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81話 ミレス

「噂には聞いていましたが……」


 エリシアは目の前に広がる白砂の海岸線を見て言った。


 透明な海とサンゴ礁に囲まれた島──その島の中には巨大な湖があって、さらに湖の中央には高い城壁を備えた大都市のある島が見えた。いわゆる湖中島というやつだ。


 あれこそが、ミレス島だった。


 その美しさにエリシアはもちろん、他の眷属たちも息を呑む。


 かくいう俺もずっとあの平坦な島を見つめていた。


「綺麗だな……うん、どうした、エリシア?」


 エリシアは何故か目を潤ませていた。その涙を拭ってエリシアは言う。


「いえ……アレク様にお仕えしなければ、一生こんな光景は見られなかったのだと。あの日、アレク様が来られなければ」

「そんな大げさな──っていつもなら言うところだけど、私たち青髪族もここには来れなかったでしょうね」


 感慨深そうな顔で答えるユーリに、セレーナもうんうんと頷く。


 俺も、前の人生ではミレスを見ることは叶わなかった。そう考えると、この島を目にできているのが奇跡のようにも思える。


 これも、人生をやり直せたから……


 エリシアが俺に頭を下げて言う。


「とにかく、ようやく到着ですね。しかし、あの中央の島にいくにはどうやっていけばいいのでしょう?」

「まずは海から湖へと入るんだ。あの巨像の近くに湖と結ぶ水門がある」


 俺は島に立つ巨大な石像を見て言った。


 龍人たちは船をその水門へと進ませる。


 ラーンはだんだんと近くなる巨像を見上げて呟く。


「近海に来るときは、いつも目印にしてました。しかし、誰の像かもわからず」

「あれはミレス自治領の初代総督ウォリアンの像だよ。ウォリアンは、ミレス大学の初代学長でもあったんだ」

「偉い、人なのですね」

「ああ。例えば、古代の帝国では魔族は大学に入れなかったんだ。しかし、このウォリアンは優秀ならば誰でも積極的に迎え入れた……一説には、魔王国の魔物とも交流があったなんて逸話も残っているな」


 セレーナが呟く。


「徹底した実力主義者であったと、私の時代でも言われていました。きっと、アレク様も暖かく迎え入れてくれるでしょう」

「ああ、そうだな」


 闇魔法や闇の紋章について研究している者もいると聞いていた。俺の紋章についても何か知ることができるかもしれない。


 船は水門を進み湖へ入ると、ミレスの港湾へと接岸した。


 臨検を受け上陸したミレスは、非常に活気のある街だった。


 何十本もある埠頭には船がひしめき合うように接岸している。大量の貨物が置かれた倉庫や交易所、新鮮な魚介を取り扱う魚市場。帝都の港湾地区をも凌ぐ人の多さだ。


 ユーリが周囲を見渡しながら言う。


「おお、人がいっぱい!」


 このミレスには帝国だけでなく、他の国家からも多く人がやってくる。見慣れない様式の服装の者たちも多い。帝都よりも国際色豊かな都市だ。


 エリシアも驚いたように言う。


「魔族もいますね……でも、皆堂々と道を歩いてます」

「ああ。ここは帝都と比べ、至聖教団の勢力が弱い。伝統的に魔族や闇の紋章持ちも暮らしてきた街だ」


 魔族だからと馬鹿にされることも少ないはずだ。


 でも、至聖教団はどこにでもいるからな……


 そんな中、セレーナが訊ねてくる。


「それで、本日はどうしますか?」

「ミレス大学へ入学願書を出してくる。試験の内容とかは、俺もいまいち分からないからな」

「ならば、我らもお供いたします!」

「いや、せっかく来たんだ。皆は観光でもしてくれ。他の眷属でも希望する者がいたら、観光させてやってくれ」

「ですが」

「願書を出すだけだから、俺もすぐ合流するよ。それまで、エネトア商会の店舗を構えられそうな物件でも下見しておいてくれ。どこかに転移柱を置ければ、移動が楽にできるし」

「そういうことでしたら、このセレーナ誠心誠意視察してまいります!」


 大げさなとユーリが言う。


 とはいえ、さすがに俺一人だけではいけないと、エリシアだけは付いてくることになった。


 街道を進み、島の中央へと向かう。


 エリシアは市街を見ながら言った。


「しかし、周囲には鉱山や畑もないのに、よくこれだけ大きな街が築けましたね」

「ここからは見えないけど、島の南側には大学が運営する農地があるんだ。魔法を使ったり、珍しい作物を育てたりと色々工夫はしているみたいだね」

「それで国民の食料を賄えるのでしょうか?」

「もちろん交易でも得ているはずだ。卒業生からは莫大な寄付金を得ているって聞くし、お金もあるだろうから」

「なるほど。ですから、学費も必要ないのですね」


 そう答えるエリシアだが納得していないような顔だ。


「まあ……俺も不思議に思っているよ。資金だけじゃなくて、飲み水をどうしているんだとか、ずっと独立を保てるほどの軍事力をどうやって維持しているのか。多くの人が疑問に思っていた。だから、ミレスに関して研究するためにミレスへ来る学生もいるぐらいだ」

