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76話 記憶

 俺は急ぎセレーナと共に、帝都のエネトア商会の中庭へ《転移》した。


「どこにいる?」

「裏手です。青髪族たちの休憩室だったかと。案内します!」


 セレーナはそう言って、通りから見て商会の奥側のほうの棟へ入る。俺もそれに続く。


 ここは入り口側と違って、ちょっとした倉庫や俺の眷属たちが休憩したりするを部屋をいくつか設けてある。私的な空間だが、一般の者に見られても問題ないようにはしている。


 上層階は眷属以外に見られたくない物が多いからな……っと。


 セレーナが足を止めて、ある扉を指さす。


「こちらですね! 三人ともまだ寝ているかと。入られますか?」

「いや、たまたま目を覚ますこともあり得る。実は倒した龍から力を授かってな……透視ができるようになったんだ」


 小窓がある部屋ではないので、目視できない。容態を見たいのに魔力の反応を見ても仕方がないし。


 セレーナはおおと声を上げる。


「そんな力が! 早速役に立ちそうですね!」

「ああ。それじゃあ試して──うん?」


 壁越しに見えてきたのは張りのある肌、引き締まった体、豊かな胸──青髪族の娘たちが着替えている最中だったようだ。


 即座に透視を中断し、俺はセレーナをじっと見つめる。


「……嵌めたわけじゃないよな?」

「へ?」

「間違っているぞ……中にユリスはいない」


 セレーナはまさかと扉を開き中を見る。すぐにあっと言葉を漏らしてこちらに振り向く。


「不覚……申し訳ございません! 反対側の部屋でした!」


 セレーナはあわてて答える。本当におっちょこちょいなやつだ……


 俺は反対側へ顔を向けるとまずは魔力を確認する。


 中では、何者かが三人が横になっている。その近くには、治療や介抱のためか数人の影があった。


 今度は間違いないな……


 透視で部屋を覗いてみる。


 次第に中の様子が鮮明に見えてきた。


 三つのベッドがある。中央にユリス、その両隣に二人の従者が寝ているらしい。


 鎧や外着で寝かせるわけにもいかないからか、周囲の眷属たちが寝間着に着替えさせたようだ。彼女たちの装備や所有品は、その近くに整理されて置かれている。


「ユリス……」


 そこには確かに、俺の知るユリスが寝ていた。


 前世で特に関わりがあったわけではない。それなのにまるで自分のことのように、俺は安心している。


 もう龍やら魔物退治なんてやめてほしい。願わくばどこか静かな場所で暮らしてほしいとさえ思っている。


 俺はどうして、こんなにもユリスのことが──


 相手は小さな女の子だ。表現を間違えれば、色々と危険であることは百も承知だ。


 もちろん、断じてユリスを卑しい目では見ていない。


 そんな感情じゃなくて……あるのは、先のヴィルタスの言うように俺のわがままで婚約者にさせてしまったという一種の罪悪感か。


 でも、ユリスはやり直し前、そもそも俺のことなど眼中にないようだった。


 今も、各地の邪竜を狩ることに集中しているようだ。


 やり直し前も、もっと後のことだが邪竜を狩る白銀の髪の冒険者が話題になっていた。今思えば、その冒険者も失踪したユリスの可能性がある。


 邪竜に恨みでもあるのか? 


 今回、七歳のときから邪竜狩りを始めたということは、俺と婚約する前から心に秘めていたことなのだろうか。


 それにユリスの計画や言動はとても七歳とは思えない。今回だって、邪龍がルクス湾に潜んでいるのが分かっているようだったし。


 何もわからない……


 だからこそ、話を聞いてみたい。


 しかし、ここで俺が出ていくのは不自然だ。


 ユリスは邪竜だけでなく、近しい悪魔をも憎んでいる可能性がある。闇の紋を持つ俺を良く思ってないかもしれない。前も言ったが、俺が理由で出ていった可能性はないわけではない。


 そんなことを考えていると、俺はエリシアがずっと立ち尽くしているのに気が付く。


「エリシア……治療中か?」


 ユリスの横の隣で眠る従者を、エリシアはじっと見つめていた。


 従者は二人だった。一人は重厚な鎧を纏う背の高い女性で、もう一人はローブを羽織った魔導士風の背の低い女性。


 エリシアが見ているのは、背の高い女性のほうだ。


 長いブロンドの髪の……え?


