表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

82/188

82話 悪魔に会いたい少女

「これは──!?」


 目の前に広がる黒靄に、エリシアが声を上げた。


 悪魔が召喚される──実際に闇の魔力を俺も感じた。


 しかしあまりにもその魔力は小さい。


 大きく広がったのは最初だけで、見る見るうちに黒靄は霧散していった。


 闇の魔力を放出した黒髪の少女はがっくりと肩を落とす。


「ああ、また失敗……」


 一方で周囲は安堵した様子だ。


「よかった……」

「でも、次はあいつの闇の紋章に反応するかも分からんぞ!」

「もう十回以上失敗しているのを見てる。それは大丈夫だろう」

「いや、それはやつがまだ子供だからで……」


 考察じみた声が聞こえてくるが、彼らは気づいているのだろうか?


 ──この少女が、僅かではあるが闇の魔力を放出したということに。


 全身から汗が出てくるのを感じる。俺以外にも闇の魔力を扱える者がいたんだ。


 思わず少女の前へと歩み出る。


 年は十二ぐらいだろうか。俺よりも頭二つは背が高い。長い黒髪はさらさらで端正な顔立ちだが……


 少女の顔をよく見ると、あることに気が付く。耳が、人にしてはとんがっている。


 北方の高原地域に住むエルフか。長命で身体能力も高く魔法にも通じているが、繁殖力が低くその人口は十万にも満たないとか。


 人口が少ないのはかつての帝国との戦争も影響している。昔は大陸各地に居留地を持っていた彼らだが、結果として帝国に敗れ北方に追いやられた。人口もその戦争で大幅に減った。


 そういった帝国との歴史的経緯もあって、帝都でも滅多に見る機会のない種族だ。


 やっぱりミレスは世界中から人が集まるな……


 少女は俺に気が付くと、不機嫌そうな顔を向ける。


「……何?」

「あ、いや……今の魔法すごいなって!」


 お世辞というか、とりあえずでそう返した。


 だが少女は一瞬で俺に近付き、両手で俺の手を取る。


「本当!? そうでしょ! そうよね!?」


 先程の不満そうな顔はどこへやら。目の色を変えて俺を見つめている。


 誰かに褒められることがなかったのだろうか。相当な喜びようだ。少し引いてしまうほどだったが、好印象を与えられたなら別にいいか。


「は、はい! ところで、悪魔を召喚しようとしていたんですか?」

「そうよ。古代の魔法陣を地面に書き写して、さらにこの粉を魔力に変えて」


 少女は地面に描かれた魔法陣を指さし、腰に提げていた袋を手に取る。


 魔法陣は複雑で強力な魔法を使う際、その魔法を安定させるために使う。例えば、人が紋章を授かる際は神官が魔法陣を使って紋章を呼び出している。


 そして粉は、魔鉱石のように魔力を集めるものを細かく砕いたものだろう。


 つまり彼女は悪魔化の恐れがある闇魔法を自分で使うのではなく、魔法陣と道具で再現したわけだ。


「すごい……」


 俺はそもそもやり直し前に闇魔法を使おうだなんて思わなかったが、悪魔化せずに闇の魔力を扱おうとは。


 ただし闇の魔力は呼び出せたが、魔法とは到底呼べない。魔鉱石は貴重だから、あまり大量に使えないのかも。


 少女も満足な結果ではないのだろう。一度は俺の言葉に喜ぶも、すぐにハアと大きく溜息を吐く。


「悪魔……いつになったら会えるの?」


 悲し気な顔で言う少女。


 俺の頭の中の悪魔はやかましかった。だから会うのはやめとけと言いたくなる気持ちと、どこか会えなくなった寂しさも感じる。


 まさか、この子も……?


