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73話 龍退治

「火炎……」


 一斉に邪龍へ向かう火の弾。その下へ目を向けると、風を受けて広がる帆が見えた。


 どうやら、南から進出してきた大型船の艦隊が、投石機から火炎弾を放ったようだ。


 艦隊はそのまま攻撃を続けながら、邪龍へと進んでいく。


 エリシアが首を傾げる。


「どこの船でしょう?」

「国は分からないけど、貴族の船で間違いない」


 艦隊のどの船の帆柱にも漏れなく、家紋が記された煌びやかな大旗がはためいている。


 ただ戦うなら旗を掲げる必要はない。誰の手柄かはっきりさせたくて仕方がない貴族たちの船だ。


 だんだんと近づくにつれ、昨日の昼に探索に参加していた貴族の船もいることが判明した。


「昨日は見なかった旗もあるが……何故、こんな場所に? ──いや、そんなことより」


 彼らも先ほどのユリスの戦いを、遠くからでも少しは目にしているはずだ。にもかかわらず、貴族たちは邪龍にわざわざ戦いを挑むらしい。


 俺たちを乗せるラーンがこんな言葉を漏らす。


「自信がおありなのでしょうが……あんなものでは」


 艦隊は、次々と邪龍へ投石機や弓弩で猛攻を加えていく。笛や太鼓まで鳴らし、ちょっとした会戦のような雰囲気だ。


 しかし再び体を黒靄で覆った邪龍には、やはり全く効き目がなかった。


 それでも攻撃を続ける艦隊に、邪龍はその口を向ける。


「──まずい!」


 俺たちはすぐさま、影輪で姿を隠し邪龍の近くへと《転移》する。


 エリシアが邪龍へ手を向けて言った。


「私が聖魔法で、気を惹きます!」

「頼む」


 そう答えるや否や、エリシアは聖魔法──手から眩いばかりの光球を邪龍へ放った。


 光は邪龍の黒靄を抉るが、邪龍の注意は依然として艦隊に向けられていた。


 すぐに邪龍は、黒いブレスを艦隊へと放つ。


「──受け止める!」


 俺はブレスの向かう先に《転移》し、手を邪龍のほうへ向けた。


 そうしてブレスから闇の魔力を吸収していったが……


「くっ……風が!」


 魔力は吸収できても、ブレスの持つ風力は削ぎ落せない。


 しかし、ラーンは大きく翼をはためかせ、その嵐のような猛風に耐える。


「お任せください!」

「ありがとう、ラーン……エリシアも」


 エリシアは俺を絶対に落とすまいと、後ろからがっしりと抱き寄せる。もちろん、俺たちの前に聖魔法で盾を作りながら。


 そうして攻撃を耐えること十秒、邪龍のブレスは止んだ。


 だが邪龍はすぐに大きな口を開けたまま、俺たちに突進してきた。


 それを《転移》で避け、邪龍の上空にでると海面の様子が目に入ってくる。


 俺たちが思う以上にブレスの風の威力は、凄まじかった。まるで海が嵐のように荒れている。


 貴族の船はたちまち波風に呑まれ、次々と転覆していった。


 三十隻近くいた艦隊が、今では二、三隻しか浮かんでいない。


 残った船は邪龍への攻撃もやめるだけでなく救助すら行わず、一目散に南へと逃げていった。


 エリシアが呟く。


「風程度で引き揚げてしまうとは……」

「沈没した船には、泳げない者たちもいるはずだ。急ごう」


 転覆した艦の者たちも即死は免れたはずだが、速めに勝負をつけて救援に向かわなければ。


 ただ、彼らが退場してくれたのはむしろ好都合か。


 すでにユーリたちの乗るマーレアス号と、龍人に騎乗した鎧族も近場へとやってきていた。


「皆、来てくれたな。よし、今度はこっちからいくぞ!」

「はい!」


 邪龍は蛇のように体をくねらせると、やがて俺たちを見つけ、再び口をこちらに向けた。


 その瞬間、俺は再び突進してくる邪龍の頭の下に《転移》する。


「エリシア!」

「お任せを!」


 すぐにエリシアは、高速で移動する邪龍の顎の下に聖魔法を放った。


 光が、邪龍の黒靄を抉る。


 すると、確かに他の鱗とは、違う輝きの鱗を一枚見つけた。


 ラーンが声を上げる。


「あれです!」

「よし、喉元を狙いやすくする! ラーン、《転移》したらひたすら高く飛んでくれ!」


 俺は今度は、邪龍の進行方向に《転移》した。それから、ラーンはほぼ真上に向かって飛んでいく。


 後ろを振り返ると、邪龍も俺たちを追って空を目指し始めた。


 再び口に黒靄を宿し始めている。ブレスを撃ち出すつもりだ。


「ネイトは……うん?」


 龍人の誰かに騎乗して、ネイトはロングクロスボウを撃つのかと思った。


 しかし、何かを撃ち出したのはマーレアス号だった。


 船首から反射光がきらりと光る。刹那、何かが風を切る音を立てながら飛んできた。


 何かと言うのは、その姿が見えないからだ。


 ただし、その魔力の形は捉えることができた。形からして、マーレアス号が放ったのはどうやら人の大きさほどもある銛のようだ。だがその大きさに似合わず、普通の矢のような速さで飛んでいく。


