表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

79/188

79話 船旅

「おお、海峡を抜けるぞ!」


 セレーナは、マーレアス号の左右を挟むように位置する二つの半島を見て、声を上げた。


「ああ。ここからがルクシア海だ」


 俺たちは今、マーレアス号で帝都のあるルクス湾から出ようとしている。


 両側に見えるこの二つの半島の間──ルクス海峡を抜ければ、ルクシア海という巨大な地中海に出る。


 俺たちが向かうのはそのルクシア海のちょうど中央に浮かぶ、ミレス島だ。


 風向きで多少前後するが、南に二日も船を走らせれば到着する。


 ルクス湾に近いだけあってたくさん船も通る海域だ。海軍も多いから、またあの邪龍のような相手が現れなければ特に問題もないだろう。


「波風も穏やか……気持ちのいい船旅になりそうだな」


 風を感じながら海を眺めているとエリシアがこんなことを言った。


「せっかくですし、今日は船の上で泊りますか?」

「おお、それもいいな。でも、寝泊まりできる場所なんてあるのか?」


 俺の問いにエリシアはもちろんと言わんばかりに首を縦に振る。


「転移柱が使えなくなった時のことも考え、船員たちが泊まれるような設備も作っています」

「燻製とかの保存食だけじゃなくて、水が出る魔導具や火が起こせる魔導具もね。いつ遭難するか分かりませんから。といっても、あまり心配はなさそうですけどね」


 ユーリは舵を握る龍人を見て言った。


 龍人たちは海で暮らしていたことから、泳ぎも操船も達者だ。


 出港前に少しユーリが操船を教えただけで乗りこなしてみせた。


 セレーナが、俺の近くに立つ白い法衣の女性──ラーンの肩をぽんと叩く。


「さっそく龍人衆大活躍だな!」

「大活躍だなんてそんな……私たちはルクス湾だけでなくミレス近海まで漁に出ることもあったので、ここらへんの海も熟知しています」


 エリシアが言う。


「それは心強いですね。何か、魔物がでたりはするのですか?」

「特に……ここはあまり、巨大な魔物は出ませんから。恐らくは、クラーケンが海深くにいるからでしょう」


 クラーケンとは、山のような大きさの頭を持つ、巨大なタコのような魔物だ。

 

 その巨体故に人が海で泳いでいても襲われることはない。このクラーケンが食べるのは、自分よりも少し小さめの海の魔物だ。この近辺であまり強力な海の魔物がいないのは、そのクラーケンに捕食されるからだろう。


 そして人間の船は、その魔物に間違われて襲われることが多い。船が大きければ大きいほど、クラーケンと遭遇しやすくなる。いつの間にか船に巨大な触手が絡みついて海に引きずり込まれたり、転覆させられる。


 クラーケン自体の動きは鈍いが、人間の船はより鈍重だから人間にとって脅威なのは変わらない。


「クラーケンか。マーレアス号もでかいから気を付けないとな」

「まあクラーケンの動きは鈍いですから。停泊でもしなければまずは大丈夫ですよ」


 ラーンは俺を安心させるように言ってくれた。


 セレーナも胸を張って答える。


「何が来ても、マーレアス号の敵ではありません! 武装もばっちりですから」


 エリシアが頷く。


「ええ。その上、アレク様が快適に過ごせるようにあらゆる設備を揃えてますから」


 ニコニコと笑うエリシアに、俺は少し警戒してしまう。


 風呂に覗き穴とかありそう……うん、あれは?