「悪魔と、会ったことがあるんですか?」


 意外な質問だったのか、少女はきょとんとした顔で首を傾げる。


「あるわけないじゃん」

「そうですよね……でも、どうして悪魔を?」

「悪魔は強いでしょ。だから、召喚魔法で呼び出せるようにしたいなって……そうすれば、故郷を魔物から守れる」


 少女は切実な顔でそう答えた。

 北方はティアルスに負けず劣らず、魔物の多い地だ。強力な戦力はいくらあっても足りない。


 貧しい故郷を救いたいのか。立派な子だな。


 そう感心していると、


「私は晴れて王に……そして、やがては……ふふ」


 少女は不敵な笑みを浮かべて言った。


 帝国への逆襲とか考えているんだろうか? 王朝は変わっているが俺は帝国の皇子。正体を知ればきっと怒るだろう。


「が、頑張ってください……」


 頭を下げてその場から去ろうとするが、後ろから肩をがっしりと掴まれる。


「どーこ行くの? 興味あるんでしょ? 悪魔の召喚?」


 興味があるかないかで言えばある。例えば、俺の頭の中にいた悪魔を召喚できればとか。


「そ、それはありますけど」

「でしょ? それに手のそれ」


 少女は闇の紋章が浮かぶ俺の手を取る。


「メルダー先生が担当の新入生でしょ? 私が大学案内してあげるわ!」


 手を引く少女。


 エリシアが止めるかと思ったが、そんなことはなかった。エリシアは微笑ましそうに俺を見て、手を振っている。早速友達ができて良かったとでも言いたげだ。ゆっくりと後ろから付いてくるらしい。


 少女が早歩きで進んでいく中、思い出したように言う。


「あ、名前言ってなかったわね。私はマレン」

「マレンさん、ですね。俺はアレク……マレンさん、手は引かなくても大丈夫です」

「駄目よ? 広いから迷うかもしれないでしょ」


 そうは言うが周囲の視線がなんとなく恥ずかしい。傍から見れば、年上の綺麗な女の子が男の子を引っ張っている微笑ましい光景だ。


 だが一部は怪訝そうな顔だ。

 彼らはマレンをよく思ってないのかも。理由はきっと……


「……マレンさん。ところでなんで悪魔の召喚をあそこで?」

「あそこは聖魔法を学ぶ人たちの棟だから。メルダー先生がやるなら、あそこでやれば大丈夫って。めちゃくちゃ強い聖魔法を使う先生がいるんだ」

「暴れてもすぐ倒してくれるってことですね」


 聖魔法を学ぶ者たちなら、悪魔を嫌う者も多いだろう。だから先ほど皆反対していたわけだ。


 そんな場所で悪魔を召喚しようとするとは、この子結構度胸があるな……先生も適当過ぎるだろ。


「まあ召喚しても私なら絶対に従えられるけど」

「……? 根拠はあるんですか?」

「ええ。私はこう見えて、召喚魔法の使い手だからね。フェンリルもウンディーネも、私なら言うこと聞かせられるわ……まあ、まず召喚するときに魔力の補助が必要だけど」


 召喚魔法か。魔法の中でも非常に難しいとされる分野だ。何が召喚できるか、どれぐらい使役できるか、そもそも言うことを聞かせられるか──全て、召喚した主の魔力や腕次第だ。


 フェンリルとウンディーネは召喚魔法で最も召喚や使役が難しいとされる種族。それをこの年齢で使役するとは……


 何か理由があるはずだ。紋章がそれを可能にしているのかもしれない。


 俺の手を引くマレンの手の甲に視線を落とす。そこには俺と同じ黒く蠢く闇の紋章が浮かんでいた。


 【冥王】……膨大な闇の魔力を扱えるようになり、さらにあらゆる者を眷属にしやすくなる、かな。


 眷属にしやすいか。召喚魔法にも関連があるかも。悪魔を必ず使役できるだろうというのも、根拠のない自信ではなさそうだ。


 しかし……今まで見た闇の紋章の中でもっとも強力だな。この子がもし闇魔法を使えたら、俺をも凌ぐかもしれない。


 一方のマレンは矢継ぎ早に大学の施設を紹介していた。


「あっちは食堂! 昼の時鐘が鳴っているときはなんと日替わり定食が無料! こっちは魔導書図書館! 一言でも喋ると唾が飛んで本が駄目になるって怒られるから気を付けて! あっちは」