 以前、魔導具を色々と作っているとき、ゴーレム用にとミスリルでできた銛に《隠形》を付与した。影輪と同じように、姿を隠すことができる。


 邪龍は結局、接近する銛に気が付けなかった。


 ユーリがネイトに言っていたいい武器とはこれのことか。たしかに普通のクロスボウよりも威力がある。


 それを証明するように、銛は見事に邪龍の逆鱗を射当て、深く突き刺さった。


「当たった! ──くっ!」


 だが、銛を受けた邪龍は頭が割れるような大きな咆哮を上げる。


 邪龍が大きく体を振るのを見て、俺は咄嗟に少し離れた場所へ《転移》した。


「撃て!!」


 同時に、離れた場所から声が響いた。龍人に騎乗した鎧族たちが一斉に、邪龍の喉元に目掛け攻撃を開始したのだ。


 だが、大きく体をくねらせ空を高速で飛びまわる邪龍には当たらない。当たっても、効目のない黒靄に吸い込まれていった。


 エリシアも邪龍へ聖魔法を放ち黒靄を抉っていくが、邪龍は俺たちが一番危険だと判断したのか、こちらを攻撃しようとする。体をぶんぶんと振るだけでなく、先程よりは弱いブレスを、連続で放ってきた。


 俺は《転移》でそれを回避し……とてもじゃないが、有効な攻撃ができない。


「これが逆鱗に触れたあとの龍か……うん?」


 突如、マーレアス号から魔力が送られてくるのを感じた。


「──これは」


 俺は銛から伸びた線のようなものに気が付く。


 それはマーレアス号と繋がる長い鎖だった。その鎖を伝って、魔力が邪龍へ送られていた。


 すぐにバチバチという音が聞こえると、邪龍が先ほどよりも大きな悲鳴を上げ、体を反らす。


 ユーリが雷魔法を鉄鎖を通じて送ったのだろう。ただの隠せる銛ではなかったのだ。


「アルスでの漁を活かしましたか! 今のうちに!」


 エリシアは、ふらふらと空を飛ぶ邪龍に聖魔法を喰らわせていった。


 鎧族たちは、エリシアが聖魔法を放った黒靄の晴れた部分を、クロスボウで攻撃していく。


 俺は《闇壁》と《転移》を駆使し、皆を邪龍の弱々しくなったブレスから守ることにした。


 突き刺さった銛にはずっとユーリが雷魔法を送っているらしく、邪龍は見る見るうちに動きを鈍らせていった。黒靄も順調に晴れていく。


 そんな中、威勢の良い声が響いた。


「雷の次は、火炎の出番だ!! アレク様!! 後は、私にお任せください!」


 振り返ると、そこには龍人に跨り剣を高く掲げるセレーナがいた。


 エリシアが言う。


「良い所だけを持っていくつもりですか!? ここは、アレク様に」

「いや、エリシア、ここはセレーナに任せよう」


 闇魔法は邪龍には効かないどころか。むしろ邪龍の黒靄を復活させてしまうかもしれない──俺は、《転移》で邪龍と距離を取った。


 すぐに、「《炎龍》!!」というセレーナの叫び声が響くと、周囲が赤く色づき始める。


 邪龍をも凌ぐような大きさの火炎が、セレーナの剣から放たれる。


 火炎はまさに龍のように伸び、邪龍を飲み込むと──すぐに巨大な爆発を起こした。


「勝った!」


 そう声を上げたのは他でもないセレーナ自身だった。


 ……まあ言いたくなるのも頷ける。先ほどの三十隻の艦隊をまるまる呑み込んでしまうような大きさの爆発だった。


 邪龍は跡形もなく消えた──俺もそう思いたかったが、邪龍の魔力の反応は依然、爆煙の中に残っていた。


「これでも死なないか……」


 やがて爆煙が晴れてくると、そこには龍が浮かんでいた。大部分の黒靄は晴れているが、鱗は思いの他綺麗だった。


 マーレアス号の放った銛も吹き飛ぶほどの爆発だったが、これでも倒せないらしい。


 あと、いったいどれだけ攻撃を加えればいいか。


「ともかく攻撃を加えるぞ! ……あっ」


 再び攻撃命令を出した時だった。


 邪龍はがくりと力を失い、海へ落ちていく。


 さすがに飛べなくなったか……


 だが、安心したのも束の間、俺は頭上に現れた確かな魔力に気が付く。


 空を見上げると、そこには腕を組み空を浮かぶ人型がいた……


「あれは……悪魔!?」


 そこには俺たちも帝都で戦ったような風貌の者がいた。濃い紫色の体をして、頭には羊のような二本の巻き角、背中にはコウモリのような翼を生やしている。纏った闇の魔力を見ても、悪魔に違いない。