 ルクス海峡を抜けた場所で、五隻ほどの艦隊が縦列を組んで停泊していた。


 セレーナが言う。


「戦列艦、でしたかね。海軍の主力艦」

「ああ。海軍も使う巨大艦だ。だが、海軍ではなさそうだ……」


 どの船も帆柱の頂上に巨大な旗を掲げ、艦の各所から垂れ幕が吊るされていた。


 船体が白なら、旗も幕も真っ白……旗には光と太陽を象った紋様が見え、垂れ幕には長々と文章が認められている。


 目が良いのか、ユーリが読み上げる。


「この世に光の届かぬところなし……悪魔の潜む暗がりはなし……至聖典頒布、中? 何あれ……」

「至聖教団だろうな……」


 しかし、なぜ彼らがこのような場所にいるのか。


 しかも行き来する船を停船させ、臨検しているようだった。


 至聖教団は、帝都から魔族や闇の紋章を持つ者たちを減らしたがっている。迫害だけでなく、こうして事前に入るのを防ごうとするのも耳にしたことはある。


 表向きには、悪魔の発見、という名目のためにこういった活動を正当化させている。


 もちろん越権行為だ。


 しかし皇帝をはじめ大貴族は、至聖教団の影響力を恐れ咎めることはない。


「偶然か……いや、ビュリオスかルイベルが仕掛けてきたか」


 ティカとネイトからはそういった情報はきていない。


 まあ、どっちもあり得るな。


 至聖教団は組織化されているように見えて、実はまとまりがないとも言われていた。


 ビュリオスら上層部は、一応は皇帝や貴族といった世俗の権力者の顔色を窺って活動している。


 対して末端の団員は教えに忠実だから、帝国法よりも至聖典の教えが優先されると考えているわけだ。活動もより過激なものとなる。


 セレーナが訊ねてくる。


「いかがしますか? 船首には私の《炎獄》を付与したアルス砲が仕込まれています!」

「セレーナはいつもそんなだね……」


 ユーリが苦笑いする。まあ、まさか戦うわけにはいかない。


 俺は舵を握る龍人に向って言う。


「手間だが、迂回して進んでくれるか? 話すのも面倒だ」

「はっ!」


 龍人は進路を変えず、艦隊へと向かっていった。


 エリシアは少し寂しげな顔で言う。


「彼らはこんなことをして、何がしたいのでしょう?」


 ユーリも呆れたような顔で呟く。


「結局弱い者いじめがしたいだけでしょ……あいつら、帝国だけじゃなくて他の国でも勢力を増しているって話ですよね。ミレスにはいるんですか?」

「支部はあるだろう。でも、あそこは政府が強力だから、そこまで影響力はないはずだ」


 セレーナが強い口調で言う。


「アルス、ティアルスには決して根は張らせないようします!」

「そう、だな。ゆくゆくは、彼らに困らされるような人たちが住めるような土地にしたい」


 ティアルスを開拓し食料が得られるようになれば……より多くの者たちを呼び込むことができるはずだ。


 そんなことを考えていると、俺は何か魔力の波のようなものに気が付いた。


 はるか前方……強力な魔力の反応だ。


 それは至聖教団の戦列艦の真下から感じられ……


「──っ!?」


 皆が目の前の光景に声を上げた。


 戦列艦が突如、極大の触手によって真っ二つにされたのだ。


 すぐにマリンベルの音が木霊した。


 臨検を受けていた複数の商船がその場から離れる。


 一方で至聖教団の戦列艦は沈みゆく戦列艦を囲むように動き出した。


 邪龍ではない……恐らく、巨大な海の魔物だろう。こんな場所でずっと船を停めているから狙われたんだ。


「俺たちは商船を守ろう。まずは俺が《転移》で悪魔の様子を見てくる。エリシアはラーンに乗ったら、影輪で姿を隠しながら来てくれるか?」

「……かしこまりました」


 俺が離れることに不安を覚えたようだが、エリシアは頷いてくれた。


「ユーリたちは船で駆けつけてくれ。もし商船が攻撃を受けそうだったら、マーレアス号を壁にしてほしい。沈んだ船があれば救助だ」

「承知しました!」


 セレーナたちは元気よく答える。


「よし。そしたら、さっそくこのマントの出番だな」


 俺はマントのフードを被った。


 付与する魔法は、こちらは《闇壁》にした。《隠形》は影輪で十分だからだ。


 いわばこのマントは鎧のようなものだ。


 そうして俺は、戦闘の起こっている上空へ瞬時に《転移》した。


 邪龍から授かった龍眼の力で俺は浮遊できるから、落下しない。


 戦況のほうは、すでに至聖教団の戦列艦は触手に絡めとられ沈んでいっている。


 赤いタコのような脚……こいつは、ラーンが言っていたクラーケンか。


「こんな場所で停まっているから……うん? あれは」


 俺は商船の後を追うように伸びる触手に気が付くと、そこに《闇斬》を放つ。


「──させるか。《闇斬》!」


 黒い刃はまっすぐと海面へと斬り込んでいく。それからすぐに、切り離された触手が海から宙を舞った。


 やがて海面から水柱が各所から上がると、俺に向かって水柱の中から無数の触手が伸びてきた。


 魔力の反応が分かる……強力な個体だな。


 俺は《転移》を繰り返しながら、伸びてきた触手を《闇斬》で次々と斬っていった。


 触手自体の動きは遅いため、避けるのは容易だ。


「アレク様! 加勢いたします!」


 遅れて駆けつけてきたエリシアも龍化したラーンに乗りながら、刀で触手を斬りつけていく。


 あの弾力のある太い触手を一振りで両断していく。


「エリシア、ラーン、助かる!」


 だが、そんな中、海深くから強大な魔力の反応が上がってくることに気が付く。


「本体か──」


 顔を出し、口から発する酸で攻撃するつもりだ。


「ここは聖魔法……いや」


 闇魔法で仕留めよう。聖魔法なんか使えば、沈んだ船から逃げ出した至聖教団のやつらが、神の助けだとか勘違いする。


 俺は両手を海面に向け、手に黒い靄を宿し始めた。


 それからすぐに、クラーケンが頭を表す。


「──《黒龍砲》!!」


 以前、エリシアを眷属にした際使った《黒弩砲》……あれを更に強化するイメージで今考案した闇魔法だ。


 昨日戦った邪龍の巨体を思わせるような、極大の黒い波動が俺の手から放たれる。


 クラーケンも酸をこちらに向け放つが──


 波動は酸を飲み込み、クラーケンの体を貫いた。


 どんと爆発音とともに海面に巨大な火柱が立つと、そこには干からびたような巨大なタコの頭が海上に浮かんでいるのだった。


 ラーンに乗ったエリシアが俺の隣に来て言う。


「お見事です、アレク様!」

「ありがとう、エリシア……気は乗らないが、至聖教団の連中を船で救助しよう。他の商船に帝都まで運んでもらうんだ。ラーンは他の龍人とともに、クラーケンの触手をできる限り回収できるか? あれは結構……美味しいみたいだから」


 俺の声に、エリシアとラーンは承知しましたと頷いてくれた。


 俺たちはこの後、海に浮かぶ至聖教団たちを救助するのだった。

今回から三章です!

次回はついにミレスへ上陸!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング ランキング参加中です。気に入って頂けたら是非ぽちっと応援お願いします!
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