「言うのも走るのも速すぎて分かりませんよ!」


 エルフだからか身体能力も高そうだ。

 息切れひとつしない彼女に対し、俺はもう息も絶え絶えだ。


「ごめんごめん。ああでも、もうすぐ着くわ。闇の研究棟はあっち」


 マレンが指さしたのは、豪華な装飾の建物……の隣の空き地にある粗末な建物だった。


「あ、あれですか。随分と小さいですね」

「今あの棟を主に使っているのは私だけだからね」


 そう話すマレンの後を追って建物へと入る。


 そこにあったのは本がぎっしりと並べられた本棚──などではなく、椅子と机、寝具などの家具だった。机には質素な食料や道具などの生活必需品が置かれている。これでは農村の一軒家と変わらない。


「他の生徒はいないんですか?」

「他の子は、別の先生の棟を間借りさせてもらったりしているからね」

「皆、悪魔が召喚されるのを恐れて……」

「私がいけないってこと!? まあ、それは分からないけど、そもそもメルダー先生がそうしろって言うから仕方ないでしょ」


 マレンは頬を膨らませて言った。


 悪魔化するから闇魔法は使えない。使えないものを勉強したり研究しても仕方がないなら、他の分野を伸ばしたほうがいい……たしかにその方が生徒のためになる。


「ご、ごめんなさい。でも、そうでしたか」

「残念そうね?」

「一応、俺も悪魔や闇魔法について何か知りたいなって」


 これではしっかりとした研究がなされているとは思えない。


 するとマレンは再び俺の手を取る。


「なら、私の研究を手伝って! 素材が全然足りなくって。あなたも悪魔の召喚に興味があるんでしょ?」


 子供の俺に金を無心している……わけじゃないよな。たしかにここの予算は少なそうだけど。


「もちろん興味はあります……でも、具体的にはどう手伝うんです?」

「南に、魔物の出る森と遺跡がある地区があるの。そこから、絶えず強力な魔物たちが学院側を襲いにやってくるわ」


 ミレスは聖地……島全体が安全な場所と思ったが、そうではなかったのか。


 とはいえ、生活できる範囲は狭いだろう。食料も少ないだろうし、どうしたら強力な魔物が生まれるのか。魔物の多くの種が、動物や人間を食って成長し繁殖する。ミレスは住むに適さない地だと思うが。


「その魔物を倒し、素材を得るというわけですね。でも、子供が行っていいので?」

「大丈夫よ。冒険者やミレスの騎士団が防衛しているのだけど、学生も討伐に参加していいことになってるの」

「なるほど……」


 小さな島の強力な魔物……観光がてらに見に行ってもいいかもしれない。


 本音を言えば、マレンからもう少し悪魔や闇魔法に関して情報を得たい。特に悪魔の召喚は俺も興味がある。


 魔法陣さえ再現できれば、頭の中で騒いでいた悪魔を俺も召喚できるかもしれない。するかどうかは慎重に考えないといけないが……


 もちろんマレンを手伝うのに不安もある。悪魔を召喚できるようになった彼女がその力に溺れないかとか。


 それを見極めるためにも、もう少しだけマレンと一緒にいるか。


「分かりました……ぜひ、手伝わせてください!」

「よく言ったわ! それじゃあ今日から友達ね、アレク! 友達だから敬語はなしよ」


 満面の笑みで手を差しだすマレン。


 友達か……やり直し前、闇の紋章を持つ俺は学校で友人を得られなかった。いきなり友達は気が早いとも思うが、相手はまだ子供だ。友達と宣言すればそれはもう友達になってしまう。


 俺はマレンの手を握って答える。


「ああ……よろしく、マレン」

「うん、よろしくね、アレク!」


 ミレスに来て早々、俺は友人を得るのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ランキング参加中です。気に入って頂けたら是非ぽちっと応援お願いします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