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83話 ミレスの森

 ミレス大学に入学した俺は、マレンという悪魔を召喚したい少女と友人になった。その悪魔を召喚するための素材を集めに、ミレス南部に出没する魔物を倒しにいくことになったのだが……


「行くとは言ったけど、まさか着の身着のまま行くことになるとは……」


 俺は今、鬱蒼とした森の中の道なき道を歩いている。ここは大学の南にある防壁の向こうの森だ。


 先を行くマレンは山刀で蔦や小枝を切り払いながら進む。


「準備なんて必要ないわ。思い立ったら吉日よ!」

「色々不安だなぁ……」


 とはいえ準備をするといっても、できることはあまりない。鎧や剣を装備しても子供だけで行く時点で危険なのだから。


 だがもちろん子供だけで行くわけではない。俺の後ろにはエリシアが付かず離れず歩いてくれているし、更に上空には光のようなものが追尾してきていた。


 魔力の塊……いや、よく見ると翼のような形をしているな。


 空を見上げ光を観察していると、マレンが言う。


「私の従僕よ。ホーリーアウル」


 ホーリーアウル。外見は白いフクロウに見えるが常に白い光を纏っている。人間に友好的で、ユニコーンやペガサスのように聖獣と呼ばれていた。


「秘境の深い森や高地にしか存在しない聖獣だよね……初めて見た」


 帝都でも目にしたことはない。それだけ希少な生物だ。非常に頭がよく、人間の言葉も解するのだとか。


 マレンは笑って言う。


「ふふ。名前はホーグっていうの。二年前に、私が森で見つけたの」

「森……聖獣の住む森は綺麗だって聞いたことがあるけど」


 俺が呟くとマレンは少し間を置いて答える。


「……ええ。とても綺麗な場所よ。いつかアレクにも見せてあげたいわ」


 マレンは一言そう言うと、再び前を向いて進んでいく。


 どことなく急ぐようなマレンに変な違和感を覚える。森に行くのも急だったが、性格かな?


 魔物の出る森をどんどんと進んでいく姿にも不安を感じる。


 とはいえ、いざとなれば俺が魔物を倒せばいい。エリシアも目を光らせてくれているし、ホーリーアウルもいる。


 それに俺は魔力を探知できる。今のところ特に反応は──いや。


 右のほうで魔力の動きを察知した。


 この森の木々は魔力を豊富に含んでいるようで、察知が少し遅れてしまった。


 魔力だけでは掴みにくいな……なら、こういう時こそ。


 祖龍から授かった龍眼の出番だ。龍眼は、透視を可能にする。


 早速、魔力の方向に目を凝らすと、その姿がくっきりと浮かんできた。


 でかいサソリ……魔物のヘルスコーピオンか。


 俺たちと並走するように進んでいる。隙を見てこちらを攻撃するつもりだろう。


 しかしそれからすぐに空のほうから、「ホー!」と声が響いた。


 マレンはその鳴き声で、すぐに俺が見ていた方向に手を向けた。


「かかったわね──来たれ、氷狼!!」


 そう叫ぶマレンの手から光が発せられると、狼の形をした水色の光が現れる。最高位の召喚獣であるフェンリルだ。


 しかしフェンリルにしては小さく、まるで大型犬だ。象のようだと聞いていたが、今のマレンの魔力ではこの大きさでしか呼べないのだろう。


 フェンリルはまっすぐにヘルスコーピオンのもとへ飛んでいく。


 それからすぐにズシンと何かが倒れるような音が響いた。


「よし!」


 マレンはすぐに音のほうに走っていく。


 俺もすぐにその後を追うと、すでにフェンリルによってヘルスコーピオンが倒されていた。胴体の部分が噛み千切られ、頭部にも噛まれた跡がある。


「すごい……」


 ヘルスコーピオンの外皮は鉄にも匹敵する硬さだ。それを噛み千切る……小さくともフェンリルはやはり強力な召喚獣だ。


 加えて、ホーリーアウルであるホーグの探知能力の高さにも驚いた。俺が気が付いたすぐあとには鳴き声を発していた。主人の身を守るのに十分な時間を与えている。


 さすがに危険な場所をどんどんと進んでいくだけあるな……しかも野性的というか。


 マレンは山刀を振るって倒したヘルスコーピオンを解体する。黒い血が付着するもお構いなしだ。


「……手伝おうか?」

「いいわよ、別に。アレクは一緒にいてくれるだけでいいから。私一人だと、なかなかこいつら現れなくて」


 俺はいわば囮要員だったってことか……まあ同じぐらいの年齢の子供に、戦闘は期待していなかったのだろう。


 マレンは切り出した毒針のついた尾をフェンリルに凍らせ、麻袋へと仕舞う。


「あ。よかったら皮や眼は持っていってもいいよ。それなりに高く売れるはずだから」

「そうなんだ。そうしたら」


 俺は振り返り、エリシアに目配せする。


「私にお任せを、アレク様」


 エリシアは刀──祖龍の角から作った刀を抜くと、ヘルスコーピオンの皮を細切れにしていく。そうして小分けにしたものを麻袋に入れていった。


 大人一人分ぐらいの重さはありそうだが、マレンの前なので俺の《黒箱》は使えず手で運んでいくしかない。とはいえ怪力のエリシアにとっては軽いようで、簡単に持ち上げてしまう。


