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75話 高貴なお方

「怪我をした人には肩を貸してあげて!」


 ユーリの声が響く中、マーレアス号から帝都の埠頭へ救助した人員が運ばれていく。


 俺は埠頭に下りてその様子を確認する。


「……いやはや。いいところを見せる機会だったが」

「醜態を晒しただけだな。むしろ、あの方の勇気ときたら」


 肩を落としながら降りてくるのは、帝国貴族たちだ。


 あの方……俺のことではないよな。


 姿は見えないようにしていた。もちろん、俺の眷属たちについては気づいているが。


 邪龍と俺の眷属が戦ったのを皆目撃している。救助したのも俺たちの船だし、多少は良い評判が広がると良いのだが。


 そんな中、周囲がにわかに騒がしくなる。

 貴族たちが、マーレアス号に向かって頭を下げているのだ。


 怪我をした女性を抱えながら運ぶセレーナが私のことかと得意げな顔をするが、違う。


 皆、セレーナの後ろから歩いてくる少女に頭を下げているのだ。


 あの子は……


 青いドレスの女の子だ。年は七歳ぐらいか。青空のような長い髪を後ろで二つに分けて結わいている。碧玉のような瞳と白磁のような肌が、幼いながらも気品さを感じさせる。


 彼女は先ほど見た。

 沈んだ船から海に逃れた者たちを守るため、一人邪龍に向って水魔法の壁を展開していた子だ。


 貴族たちが勇気があると称えていたあの子は、この子のことか。


 実際に攻撃を防ぎ、邪龍を吹き飛ばしたのは俺だ。

 しかし、俺の姿は周囲には見えないようにしていたため、貴族たちからはこの子が倒したように見えたはずだ。


 怪我をした女性を下ろしたセレーナが微笑ましそうに言う。


「おお! 可愛らしい方ですね!」

「え、ああ……いやそれより」


 周囲の貴族たちの反応を見るに、やはり身分の高い子なのだろう。


 大人の貴族が跪くぐらいだから、公爵家以上の子なのは間違いない……しかし、見たこともない子だ。同じ年齢ぐらいの帝国貴族の子なら、だいたいは顔を合わせているはずなのに。


 とするとまさか……


 俺はヴィルタスの演説の言葉を思い出す。


 さる高貴なお方の船が通る、という言葉を。


 そのさる高貴なお方が彼女というわけか。


 なるほど。何故貴族たちがああも張り切っていたのか分かった。相手が魔物にしろ海賊にしろ、討伐してあの子とお付きの者に名前を売ろうとしたんだ。


 目的はあの子に年が近い一族の者と婚姻させるため。


 これだけ張り切るのだから、相当良い所の御息女なのだろう。


 俺には無縁な話だと眺めていると、埠頭に下りた少女はこちらに体を向ける。


 え? 俺?


 そのまま歩いてこようとするが、すぐにお付きの者に引き留められてしまった。


 お付きの者はこちらを白い目で見ながら、ひそひそと女の子に何かを伝える。俺が闇の紋を授かった第六皇子アレクと知っているのだろう。近づかないほうがいいと言っているのだ。


 しかし女の子はその話の途中で再び歩き出し、俺のもとにやってきた。そして一礼する。


「お初にお目にかかります、アレク殿下。リュクマール王が三女ネーレと申します」


 淀みのない透き通る声だった。顔を上げるネーレだが、その顔からは恐れや軽蔑は感じられない。


 闇の紋を持つ者にも分け隔てなく接してくれる子なんだな……


 しかしリュクマール王国か。西部一の金持ち国家じゃないか。


 リュクマール王国の版図は大陸西岸の中央にある。

 伝統的に交易が盛んな国のため、政治を司る評議会は貴族だけでなく大商人の議員もいる。西の海には 百年前に入植が始まった巨大な島リューセル島が浮かんでおり、そこからもたらされる魔鉱石と黄金で栄華を極めていた。


