69話 決意
「に、人間の軍が来るぞ!!」
その報に龍人たちは慌てふためいていた。
「そ、そういえば今日は商人の様子が少しおかしかった……」
「やけに帰り、旅人みたいのが道に多かったが……まさか」
財宝を売買する龍人を、貴族の手の者が尾けていたか。
大量の財宝を売っていれば、それは怪しまれる。きっと船を沈められた貴族に嗅ぎつけられたのだろう。
「……かくなる上は戦うしかない!」
「そうだ! 徹底的に戦うぞ!!」
龍人たちは銛を手に、洞窟の入り口へと走っていく。
この地域は帝都にも近い皇帝の直轄領だ。
だから防衛は、帝国軍の中でも装備が充実している帝都防衛軍が担っていた。帝都防衛軍は弓やクロスボウの射手だけでなく、魔法を使える部隊も擁している。帝国の中でも精鋭中の精鋭だ。
一方で龍人のほうは、戦えそうなのがせいぜい三百名ほど。巫女のように龍化できるかは分からないが、勝敗は目に見えている。
巫女はすでに龍人たちを統率できなくなっていた。
十数名ほどの者が残っているが、彼らは巫女のためというより、先ほど現われたシャドウナイトを警戒しているようだ。
現状では、龍人たちが採れる選択肢は二つ。
この穴で徹底抗戦するか、海に逃げるか。後者は当然、負傷者を見捨てていくことになる。龍人が仲間のためにここに残る道を選んだのだ。
だが……
もう一つの選択肢を、俺は龍人たちに提示できる。
俺はエリシアとセレーナに顔を向けた。
二人は俺に選択を委ねると言わんばかりに、静かに頷いた。
それから俺はゆっくり姿を現し、巫女と龍人たちの前に姿を現した。
「──人間!?」
案の定、残った龍人たちがこちらに武器を向けてきた。
「て、帝国軍の魔法師か?」
「先ほどの亡霊も、こいつの」
銛の穂先を向けてじりじりと距離を詰めてくる龍人たち。
しかし巫女がこう言った。
「待ちなさい! こんな子供が私たちを殺しにきたとは思えません……近くの三名は別として」
やはりというか、俺たちの姿が見えていたようだ。
俺が後ろに向かって頷くと、エリシアたちも姿を現した。
エリシアとセレーナはともかくゴーレムは威圧感がある。龍人たちは一層警戒を強めた。
だが巫女が再び声を響かせる。
「先ほどの亡霊を倒してくださったのは、あなた方……そうですね」
「そうだ。この墓には、闇の魔力に侵された君たちの仲間が集められていた。だから先ほどのシャドウナイトが召喚されたんだ」
「亡骸が……皆、邪龍にやられた者たちです。邪龍の吐息を浴びた者はやがて死に至ると聞きましたが」
巫女はすぐに首を横に振る。
「……何故、私たちを助けたのです?」
「成り行きだ……君たちと似た者たちと一緒に暮らしているからかもしれない」
「姿を現したのも、成り行きだと言うのですか?」
成り行きでも同情でもない。俺には明確な意思がある。
すぐに首を横に振る。
「いや、自分の意思だ。君たちを仲間に加えたくて、姿を現した」
「私たちを仲間に?」
巫女の問いに俺は頷く。
「俺たちは、ここからはるか南東のアルス島に住んでいる。四方を海に囲まれ、住んでいるのはほとんど魔族。しかし、泳げる者がいなくてな」
「水に慣れた我らの力が役に立つというわけですね」
「貴族の船を沈めた手際といい、見事だった。ぜひ、力を貸してほしい……俺と一緒に来てほしいんだ」
龍人たちは馬鹿笑いを響かせる。
「これはおかしい! 一緒に来てほしいだと!?」
「俺たちを洞窟から誘い出して帝国軍が戦いやすくさせるつもりだ!」
「そっちはメイド、そっちの女も良い鎧を付けている……巫女、こいつは貴族の子で間違いありません!!」
やはりというか、龍人たちは信用してくれなかった。
こんな疑問を口にする者もいた。
「そもそもどうやって、そのはるか南東の島に行くんだ? ここから逃げ出せるわけがない!」
「お前たちが洞窟を出る必要はない」
俺の言葉に、龍人たちは首を傾げる。
「巫女だけ連れていこうって魂胆か?」
龍人の声に首を横に振って答える。
「違う。連れていくなら全員だ、だが、それにあたっては皆に、俺の眷属になってもらいたい」
「……眷属? なんだ、そりゃ?」
「分かりやすく言えば、俺の部下になってもらうんだ」
「部下、ねえ……奴隷の間違いだろ。巫女、話になりません。さっさとこいつを殺して……」
龍人が言いかけると、巫女が口を開く。
「残念ですが……それはお断りします」
セレーナが「助かりたくないのか!?」と声を上げるが、俺はセレーナに手を向ける。
「待て、セレーナ。無理強いするつもりはない」
俺はそう言って、巫女に顔を向けた。