 マレンが声を上げる。


「おお、すごい! あなた強いのね!」

「私など。アレク様……将来のアレク様には及ばないでしょう」


 エリシアは得意げな顔でそう答えた。


 俺が成長したとして、魔法はともかく剣術や諸々、エリシアには絶対勝てないと思うけど……


 マレンも俺をじいっと見て、こんなのがという顔をする。


 俺は首を横に振って答えた。


「エリシアはいつもこうなんだ。それよりもマレンも強いんだな。驚いたよ」

「これぐらいなんてことないわよ」


 少し頬を染めながらも自慢げな顔のマレン。大人びて見えたがこういう反応は年相応に思える。


「それに、まだまだ倒さなきゃいけない魔物はいっぱいいるわ。ヘルスコーピオンの毒針はこれでいいから、あとはトロールの脂肪にアブコブラの牙」

「ちょっと待った。アブコブラも出てくるの? アブコブラって砂漠に出る魔物って聞いたけど」


 人里近くでは見かけない魔物だ。どうしてそれが、こんな緑豊かな場所にいるのだろうか。


 マレンは平然とした顔で答える。


「私の故郷では別に珍しくないけど、そうなの?」

「うん。というか、ヘルスコーピオンも普通は砂漠に生息しているし、トロールも洞窟に多いって聞くし、なんというか魔物の種類が多いような」

「うーん。聞いたことのある話だと、この森の古代遺跡の一つから、色々な魔物が出てくるのではっていう話ね。そこは昔ある教授が研究棟として使っていた場所で、研究の失敗のせいで魔物が……みたいな話」