 貿易を重視する国家だけあり、大陸一の軍事力を持つ帝国とは友好関係にある。とはいえ、帝国で反乱が相次ぐと公然と帝国の領土を侵すようになるが。


 これは貴族たちがこの子に注目する理由も頷けるな……リュクマール王家と婚姻関係を結べれば、莫大な資金援助が期待できる。


 そんなリュクマールの王族であるネーレは、さすがに教育が行き届いているようだ。七歳にして、礼儀作法を心得ている。


 ネーレは再び頭を下げて言う。


「アレク皇子。先程は危ないところを救っていただき、誠にありがとうございました」

「気になさらず。たまたま船で近くにいただけですので。それよりも他の貴族の話では、一人であの大きなドラゴンに立ち向かい、見事攻撃を防いだばかりか、爆風で吹き飛ばすという。このアレク、感服つかまつりました……!」


 胸に手を当て、小さく頭を下げる。


 しかし顔を上げると、ネーレは首を傾げていた。


 まだ七歳だ。感服とかでは分からなかっただろうか。


「いや、難しい言葉で失礼しました。すごい魔法だなと」

「私の魔法なんて……それよりも……あっ」


 ネーレは何かに気付いたように顔を横に向ける。


 そこにはおーいと手を振る俺の兄──第四皇子ヴィルタスがいた。


「いやあ、よく来られた! ネーレ王女!」


 その声に、ネーレは体を向け綺麗なお辞儀をする。


「お久しぶりです、ヴィルタス皇子」

「船が襲われたと聞いて心配したが……まさか、アレクの船が近くにいるなんてな。これは、何かの運命だ! 運命に違いない!」


 ヴィルタスはそんなことを大げさに宣う。


 ネーレのお付きの者たちは当然いい顔をしない。


 俺はヴィルタスの背中に手を回し、無理やり腰を曲げさせ、自分も頭を下げる。


「ごめんなさいね、ネーレ王女……この兄上は帝国中でもくだらない冗談を口にすることで知られていて」

「存じております」


 即答するネーレに、ヴィルタスは苦笑いする。


「っと……まさか、ネーレ王女は兄とお知り合いで?」

「ええ。二年前、リュクマールの王宮で」

「そうでしたか! 何だ、兄上。知り合いならもったいぶらず教えていただければいいのに」

「もったいぶるも何もない! 俺はもともとネーレ王女をお前に紹介しようと思ったんだ!」


 ヴィルタスは俺の肩をぽんぽん叩きながら言う。


「ネーレ王女。アレクは少しぶすっとしていて大人ぶるところがあるが、それなりのやり手だ。すでに帝都の万国通りに商会も構えている!」

「商会を……」


 ネーレは感心するような顔を俺に向けた。


「そうだ! リュクマールは貴族にも商売の知識や人脈が求められると聞く! こいつは色々便利だ!」


 俺は「少しよろしいですか」とネーレに断って、ヴィルタスを少し離れた場所に引きずり出す。


「どうした、アレク。俺は」

「俺をあの子とくっつけようって魂胆だろ。空気を読め。どう考えても、歓迎されていない」

「あの子は闇の紋だからと拒否する子じゃない」

「それはそうだろうが……まだ子供だ。それに周囲もリュクマール王家も歓迎しない」

「何怒っているんだ? ……ああ、そうか。お前まだ」

「ユリスとはもう何の関係もない……彼女は自分の道を行くことにしたんだ。そもそも、面識があるなら自分を売り込めばいいじゃないか」


 ヴィルタスは子供はちょっとと苦笑いする。


「……年上好きなのは知っている。でも、すぐに結婚するわけじゃないん……ともかく、彼女の意思を」

「あの……」


 ネーレの声に、俺は笑顔で振り返る。


「なんでしょう、ネーレ王女」

「お忙しいようですので、私はこれで。ただ一言、ヴィルタス殿下にお伝えしたいことが」


 ヴィルタスは参ったなという顔をして言う。


「俺に? ……その、あの」

「ヴィルタス皇子……申し訳ないのですが、私はすぐに帝都を去ります。我が王からヴィルタス皇子に帝都でのお世話をお願いされていたと思うのですが、それを辞退させていただきたいのです」


