87話 再びティアルスへ
ミレスに入学した俺は、マレンと一週間ほど過ごした後、一旦アルスへと戻ってきていた。
アルスの政庁に戻るなり、セレーナがやかましい声を響かせる。
「アレク様、おめでとうございます!!」
「おめでとう……? 何が?」
「いや、早速友達ができてよかったなと!!」
「なるほど……」
お前は俺の親かなんかかと言いたくなる……
「しかもとても可愛い子! やりましたね、アレク様」
ユーリもそんなことを言ってきた。
何がやったのかは分からないが、友達ができたのは確かにありがたい。
しかも、帝国ほどの闇の紋章への嫌悪感も感じなかった。
聖魔法を教えるレドスと言い、教授たちへの質問もできそうだ。
本当は闇魔法を教える教授……メルダーと言ったか。彼がいると良かったのだが。
まあ、あの蔵書では目新しいことは何も分からないかもしれない。
今はともかく、マレンとの出会いで習得した召喚魔法……それで、闇の召喚獣を呼び出してみたい。
黒い狼を召喚してしまった後、俺は数日間マレンとともに火や水などの召喚獣の召喚の練習をした。サラマンダーとか、ウンディーネとか有名な召喚獣を呼び出して。
まだ長い時間戦わせられてはいないが、基本は抑えられたと思う。
だからこのまま闇の召喚獣を……と行きたかったのだが、流石にこのアルスであっても召喚するのは躊躇われた。
少しの魔力でも、あれだけ強力な黒い狼が召喚されたのだ。
普通に召喚したら、どんなやつが召喚されるか……
そもそも、何のために召喚をするのか、というところをはっきりさせる必要があるな。
闇の召喚獣は操れるのか、どんな召喚獣がいるのかという好奇心はもちろんある。
だが、一番は悪魔のことだろう。
俺の頭の中で囁いていた悪魔のことが気になって仕方ない。
直接そいつを召喚できるかは分からないが、他の悪魔を召喚できたとしても、何か悪魔や闇魔法について知見が得られるかもしれないのだ。
だが、これらは特に急ぐ必要はない。
しっかりと安全を確保した上で行えばいい。
安全に召喚するには……
俺は政庁の窓の外に映る大陸へと顔を向ける。
アルスの対岸、ティアルス州……そこならば人も住んでいない。
呼び出した闇の召喚獣が暴れたとしても、大した被害は出ないだろう。
もちろん、魔導具などである程度対策は必要だとは思うが。
……ともかく、ここはいよいよ、ティアルスへと渡る時か。
それに自分の領地だし、しっかりと見ておきたい。
他の魔鉱石も欲しいし、開拓についての計画も練りたい。
俺はセレーナに尋ねる。
「セレーナ。ティアルス州の調査はまだだよな?」
「はっ。ミレスの店舗探しに時間を取られてまして、まだ調査隊の選抜ぐらいしか行っていません。申し訳ございません」
ミレスの拠点探しは難航している。
こちらも俺が直接見たほうがいいかもしれない。
ただし転移柱を備えたマーレアス号が港に停泊しているから、特に今は移動には苦労しない。そもそも俺はいつでも大学に直接転移できる。
「いや、気にしないでくれ。ティアルスは危険……慎重にやるべき事案だからな。それでその調査なんだが、俺がまずいってみようと思う」
「アレク、様がですか? ですが、あまりに危険かと……」
セレーナの声にユーリもげんなりとした顔を見せる。
このアルスに来るまでの道のりは本当に苦しいものだった。
強力なヘルスネークやアロークロウにずっと追われてここまで来た。
ティアルス州は、魔物の巣窟なのだ。
「確かに危険だ。でも、俺にはお前たちがいる」
エリシアはじめ人間離れした……いや、彼女たち俺の眷属は人間ではないのだが、強力な者たちばかり。
「アレク様……! もちろんです! アレク様が行かれるなら、このセレーナが全力を以てお守りいたします!!」
エリシアもこう答える。
「お手を煩わせるのは本意ではありませんが、アレク様が最もお強いのは事実」
「アレク様いなかったら、私たち終わってたからね……いや、本当に」
苦笑いを浮かべるユーリに俺は言う。
「ユーリは残っていても大丈夫だからね……」
「い、いえ! 私も魔鉱石などでお役に立ちたいです! ぜひついていかせてください!」
そう答えるユーリを見て、ラーンも言う。
「わ、私もぜひ。私がいれば、空からご領地を眺めることも楽かなと思いますので」