「大学自体が研究の対象とは……でも、理由は分かってないんですね」

「大学の上層部はミレス人で固められているからね。色々と機密もあるみたいだ。でも皆、初代総督ウォリアンがこの島で”金の生る木”を見つけたから、この島を維持できているんじゃないかって言っているよ

「金の生る木ですか……ちょっと見てみたいですね」

「繁殖できるなら俺もぜひ欲しい……っと、大学の事務所に着いたな」


 目の前に、レンガ造りのお洒落な建物が見えてきた。ここは事務所の一つで、大学はもう少し離れた場所にある。入学志願者は、ここで書類を出すのだ。


 事務所に入り、長いカウンターの向こうに座る女性へと歩いていく。


「すいません。大学への入学願書を持って来たのですが」

「はい、かしこまりました。お名前はアレクさん……闇の紋章を持っていて、闇魔法や闇の紋章について学びたい、ですか」


 俺から願書を受取った女性は特に嫌な顔をすることもなく、書類に目を通していく。


「書類に不備はなし、ですね。そうしましたら、入学を許可いたします。こちらが、学生証です」

「ありがとうございます……え? 入学を許可? 試験は?」

「闇の魔法や紋章を担当しているメルダーは、闇の紋章を持つ志願者全てを試験なしで受け入れるよう規定を設けています。当校では、志望動機に応じた担当の教員がそれぞれの選抜を行いますので」

「そ、そうでしたか。では、早速ご挨拶に伺っても?」

「それが……担当のメルダーは今、ミレスにいないのです。数年に一度、こちらに帰ってくる程度です。彼の紹介を受けた闇の紋章を持つ入学希望者はよく来るのですが」

「え?」

「メルダーの研究棟と学生の寮は、実質的に行き場をなくした闇の紋章の方が生活する場所となっていて……闇の研究や講義など、一切行っていないのです」


 つまり、エリシアがいた修道院のようなところということか。


 そのメルダーという教員は、闇の紋章を持つ者たちをこの大学に保護しているのかもしれない……


 学べないのは残念だが、そもそも普通の人間は闇魔法を使えない。まともに研究が行われていなくても仕方がない。


 それに、学籍さえもらえれば十分だ。帝都の学院に通わなくて済むのだから。


「分かりました……一度、その研究棟を見に行ってもよろしいでしょうか」

「もちろんです。今、地図をお渡しします。他にも大学の施設は使えますから、行きたい場所があったらゆっくり見ていってください」

「ありがとうございます」


 俺は学生証と地図を受取り事務所を後にする。


 急に肩の力が抜けた思いがした。エリシアも拍子抜けといった顔だ。


「まさか……その場で入学が許可されるとは思いませんでした」

「俺も驚きだよ。まあ、真の意味で学生になったと言えるかは怪しいけど……」

「そのメルダーという方は、闇の紋章の方を助けるためにこうしているのでしょうね」

「ああ、きっとそうだろうね。闇の紋章を持つ人がいるなら、ちょっと話を聞くこともできるかも。早すぎてセレーナたちも下見が終わっていないだろうし、ちょっと大学を見ていこう」


 早速、壮麗なブロンズの柵門を通り、大学へと入る。


 流石に歴史が長いだけあって、大学の敷地は広大だった。


 門を抜けた先は湖や花壇で彩られた巨大な広場となっており、その広場から放射状に道が伸びている。道の脇にはいくつもの建物や高い塔が建ち並んでいた。場所によっては市街地のように建物が密集している。


 エリシアはおおと声を上げる。


「広い……一つの街みたいですね」

「ああ。地図がないと最初は迷うな。メルダー棟は──南にまっすぐいって、一番隅か。しかし」


 周囲の学生たちの視線がこちらに向かっているのに気が付く。


 闇の紋章の持ち主だからか? いや。


 視線を辿ると、そこには首を傾げるエリシアがいた。


 鼻の下を伸ばす男子ときゃあきゃあと声を上げる女子。

 きっとエリシアの姿に驚いているのだろう。


 しかし当のエリシアは感慨深そうな顔でこう言った。


「皆……アレク様の可愛さに驚かれているのですね……!」

「どう考えても違うだろ……って、うん?」


 研究棟らしき建物の外壁に目を留めると、人だかりができている。大勢が何者かを外壁に追い込んでいるらしい。


「この悪魔め!」


 人だかりから聞こえてきた罵声は、かつて俺もかけられた言葉だった。


 思わず足を止めてしまう。きっと闇の紋章の持ち主がいじめられているのだ。


 やはりというか、この島でも闇の紋章持ちは……


 エリシアは俺と顔を合わせると小さく頷いた。助けるべきだということだろう。


 入学が決まった初日にあまり目立つような真似は避けたかったが、同じ研究棟の仲間として見過ごすわけにはいかない。


 もちろん平和的になんとか……なんとかするつもりだ。少なくとも俺が加わることで、皆の興味が分散するはずだ。


 そう考え、俺は人だかりへと近づく。


 だが次の瞬間、人だかりは蜘蛛の子を散らすように走り去る。


「こいつ、本当にやりやがった!」

「逃げろ!」


 皆慌てふためいている。


 人だかりが消えた場所には、一人の黒髪の少女が手に黒靄を宿しているところだった。


「来たれ、来たれ──光届かぬ場所から来たれ……悪魔よ!」


 その言葉と同時に、周囲に黒靄が広がるのだった。

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