「我が一度のみならず、二度も人に負けるなど────ならんならん!」


 今まで戦った悪魔はただ人への恨みを口にしていたが、目の前のこいつは発言がはっきりしていた。まるで俺の頭の中にいた悪魔のように。


 しかし、悪魔は悪魔か。


 すぐに手に紫色の光を宿し、周囲へと放ってきた。俺たちを殺したいのは変わらないらしい。


 以前の悪魔よりも強い──だが、邪龍ほどではない。


「こいつが動かしていたわけですか──なら!」


 エリシアはすぐに聖魔法の光を悪魔へと撃ちだした。


 光は悪魔の紫色の光を一瞬で消し去り、悪魔へと迫る。


 セレーナも火炎の魔法で、また周囲の鎧族たちもクロスボウを射かける。


「ひっ!? な、なんだと!?」


 悪魔は情けない声を上げると、空高くへと移動した。しかし、その口元はどこか愉快そうだった。


「──まさか」


 俺はすぐに海面へ視線を戻した。


 海に落ちていった邪龍は……先程の転覆した貴族たちの船のほうに向っていた。ただ落下するのでなく、明らかに船の人間を襲おうと突進している。


 邪龍を覆う黒靄はすでに完全になくなっており、また邪龍の持つ魔力もほとんどが失われているようだった。


 それでもあの巨体が突進すれば、海で救助を待つ者たちは皆、波に呑まれるだろう。それに、闇の魔力のブレスが吐けなくなっても、炎は吐けるとしたら……


 後ろから悪魔の笑い声が響く。


「ひゃはははは!! ばーか!! 引っ掛かってやんの!! さあ、あいつらを助けないと──うおうっ!?」


 エリシアの聖魔法が悪魔の体を掠めた。


「さっさとこいつを倒して、邪龍に向かいます!」

「ああ……いや、間に合わない」


 邪龍はすでに艦隊へと肉薄し、口に魔力を宿しているようだった。ブレスを吐き出すのだろう。


 一方で、そんな邪龍に向け、何者かが分厚い魔力の壁を展開している。沈没した船の者の誰かが魔法を使っているようだが、邪龍のブレスを防ぐのには少し物足りない。


 悪魔は強力だが……ここにはエリシアやセレーナがいる。元悪魔祓いのティカも船から龍人に乗ってやってきてくれている。


「ここは、任せる」


 俺の声に、エリシアはすぐに首を縦に振る。


 それを確認した俺は、邪龍の眼前に《転移》した。


 すっと体が落ちていく感覚を怖がる余裕もない。目の前には巨大な龍が大きな口を開けて、火を宿していた。


 黒靄に覆われてないせいか、先程よりもはっきりと邪龍の顔が見えた。目は白く濁り、もはや何も見えてないようだった。


 それでも邪龍は、現れた俺に向かって口から火を吐き出す。


 先ほどセレーナが放った《炎龍》に劣らない火炎のブレス。この規模の火炎を俺が打ち消すには、闇の魔法を使うしかない。


 すでに邪龍からは悪魔が抜けている。闇魔法を受けても、黒靄は復活はしないはず。


「頼むぞ……」


 落下する中、俺は両手を邪龍に向け、闇の魔力を放った。


 赤みを帯びた黒霧が邪龍の火炎へと向かっていく。互いが衝突すると、周囲に小さな爆発が広がった。


 しかし俺の放った闇の魔力は、邪龍の火炎を飲み込んでいきさらに勢いを増していく。そして邪龍の顔に迫ると──


「──っ!」


 龍に触れた闇の魔力は、大きな爆発を巻き起こした。


 すぐに俺は海面に浮かんでいた木の板に《転移》し、《闇壁》を展開し爆風から沈んだ船に乗っていた者たちを守ろうとする。


 だがそれは必要なかったようだ。


 先ほどよりも爆風は弱く、誰かが展開していた水魔法の壁によって十分に防がれていた。


 ──あの子が守ったのか。


 俺は、ボートの上で、一人空に手を向ける女の子に気が付く。


 雲一つない青空のような色の髪を、後ろで二つに分けて結わいている。年は七歳ぐらいだろうか、青色のドレスを着ていることから身分の高い娘に違いない。


 ──小さいのに勇気がある子だな。


 空を見上げると、邪龍は爆発によって遠くへと吹き飛ばされていた。すでにほとんど魔力が感じられない。


 一方でさらに空高くからは、一つの黒い影が塵となって落ちていく。悪魔の残骸だろう。


 悪魔はどうやら討伐できたようだ。捕縛も試みたかもしれないが、悪魔はいかんともしがたい。


「上手く……いったか」


 俺はとりあえずマーレアス号に戻ると、ユーリたちに沈没した船の乗員を救助するよう伝えた。


 一方で俺はエリシアと共にラーンに乗って、邪龍の吹き飛ばされた方へ向かうのだった。

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