「ありがとう、ラーン。皆、賛成してくれて嬉しいよ。それじゃあ、明日にでも皆で調査に行こう。セレーナは俺たちが留守でも大丈夫なように体制を整えておいてくれ」
「承知しました!」
こうして俺たちはアルス島の対岸──ティアルス本土へと向かうことにした。
翌日、俺たちはアルス島の北岸へと来ていた。
対岸には、黒い鳥が空を舞うティアルスの大地が見える。
中央鉱床手前の扉から行くことも考えたが、何者かに侵入される恐れもある。
だから、まずは転移で対岸に行くことにした。
「よし……まずは、あの浜へと転移しよう。皆、準備はいいか?」
俺が振り返ると、そこにはエリシア、ユーリ、セレーナ、ラーンがいた。
皆武装し、準備万端といった様子だ。
エリシアに関しては人が丸々収まるような背嚢を背負っている。背嚢の口からはみ出している毛布を見るに、帝都からティアルスを旅した時にも使った宿泊道具が入っているのかもしれない。
「エリシア……重くないか? 日が暮れればアルスに帰ってくるし、毎日調査するつもりもない。そんなに荷物は」
「ですが、途中でお腹が空くかもしれません。景色を見ながら食事する機会もあろうかと思いまして、調理道具なども持ってきました」
「あの環境でそんなことできると思うか? ……まあ、でも転移が使えない状況になる可能性もあるからな」
未知の強い魔物がいるかもしれない。
闇の魔力を吸うような存在がいてもおかしくない。
エリシアのようにあらゆる状況を想定しておくのはむしろ賢明か。
「わかった。ともかく、安全第一で行こう──それじゃあ、行くぞ。皆、いつでも応戦できるようにしておいてくれ」
皆が頷くのを見て、俺は皆とともに対岸へと転移した。
転移したらすぐ周囲を確認する。
上空には黒い鳥──アロークロウの大群がいたはず。
彼らがすぐにでも襲ってくるかもしれない。
──そう考えたが、アロークロウたちはこちらを見るだけで襲ってこようとしない。
エリシアが剣を下ろして言う。
「襲ってきませんね」
セレーナも頷いて答える。
「私たちの顔を覚えているのだろう。アルスでだいぶ仲間がやられたから、正面から挑んでも勝ち目はないと見ているんだ。最近は、アルスにも本当にやってこなくなったからな」
「となれば、隙があれば襲ってくるかもしれないってことね」
ユーリは周囲を警戒しながら言った。
俺は頷いて言う。
「ともかく、慎重に行こう……」
そう言って俺は、浜から大陸の内側を目指す。
すると、石畳がところどころ剥がれた古い街道を見つけた。
これは、ローブリオンから通ってきた街道とは違う。
まっすぐと北へ伸び、森の中を貫くように続いているようだ。
「ここは、古代人の足跡を辿るか」
「足跡?」
首を傾げるセレーナに、エリシアは比喩ですよと答える。
そんな中、ラーンはこう提案してくれた。
「道なき道を進むのは危険ですからね。もしよろしければ、私が先を飛んで偵察いたしますが」
「ありがたいが、どんな危険があるか分からない。ここはまとまって動こう。転移も使いたいところだが、魔力のことを考えて歩いていったほうがいいだろう」
「かしこまりました。何かあれば、いつでもお命じください」
こくりと頷くラーン。
セレーナは腕をぐるぐる回して、俺たちの前へと踊り出る。
「では、この道を進みましょう! 先鋒はこのセレーナが務めます!」
「しっ! 他の魔物に気づかれるかもしれません──あっ」
セレーナが目を向けると、街道からは巨大な蛇──デススネークがウジャウジャとやってきていた。
「言わんこっちゃない……」
顔を青ざめさせるユーリ。
しかし、セレーナは明るい調子で言う。
「何を恐れる必要があるか! アレク様には一歩も触れさせんぞ!!」
「まあ、これぐらいの敵で怯えていたら調査なんてとても無理ですからね。私たちの力を見せつけるいい機会でしょう。ラーン、戦いが不得手なユーリをお願いしますね」
エリシアも剣を抜いて言った。
戦いは避けたいと思っていたが、アロークロウのようにこちらへの恐怖心を抱かせたほうがこの先いいかもしれない。
俺もデススネークに手を向けて言う。
「よし……皆、奴らを倒すぞ!」
「おう!!」
こうして俺たちのティアルス調査が始まった。