68話 巫女
俺はルクス湾西岸の漁村近くにある洞窟で、龍人たちを治療していた。
「とりあえず……これで全員か」
龍人から闇の魔力を取り払った俺は、ふうと息を吐く。
エリシアの聖魔法もすでにかけられているので、次第に皆回復するはずだ。軽傷者は、すっかり治ったと首を傾げている者もいる。
すでに息絶えていた者もいるが……そういった者たちからも闇の魔力を取り除いてある。
この龍人たちだが、どうも魔力を多く持てる種族らしい。そのため、取り除くのには少々時間がかかった。
「よし、それじゃあ少し周囲を調べよう。沈没船から集めた財宝は奥に保存しているようだからな」
「はい。セレーナも奥を調べてくれているはずです」
セレーナだけではないが、皆影輪を装着している。見つかる心配もないだろう。
そうして俺はエリシアとゴーレムと共に洞窟の奥へと向かった。
「しかし、歪な洞窟ですね……まるで最近できたかのような。あっ」
エリシアは思わず顔を見上げる。
洞窟の天井からポロポロと砂が落ちてきたからだ。天井の一部が欠けたようだ。
「しかも周囲に岩やら石が散乱している。最近崩れたんだろう」
「それでも、外の家はもう使えないからこうして洞窟を利用するしかないんですね……あ、セレーナが」
エリシアの言うように、セレーナが洞窟の奥から走ってきていた。
セレーナは俺の前にやってくると、びしっと姿勢を正し敬礼する。
「アレク様! ただいま戻りました!」
「何か分かったか?」
「はっ。やはり奥に財宝を集めているようですね。その付近に多くの木の柱が立っております」
「木の柱?」
「木片が散らばっていたので、何かの建築の跡かと思います」
そう言うと、セレーナは突如背中を見せて腰を落とした。
「私が肩車でお連れします! 高い方が色々見やすくていいかと」
「よし、行こう」
俺は即座に答えると、すっと皆と一緒に洞窟の奥のほうへ《転移》した。
セレーナが不満そうな顔で言う。
「アレク様……魔法を使ってばかりだと、足腰が鍛えられませぬよ」
「肩車だって同じでしょ……」
子供とはいえ中身は大人だ。セレーナに肩車なんてしてもらったら……さらさらブラウンの髪が目の前に。
俺は首を横に振って、洞窟の奥に向かった。ふふふ、というエリシアとセレーナの変な笑い声が聞こえる。
やがて洞窟の最奥と思しき行き止まりが見えてきた。
そこにはセレーナの言う通り、財宝が集まっている場所があった。松明の灯で反射して、なんとも眩しい。
そこへ歩く途中、龍人の会話が耳に入る。
「今日だけで三十人だ……空が白んできたら、すぐに人間の街に向かおう」
「でも、もうだいぶ怪しまれているって……買取の価格もだいぶ足元見られているみたいだし。神殿の奴らも聖水をこれでもかと高値で売ってくる」
「それでも行くしかない……じゃないと皆死んじまう」
やはりというか、沈没船の財宝は近くの街で売っていたようだ。
全ては、先程の龍人たちを救う薬と聖水を得るために。
もう治療は心配ないが、遅かれ早かれバレてしまうだろうな……
一方でこんな声も響いた。
「邪龍のせいではない! 村を壊したのは確かに邪龍だが、封印を解いた貴族のやつらのせいだ!!」
「そうだ! やつら、好き勝手村を略奪した挙句……ここの封印まで解くなんて! 次からは一人や二人、殺せばいい!」
会話から察するに、この洞窟には邪龍なるものが封印されていたらしい。
そしてここや外の村は、その邪龍に破壊されたようだ。
原因は、貴族が封印を解いたから……だから彼らは貴族たちに恨みを募らせているようだった。
今まで彼らは船を沈めるに留めていた。進んで人は殺さなかったのだろう。
しかしその龍人たちに、一人の龍人が声をかける。
「なりません」
その一言に、怒りの声を上げていた龍人たちは一斉に片膝を突く。
やってきたのは、他の青や緑の鱗を持つ龍人と違い、紫色の鱗で覆われた龍人だった。
「貴族を殺めたところで、仲間の命が戻ってくるわけではないのです……」
紫色の鱗の龍人に、他の龍人たちは納得のいかなそうな顔をする。
「し、しかし巫女様!」
「我らには無益な殺生はしてはならないという掟があります。今はただ、亡くなった者たちの安寧を祈り、苦しんでいる者たちのため看病しましょう」