 今までは仮面をつけていて姿が分からなかったが、今ではどちらの従者も素顔を晒している。

 

 二人とも端正な顔立ちをしている。年も十代後半ぐらいだろう。


 それは問題じゃない。背の高い女性は、一見エリシアに見えるような顔をしていたのだ。


 近くで見ないことにはなんとも言えない。同じ金髪でも、女性はエリシアよりもずっと明るい色をしている。


 でも、エリシアの固まった表情がすべてを物語っている。エリシアは自分と似ている女性に驚いているのだ。


 やがて何かを察したのか、セレーナが部屋に入る。


 セレーナもまた、エリシアと女性が似ていることに気付いたようだ。


「……後は私が。外で」


 そう言って親指をこちらに向けるセレーナ。俺が外にいると伝えてくれているのだ。


「セレーナ……はい」


 エリシアはすぐに部屋を出ると、いつもと変わらない笑顔を向ける。


「アレク様、ご安心ください。三人とも深い傷はありません。すぐに目を覚ますかと」

「ああ、ありがとう。だが、あの背の高い女性……透視で見ただけだが」

「……空似でしょう。よくあることです」


 たしかに姿の似た人物は珍しくない。そもそもエリシアは元々オークと人の魔族で、もともとオークに近い見た目をしていた。今の姿は後から得たものだ。


 たまたま近くに通りかかっていた者の姿が反映されたとか……それは考えにくいか。


 しかしそれにしてもエリシアの表情──人間である母親の面影を、あの女性に見たのかもな。


 そんなことを考えていると、部屋から声が響く。


「ここは……」


 透視で改めて中を見る。


 ユリスが目を覚ましたようだ。上半身を起こし、周囲を見ている。


 セレーナはユリスに体を向け、丁寧なお辞儀を見せる。


「私は、エネトア商会の長セレーナ・ディ・エネトアと申します。船がルクス湾に落ちるあなた方を救助しましたの。ああ。あの海獣は貴族や他国の王族の船団によってすでに倒されておりますわ。ご安心を」


 いつもの暑苦しいセレーナとは打って変わって、まるでどこかの令嬢のようなお淑やかな口調と素振りだ。


「私はリリーよ……それよりも、エネトア商会? たしか、その商会はもう……」


 ユリスは心底不思議そうな顔をした。


「ええ。前会長と妻子は商売敵トーレアスの陰謀によって自ら命を絶ちましたの。商会も放棄されていましたが、遠戚である私が継いだのですわ」

「そんなことが……でも、彼らはローブリオンで」


 ユリスは周囲の青髪族に気が付く。俺のローブリオンの店でも見たのを覚えていたのだろう。


 これについては回答を用意していなかった……しかしセレーナはこう返した。


「ローブリオン? アレク殿下のお店に寄られたのでしょうか? それでしたら、当商会は再建のためアレク殿下から資金、人材の両面で援助を受けておりまして。ローブリオンから人員を送ってくださったのですわ。少し前に、あるお客様から金貨百枚を受取ってしまったとかで、余裕があるとか」

「そう……だったの」


 青髪族はユリスに向かってどうもと頭を下げる。


 少しセレーナを馬鹿にしていたかもしれない……仮にも若くして各地を転戦する軍団長だった者だ。芝居の一つや二つは打ってきただろう。


 あるいは、単にユーリに相当仕込まれただけか。今回もユーリの用意した設定だったりして。


 ともかく良かった。


 ふうと息を吐くが、セレーナはさらに饒舌に語る。


「アレク殿下はとても聡明なお方ですわ。闇の紋を持っていた前店主を哀れに思い、援助してくださったのです。まだ幼いのに、本当に慈悲深いお方です。ほっぺのあたりとか……特に可愛らしいし。それに、本当にお優しい」


 やっぱりユーリが優秀なだけだ……これ以上はぼろがでる気がするぞ。


 誰かに止めさせるかと考えたが、俺はユリスの言葉に耳を疑う。


「優しい……彼は、本当に優しい」


 ユリスに優しくしたことなど、一度としてあっただろうか。


 そもそもが、俺自身紋章を授かる前の記憶が曖昧なのだ。


 俺の中身は、二十歳だ。婚約のきっかけとなった六歳のときのことなど、もう覚えてはいない。俺がユリスと結婚するという言葉が婚約に繋がった、という事実だけが記憶に残っているだけだ。