「もちろん、意思は尊重する。だが、何故か聞かせてもらっていいか?」
巫女は入口へ体を向けると、遠く海を見やる。
「……あの邪龍は、私たちの祖龍。祖龍は、血を分けた者がどこにいるか分かります。力を取り戻すため、少なくとも何年かは大人しくする必要があるでしょうが、私たちがここから遠く離れれば邪龍は怒り狂うでしょう。そうなれば……」
邪龍は暴走する、というわけか。
こちらを疑っているわけでなく、俺や周辺の漁師のことを気遣ってのことか。
セレーナがすかさず言う。
「ならば倒せばいい! 私が」
巫女はぶんぶんと首を横に振る。
「とても数人で倒せる相手ではありません。あの邪龍はかつて、一夜にして東の大陸の一国を滅ぼしたのです。周辺国が一致団結しなんとか鏡に封印しましたが、何万という死者が出ました」
殺すのではなく、封印した……つまりは殺すことができなかったのだろう。それだけ強力な相手なのだ。
だからこそと巫女は続ける。
「邪龍の子である私たちの祖先を人間と交らわせ、遠く西のこの地に流したのです」
巫女はこちらに視線を戻して言う。
「成す術はございません……どうか、お構いなく」
巫女の言葉からは、諦めのようなものが感じられた。
俺たちが来なければ、皆シャドウナイトにやられていた。それをもし乗り越えても、帝国軍がやってきた。すでに限界を感じているのだ。
やり直し前、ここの龍人たちは皆やられてしまったのだろう。逃げ出した者もいるが次第にやられてしまい……一年後には完全に海賊活動もなくなるわけだ。
俺はゆっくりと頷く。
「先も言ったが、意思は尊重する。俺たちは帰るよ……」
そう答えて消えるつもりだったが、俺の口からはまだ言葉が漏れた。
「いや、やっぱり……少し離れた場所になら解放できる。俺たちのことを口外しないと約束してくれるなら」
そのまま退散するつもりが、つい本音が出てしまった。
結局は同情もあるというわけだ。やり直し前に、俺と同じく望まぬ死を迎えた者に対して。
すると、巫女は小さく微笑んだ。
「ありがとうございます。あなたはいたって感情的に、私たちを助けようとしてくれたのでしょう。眷属にしたいのも、罪人となる私たちの生活や今後を思ってくれてのこと……とても、お優しい方なのですね」
俺は魔力の反応どころか、全て見透かされていたというわけか。
頭を下げる巫女。
「感謝いたします。どうか、あなた方に天龍のお導きがありますように」
巫女は周囲の龍人たちと顔を見合わせると、洞窟の入り口へ向かう。
遠くのほうから角笛の音と喊声が洞窟にこだまする。
まもなく、帝都防衛軍が迫ってくるだろう。
「アレク様……」
セレーナがこれでいいのかと言わんばかりに呟いた。
一方のエリシアは少しも表情を崩さずに言う。
「すべては、アレク様がお決めになることです」
その言葉に、俺はぎゅっと瞼を閉じる。
俺の目的はミレスに行くことだ。軍が来てここの財宝を見れば龍人の仕業と分かるから、もう俺が調査をする必要もなくなる。
また邪龍はしばらく大人しくしているだろうから、邪龍とわざわざ戦う必要もないだろう。
「自分のためなら、龍人をここで助ける必要はない……しかも、邪龍は強い」
だが、俺にはやり直し前にはなかった力がある。
それにいつかは、邪龍も力を取り戻す。それが何年後になるかは分からない……やり直し前の記憶からすれば、俺の生きている内は動かなかったのだろう。
しかし放置しておけば、やがて大きな被害が出る。
現在力を取り戻せてないのなら、むしろ今が叩く絶好の機会のはずだ。力を取り戻していけばいくほど、倒すのが困難になる。
龍を知る龍人たちがいれば、倒す知識も得られるはずだ。
もちろん、倒せないかもしれない。しかし、自分にはできないと諦める──それではやり直し前の俺と同じだ。
「……待て」
俺の口から漏れた声に、巫女が振り返る。
「俺が……邪龍を倒す」
「あなたが……?」
「ああ、力を貸してくれ」
しばし沈黙する巫女に、俺はこう続けた。
「今しかないんだ……邪龍は強いかもしれない。だが、君たちと一緒なら倒せるはずだ」
俺が言うと、巫女は俯いた。
邪龍を倒すなんて無理だ……彼女は、そう思っているだろう。
しかしここで終わりなんて、彼女たちも望んでいないはずだ。
やがて巫女は俯きながら、ゆっくり口を開く。
「私たちも……どうにかできるのなら、この運命に抗いたい」
巫女は顔を上げ、まっすぐと俺を見て言った。
「どうか一緒に……運命を変えるために……私たちも、戦わせてください」
俺は巫女の言葉に、迷わず首を縦に振るのだった。