にただ、周囲を旅してきた人間だ」
「人間が旅してここに来れるとは思えませんのじゃ……そこら中、魔物だらけなのに」
「だからさっきの瞬間移動を使ったりしてきたわけだ。それよりも、ずっとここに住んでいるのか?」
「はいなのじゃ。ワシは生まれてから二百五年、ずっとここに住んでいますのじゃ」
その声に、「私よりは短いな」とセレーナが呟く。
俺としては二百年でも驚きだが。
ともかく長生きなら、先ほどの遺構などについて何か知っているかもしれない。
「もっと長生きの奴はいるか?」
「いや、ワシが一番の長生きですのう。父も母の時代は、三百歳の者がゴロゴロしておったのですが、なにぶん魚が少なくなり、年々寿命が縮まってますのじゃ」
「それは災難だな……ここで俺たち以外の人間を見たことは?」
「皆様が初めてですのう。父も母も見たことがないそうですじゃ。父と母の爺さん婆さんのさらに爺さん婆さんの時代は、この湖周辺に多くの者が訪れておったようです」
となると、メルベルたちも遺構などについては知らないか。
何か言い伝えのような記録が残っているかもしれないが。
エリシアはあることが気になったようだ。首を傾げて尋ねる。
「しかし、見たこともないのに、よく私たちが人間と分かりましたね?」
「ワシらは二本足で歩く生物は人間ぐらいしか知りませんからのう。それにワシら聖獣は人を人と自然と認識できるようですじゃ。人を襲ってはいけないという掟がありますからのう」
彼らはペガサスと同じ聖獣だったか。
聖獣が人に味方し、決して襲わないことは知られている。
しかしこのような亀の姿の聖獣たちがいるのは初めて知った。
「さっき聖獣なのに通行料取ろうとしてなかった?」
ユーリがボソッと言うと、メルベルは顔を真っ赤にする。
「べ、別によかろう! ワシらはこうして聖地を守っているのじゃから!」
「聖地。さっきも言っていたが、この島はどういう島なんだ?」
「魔物が入れぬ地という意味ですじゃ。中央に像がありましてな。あの像のおかげで、この島と湖には魔物は入ってこれないようになっておるのです」
島の真ん中の魔力の反応はそれか。
どういう原理かは知らないが、魔導具みたいに魔法が記憶されているのだろう。
それと似たような魔導具を作れれば、安心して闇の召喚獣を呼び出す空間を生み出せるかもな。
だがひとつ気になることがある。
「その入っていけないのは……悪魔もか?」
「悪魔というものが何かは知りませぬが、邪悪な者は入れませんのじゃ」
「そう、か」
聖獣であるメルベルたちは俺を人間として認識した。
しかも魔物が入れない装置の中に俺は入れている。いや、転移だから入ってこれたのかもしれないが。
だが、ラーンたちの祖龍もそう言ってくれたように、俺を人間だと言ってくれるとどこか安心する。
「ともかく、会うことができて嬉しいよ」
「ワシらも嬉しいのですじゃ!! アレク様は神! どうかこの島の主になってくだされ!!」
メルベルたちは頭を何度も仰々しく下げる。
「嬉しいが、俺たちには住んでいる場所があるんだ」
「ならワシらも連れて行ってくだされ! 神の命なら、この聖地を離れることもできますのじゃ!! 置いていかないでくだされなのじゃ!」
泣いて懇願するメルベルたち。
食料に飢えているのだろう。
ラーンも自分たち龍人の境遇に似たものを感じたのか、俺に言う。
「アレク様。新参の私が言うのも不躾ですが」
「俺も仲間が増えるの大歓迎だよ、ラーン」
そう答えると、ラーンは顔を綻ばせた。
彼らを仲間にできれば、この島も使えるということになる。ここは魔物が入ってこれない安全な場所。俺の眷属全員がここに入れるかは分からないが、開拓の拠点にできる。
それに彼らの言い伝えなども聞いてみたい。まとめれば、遺構や黒衣の女についても情報を得られるかもしれない。
俺はこちらを見つめるメルベルたちに言う。
「分かった。そのまま来てもらってもいいが……どうせなら俺の眷属になるか? 眷属になれば何か新たな力が得られる可能性がある。それで湖の近くの魔物を倒すこともできるかもしれない。もちろん、島と行き来できるようにもするが」
メルベルは目を輝かせて言う。
「もちろんですじゃ!! ぜひ、お仲間に加えて欲しいですのじゃ!」
「そうか。いつでも眷属はやめてもらっていい。それじゃあ、いくぞ……」
俺が念じると、メルベルたちの体が光だす。
光が収まるとそこにいたのは……二本足で立つ亀だった。
「おお! 二本足で立てるようになっているのじゃ!!」
人間のように二本足でトコトコ歩くメルベルたち。
なんというか可愛らしい。
足だけではなく、石を掴めるようになったりと手も器用になっているようだ。
エリシアが言う。
「鼠人たちと同じく、あまり姿が変わりませんね」
「二本足で歩けるようになったのと手先が器用になったのも鼠人とそっくりだな。姿は遠いが、人間に近くなったとは言えるのかな」
よく考えると、聖獣の眷属は初めてだ。
聖獣、魔族、魔物……そしてネズミ。なんというか俺の眷属って多種族だな。
「とりあえず彼らは、甲羅族とでも呼ぶか」
メルベルたちは俺に頭を下げる。
「アレク様、新たな体を授けてくださったこと、心よりお礼申し上げますのじゃ! 今後は誠心誠意お仕えしますのじゃ!!」
「ありがとう、メルベル。それじゃあ早速皆を俺たちの島に迎えよう……」
そう言って俺はアルスの広場にメルベルら甲羅族と共に転移した。
メルベルたちはアルスを見て、驚愕する。
「こ、ここは! 神々の国!?」
「違う。あそこから南西にある海の島だよ。ここが俺たちの住む場所。お前たちも住んでいい。もちろん、前の島とも行き来できるようにしておく」
青髪族に転移柱を作ってもらい、あの島に設置する。そうすれば皆、自由に行き来ができる。
「すごいのじゃ……ゆっくり見てもいいですのじゃ?」
「もちろんだ。自分の島のようにゆっくりしてくれ」
その言葉に、甲羅族は周囲を見て回り始めた。
初めて見る鼠人やスライム、ゴーレムなどに驚きつつも挨拶していた。
エリシアはそれを見て微笑ましそうな顔を見せた。
「アルスが一層賑やかになりますね」
「ああ。新たな仲間を得られた。それにあの島も拠点にこの上なく適した場所だ。調査初日からいい発見ができたな。今日の調査はこれで終わりにして、甲羅族を歓迎する宴を開こう」
俺の声に、エリシアたちははいと応じてくれた。
こうして俺たちの仲間に甲羅族が加わるのだった。