 しかしユリスは懐かしそうな顔で、俺が優しいと口にした。とてもお世辞とは思えない……いや、心のどこかで俺がそう思いたいだけかもしれないけど。


 でも……なんだか嬉しいというか満たされるような気がするのは何故だろう。嫌われてなかった、というのが分かったからか。


 セレーナがうんうんと答える中、ユリスは再び口を開く。


「その……アレク殿下はどこにおいでか分かる?」

「それは……申し訳ございません。私もそれは把握しておりませんので」

「そう、よね……いや、私はまた」


 ユリスはぶんぶんと首を横に振った。


「ごめんなさい、気にしないで。アレク殿下にもどうか」

「もちろん口外はいたしません。それよりもお食事を用意しますから、どうか」

「ありがとう。でも、すぐに発つわ。悪いけど他の二人が起きたら……大丈夫のようね」


 従者の二人は上半身を起こすと、周囲を見渡す。


 ユリスはそんな二人に声をかける。


「近くを通りかかった船に助けてもらったのよ……ごめんなさい、二人とも。邪竜と邪龍は別物。慢心していたわ」

「お気になさらず。私たちの実力が足りないだけ」


 背の高い女性──エリシアと似た女性はそう答えた。顔はやはり似ているが、声はエリシアと違って少し低い。


 もう一人の背の低い女性も悔しそうな顔で頷く。


 そんな二人にユリスは頭を下げた。


「そんなことはないわ。私がまだまだなだけ。今度は……もう、同じことは繰り返さないから」


 その言葉に、二人の従者は深く頷いた。


 ユリスは改めてセレーナに顔を向ける。


「ありがとう。着替えたら、すぐに発つわ。お礼ももちろん」


 ユリスはベッドから立ち上がると、大量の金貨の入った麻袋をセレーナに手渡す。


「お、お待ちを。海で溺れている者を助けるのは当たり前のことです。こんなものは」

「気にしないで。私もこのエネトア商会の再建が上手くいってくれると嬉しい。今度は客として、利用させてもらうわ」


 そう答え、ユリスはすぐに鎧に着替え始めた。他の二人もそれに続く。


 俺への言葉はお世辞かもしれない。


 でも、エネトア商会の再建が上手くいってほしいと、大金を渡した。前会長が闇の紋を持つ持ち主と知りながら。ユリスは闇の紋の持ち主を嫌っていないのは確かだろう。


 セレーナは少しお待ちをと慌てて部屋を出てこちらにやってきて、小声で言う。


「どういたしましょう?」

「……預かっておくと答えてくれ。それと」


 俺はポケットから魔鉱石のブレスレットを三つ出す。


「《闇壁》を付与した魔導具だ。闇の魔力の壁を展開する古代の遺物だと、渡してやってくれないか?」


 防御手段が増えるはずだ。聖魔法以外なら、それなりに防げる。


 もともと魔導具は外部の者には渡さないようにと決めていた。セレーナは大丈夫なのかと言わんばかりの顔をする。


 しかしエリシアが無言で頷くと、セレーナも首を縦に振った。


「……かしこまりました」


 セレーナは部屋に戻ると、すでに着替えを済ませたユリスたちにブレスレットを見せる。


「先ほどのお金は融資と思って預からせていただきます。お礼というのも変ですが、皆様こちらを」

「これは?」

「古代の魔導具です。闇の魔力の壁を展開し、身を守ってくれます」

「闇の魔導具……そんなものが」

「出所は魔王国のようですが、聖魔法以外には有効でしょう」

「ええ、とても強力な魔導具だわ……でも、そんな貴重な物をいいの?」

「もちろんです。預かったお金で、もっといい物を仕入れられるようにいたします」


 セレーナはそう言って、ユリスにブレスレットを渡す。


 ユリスはこくりと頷き、それを受取った。


「ありがとう。大事に使わせてもらうわ」


 すぐにユリスは部屋を出るだろう。俺は上層に上がり、窓からユリスを見送ることにした。


 ユリスたちが乗っていたペガサスは龍人たちが保護してくれたようで、通りの馬つなぎに繋がれていた。


 ペガサスはたしかに珍しいが、帝都ではそれなりによく目にする生き物だ。観衆は特にいない。


 建物から出てきたユリスたちはペガサスに騎乗すると、そのまま空を上がっていく。


 ユリスの視線は商会、いや俺に向けられている気がした。しかしやがて前へと顔を向ける。


 ……どうか無事でいてくれ、ユリス。


 西の空に飛び立つユリスの背を見て、俺はそう願うのだった。

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