 その言葉にヴィルタスはへっと間抜けな顔をする。


「これから、皇帝陛下にお目通りを願い、直接お詫びを申し上げる次第です。本当に、申し訳ございませんでした」


 ネーレはヴィルタスにぺこりと頭を下げると、今度は俺に顔を向ける。


「アレク皇子も本当にありがとうございました……船にお礼を置いてまいりましたが、とても返せる恩ではございません。またこの礼はいつか必ず」

「そんなことは……本当にお気になさらず」


 俺が言うと、周囲の付き人たちがお時間がとネーレに伝える。


「それでは失礼いたします。アレク皇子……また」


 するとネーレはもう一度深く俺たちに頭を下げて、帝都のほうへ向かっていくのだった。


 隣には、ぽかんと口を開けるヴィルタスが。


 俺は白い目を送る。


「……振られてやんの」


 女子には絶対的な人気を誇るヴィルタスだ。自分でもそれは承知しているだろう。だからこそ、ネーレが自ら離れることに驚きを隠せなかったのだ。


 ヴィルタスは顔を真っ赤にして答える。


「う、うるさい! もともと俺は断りたかったんだ! 世話役なんかになれば、必ず婚約の話になる!」

「だからって俺に振ろうとするなよ。仮にも闇の紋章を持つ俺なんかに」

「そうはいうが考えてみろ。リュクマールの王女だぞ。あの国は金が物を言うから、闇の紋を持っていても金さえあればそれなりの暮らしができる。理想の結婚相手じゃないか。まあ、もう何を言っても遅いか……いや、あの子、最後お前を見てまんざらでもない顔してたな」

「ありゃ、大人の対応ってやつだよ……はあ」


 この調査も俺とネーレをくっつけるために最初から画策していたのかもしれない。調査で功を上げさせ、ネーレに紹介しようと。


 まあ確かにリュクマールは俺にとって帝国より過ごしやすい国だろう。ヴィルタスなりに俺のことを気遣ってくれたのは間違いない。


 それにネーレはとても聡明そうな子だった。魔法の腕もいい……そもそも、俺なんかとは釣り合わないような子だ。


「本人の意思に反した婚約は反対だ……」

「お前がそれを言うか? ちょっと前、あのユリスと結婚したいなんて周囲に言い放ったお前が」

「そ、それは……いや、そうだ」


 俺はユリスのことを思い出す。今ユリスは、商会で休んでいるはず。エリシアに救護を頼んだが……


「と、ともかく、これで調査は終わりだ。ドラゴンはあのネーレ王女の活躍で倒された。ルクス湾はもう大丈夫だろう。ヴィルタスは宮殿で、ネーレ王女の活躍を父に伝えてやれ。そうすれば、あのネーレ王女も帝都を離れやすくなるだろう」

「そうだな……そうするか」

「ああ。俺は明日にでもミレスに発つ。用があれば、商会の者に」

「了解だ。にしてもアレク」

「うん?」

「いや。お前と話すようになってまだ数日のはずなのに、なんだかお前とはずっと仲が良い気がして」


 ヴィルタスにしては珍しい表情だった。心底不思議そうな顔をしている。


 それはまあ、やり直し前に色々と話してきた。仲が良いというほどではなかったが、気は合った。趣味も性格も熟知している。


「……単に変わり者同士、気が合うだけだ」

「かもな……まあこれからもよろしく頼むぞ。特に金の話は」

「言われなくても大きな話には巻き込んでやる」


 俺が答えると、ヴィルタスはふっと笑い、そのまま宮殿へと歩いていった。


 その後、俺も急いで商会へと向かうのだった。

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