巫女と呼ばれた龍人の言葉に、龍人たちはなんとか首を縦に振った。
皆が敬い従う……きっとこの巫女は、一族でも高位の者だ。
船だけを沈め、それ以上殺生しないのはこの巫女の言葉だからか。
原因は貴族にあるわけで、そもそもここの龍人たちは被害者のようだ。外から来た海賊でもないだろう。
巫女は「頼みます」と言葉を残すと、そのまま洞窟の奥へと向かっていく。
俺たちもその後を追うことにした。
周囲には木片が散乱している。木の柱が数本残っているのを見るに、ここには木造の建築があったようだ。
その近くには、何やら山のように岩が積まれた場所──石墳がいくつも見える。
……倉庫? いや……あの石墳。
石墳の前には皿に置かれた魚介類が置かれ、火が焚かれている。その近くには嘆く者がいた……きっと墓なのだろう。
巫女は松明を手にすると、それを石墳の穴に入れた。すぐに石と石の隙間から煙が立ち始める。
「亡くなった者を火葬していたか……あっ」
俺はあることに気が付く。
少なくとも今日亡くなった三十名は、闇の魔力が死因のはず。
彼らの亡骸には死しても尚、闇の魔力が宿っている。それが骨となり集まれば……
無数に見える石墳には、やはり闇の魔力が漂っていた。その内の一か所には、相当な濃度の魔力が見えた。
気が付いたときには遅かった。
石墳の周囲には、黒い靄が現れ始める。
ただのウィスプが現れる……そう思ったが、闇の靄は人型となり、やがて鎧のような形となる。
シャドウナイト……アンデッドの中でも強力な魔物だ。
それが続々と、何体も現れる。
龍人たちは悲鳴を上げる。
「な、なんだこいつら!!」
「落ち着きなさい!! ここは私が抑えます! 武器を持った者を呼んできなさい!!」
巫女はすぐに手をシャドウナイトに向けて小さな光を放っていく。
どうやら多少は聖魔法を使えるらしいが、シャドウナイト相手には威力が弱すぎる。
シャドウナイトは巫女の攻撃には目もくれず、黒靄の剣を手に召喚し周囲の龍人に肉薄した。
「──エリシア、セレーナ!」
「お任せください!」
二人は俺の言葉に頷くと、シャドウナイトに手や剣を向けた。
エリシアは手から聖魔法の光を、セレーナは剣から火魔法の火炎をシャドウナイトに放つ。
何が起きたと困惑する龍人だが、巫女の逃げてという言葉に入口へ走る。
俺も聖魔法で応戦しつつ、石墳から闇の魔力を取り除いていった。
闇の魔力が濃い……龍人がもともと魔力が多いせいだろうか、石墳の魔力も多いのだ。
とはいえ、しっかりと敵は食い止められている。
負傷者たちのほうへ向かうシャドウナイトは、エリシアとセレーナが倒してくれた。
そんな中、巫女は困惑しつつもやがて体を光らせる。
巫女は蛇──ではなく、象ほどの大きさの美しい龍へと姿を変え、シャドウナイトに聖魔法を宿した長い尾を向けた。先ほどとは違って、攻撃を受けたシャドウナイトは霧散する。
龍に変身できる……
魔族の中に、高地に住まう竜人がいるという話を聞いたことがある。彼らは短時間、多くの魔力を扱えるドラゴンへと姿を変えることができるという。それと似ている。
巫女の龍化もあって、俺たちは順調にシャドウナイトを倒していった。
最後の石墳からも闇の魔力を完全に取り除き……新たなシャドウナイトの召喚は止まる。
「ふう……どうにかなったな」
「お疲れ様です……ですが」
そう話すエリシアの視線の先に俺も目を向ける。
武器を持ち騒然とする龍人たち。
一方で龍となった巫女は、まっすぐとこちらを見つめていた。
「あなたがたは……?」
巫女は確かにそう訊ねてきた。
姿や音ではなく、俺たちの魔力の反応が分かるのだ。
俺の《隠形》ではなく、影輪だけだからだろうか。または、龍になったことで分かるようになったのかもしれない。今の巫女は龍人の姿の時よりも更に魔力を増している。
「気づかれたようだな……」
姿を現し、本当のことを話すか。
負傷者が治ったこと、もう船を襲わなくても大丈夫だということ。
もちろん《転移》してこのまま退散するのもありだが。
だがそんな中、洞窟の入り口から声が響いた。
「──人間だっ! 帝国軍が崖上からやってくる!! もう砂浜にいるぞ!」
その声に龍人たちは皆、洞窟の入り口に顔を向けるのだった。