 あるいはとマレンは続ける。


「研究のために必要な素材を手に入れやすいように、大学上層部が魔物を放しているとも言われているわね」


「な、なるほど」


 秘密の多いミレス大学だけに、どちらもありそうな話に思える。


 しかし、マレンはこう答えた。


「まあ、どうだっていいでしょう。私は自分の研究を完成させるだけ。そして……あっ」


 マレンは空から響くホーホーという声に気が付く。ホーグが再び警告を発しているようだ。


「まずい……結構奥深くまで来てたのかも」

「二時間ぐらい歩いてたからね……」

「そんなに歩いてた!? ……ともかく、結構な数の魔物が私たちに気付いたみたい」

「なら、早く逃げよう。アブコブラやトロールは明日にして」

「そうね……そうしたら、フェンリルに乗って帰りましょう! 三人なら十分──あっ」


 そう言ってマレンは振り返る。


 しかしそこには、なんとも可愛らしくなった小さな氷の狼がいた。


「きゅーん……」


 そう鳴き声を発し、すっとフェンリルは消えていった。


「しまった……! 魔力が」

「お、俺が魔力を送るよ。それで」

「あなたの魔力じゃとても足りない……魔法が使える大人を三人は呼んでこないと……ともかく、走って逃げるわよ! あっ」


 走りだそうとしたマレンの目の前に、ヘルスコーピオンが現れる。


 しかし空中から飛んできた影──ホーグが爪でヘルスコーピオンを切り裂いた。


「あ、ありがとう、ホーグ」


 それに振り返るホーグはどことなく呆れているような顔だった。ホーグにとっては日常茶飯事なのだろう。


 また、後ろでは風を切るような音が聞こえた。


「アレク様! 私にお任せを!!」


 振り向けば、そこにはすでにヘルスコーピオンの屍の山ができていた。エリシアは俺たちの周囲を走り回り、次々とヘルスコーピオンを刀で斬り捨てていく。


 さすがはエリシア。緊急回避や防御用の魔導具も持たせているし、特に心配する必要はない。


 ホーグも相当な戦闘力で、その鋭利な爪と翼から発する光によって次々とヘルスコーピオンを倒していく。


 だが、遠くに意識を集中させると、続々と相当な数の魔物がこちらに集まってくるのが分かった。


 すでに百体以上が俺たちを囲うように近づいてきている。その中には巨大な人型の魔物であるトロールや、頭部が膨らんだ蛇のような魔物アブコブラなどもいた。


 エリシアだけに任せるのは悪い。せっかくの透視能力もあるから、遠くの魔物を倒していくか。


 そんな中、マレンが言う。


「ご、ごめん、アレク! 私のことはいいから、ホーグに掴まって逃げて。エリシアもあの速さなら、私を置いていけば」


 マレン一人であれば、どんな状況下でもホーグに捕まって逃げることができたのだろう。しかし、俺やエリシアまでは運べない。


 そんな中、自分だけ残って皆を逃がそうとするか……


 泣きそうなマレンの顔からも罪悪感のようなものが窺えた。責任感のある子だ。


「いや、マレン。エリシアがいるから大丈夫だ」


 俺は落ち着いて答えた。


 相手はまだ子供だ。これぐらいのことは想定済みだ。


「で、でも」

「俺が少しだけでもマレンに魔力を送る。だからマレンは召喚獣で戦って」

「うん……分かった」


 マレンは不安そうな顔をするも何とか頷いてくれた。


 それから俺はマレンに怪しまれない程度の魔力を送りつつ、龍眼で捉えた遠くの敵を《闇斬》で倒していく。


 マレンも犬や小鳥など小型の召喚獣を召喚し戦わせる。召喚魔法には召喚する対象のイメージが重要のようだ。


 また、その召喚獣に対応する属性の魔力を、ある程度召喚獣の形にしてあげないといけないらしい。だからマレンは闇の魔力を生み出す粉を欲しているわけだ。


 となると悪魔は分からないが、闇の召喚獣も呼び出せる……? いきなり人間を襲う可能性もあるが、今度試してみるか。


 そうこうしている内に、周囲が静かになる。


 周囲を見渡すと、大量の魔物の屍と黒い血だまりが見える。一部の魔物たちは敵わないと判断したのか、逃亡したようだ。


 ……ここ、まるで魔境みたいな場所だな。一体倒すと、何体も血の臭いに釣られ寄ってくる。


 安全と思われたミレスにこんな場所があるとは意外だ。先程マレンが言ったように意図的にここを放置している可能性もあるが、魔物が強力すぎて討伐を諦めていることも十分に考えられる。


 戦いが終わるとマレンが頭を下げる。


「ごめん……アレク、エリシア」

「気にしないで。こういうときのために、エリシアはいつも付いてきてくれているんだ」


 刀を納めたエリシアは胸を張って答える。


「仰る通りでございます。アレク様とアレク様のご友人には、この私が指一本触れさせません」


 堂々と答えるエリシア。

 こういう時はやっぱり頼りになるな。


 しかしマレンはまだ申し訳なさそうな表情だ。


 たしかに考えは足りなかったかもしれないが、思いやりはある。自分の身より俺の身を案じた。自己中心的な人物でないのは確かだ。


 これに懲りて次からは慎重になるだろう。


 俺は落ち込むマレンを励ますため、明るい口調で言う。


「次からは慎重に行けばいい。それよりも……アブコブラやトロールもいっぱい倒せた! 素材は十分に集まったんじゃないか?」


 少なくとも三十体以上の魔物を倒した。


 マレンはこくりと頷く。


「う、うん! これだけあれば十分。すぐに解体するから待って」

「マレン様。私も手伝います。それで今日は帰りましょう」


 エリシアはそう言って刀で魔物の体を切り出していく。マレンはそれに感謝しながら、素材となる物を袋に詰めていった。


 俺も見えない場所で《黒箱》を用い、魔物の亡骸を回収した。エリシアもマレンも簡単に倒したが、この魔物たちは冒険者も手を焼く存在で、その体は高値で取引される。


 そうして回収が終わると、俺たちは大学のメルダー棟へと帰還した。


 小屋の前でマレンは頭を下げる。


「アレク……入学初日に怖い思いさせてごめんね」

「いや、本当に気にしないで。俺も悪魔を見たいし……材料が揃って良かった」


 そう答えるとマレンは深く頷く。


「うん……これで十分素材は集まった。明日、また実験をするわ」

「俺も見に来るよ。それじゃあ、今日は」


 そう言って別れようとすると、マレンはえっと声を漏らした。


 俺が首を傾げるとマレンも意外そうな顔で言う。


「え? 今日から学校で過ごすんでしょ? なら、ここで泊れば」

「い、いや。実は少し滞在したら大陸に戻るつもりだったんだ。用があるときは宿に泊まろうと思っていて。だからずっと大学にいるつもりは……」


 そう話すとマレンはしょぼんとした顔をする。


 しかし、すぐに俺の袖を引いて言う。


「で、でも、明日は悪魔の召喚を見るんでしょ? なら今日は泊まっていきなよ! 私の研究を聞かせてあげるから!」


 必死に訴えるマレン。今にも泣きそうな感じだ。


 俺が来るまでマレンは一人だった。学校で一人……俺も気持ちはわかる。


 女子と二人で屋根の下……と、互いに変な気を遣う年齢でもない。


 エリシアに顔を向けるも、頷くだけだ。ユーリたち他の眷属には伝えておくということだろう。


 マレンの知る悪魔や闇魔法について知りたい。召喚魔法のことも聞いてみたいし。


「……分かった。じゃあ今日は泊まらせてもらうよ」

「やった!!」


 そう言ってマレンは満面の笑みを浮かべる。ホーグと抱き合い、すごい喜びようだ。


 そんなに嬉しいかと思うぐらいだが、俺としても悪い気はしない。


「それじゃあ、上がって。今日は私が料理を作ってあげる! ヘルスコーピオンの肉、少し持ってきたんだ! 煮込むと美味しいんだよ!」


 マレンはそう言って俺の手を引き、小屋へと連れ込んだ。


 やっぱり強引な子だ……でも嫌いじゃない。


 その後はマレンの作った美味しいシチューを食べ、マレンの話を聞くことができた。


 悪魔や闇魔法については真新しい情報は得られなかったが、召喚魔法を少しだけ教わったりと、楽しい夜を過ごすのだった。

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