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66話 追跡

 すっかり日も落ちた頃、マーレアス号は帝都の埠頭を発った。


 しかし人知れず、その姿を隠して──


 俺はマーレアス号の船上から、埠頭で働く者たちを見て呟く。


「こっちに気付いていない……暗いこともあって上手く姿を隠せているようだな」


 マーレアス号の船体には《隠形》を付与した板を張り付けてある。

 それによって船が周囲の景色に溶け込み、船体の軋む音すらも掻き消しているのだ。


 とはいえ海面の跡までは消せないから、近づけば簡単に見破られてしまうだろう。《隠形》自体も、俺が使うようには濃くはできない。


 まあ、暗い場所なら十分すぎる。遠くからならまず気付かれないはずだ。相手が、魔力を追える者でもない限りは……


 ユーリが呟く。


「見えないってことは、向こうはこっちの存在に気が付かないってことだからね……ぶつからないよう気を付けないと」


 すでに漁師の船だけでなく、海軍と貴族の船も帰港している。現に海原には全く灯が見えない。


 こちらも灯がない分気を付けて航海しなければいけないが、帝都周辺は港町や漁村が多く、そこが灯となるので陸地を識別するのは苦労しない。あまり速度を出さなければ問題ないはずだ。


 それはそれとして夜の海はやはり何とも言えない美しさがある。闇魔法の黒靄にも似た、安らぐような暗闇……


 しかしユーリはそんな海を見て、怯えながら舵を握っていた。


「……今にも何か出そうな」

「──ここにいるぞ!!」

「ひぃっ!?」


 ユーリは体を大きく震わせると、突如後ろから響いた声に振り返った。


 俺も目を向けると、そこにはアルスに一度帰還していたセレーナが。


 顔を真っ赤にしてユーリが声を上げる。


「せ、セレーナ!! 驚かさないでよ! 船が転覆したらどうすんの!?」

「すまんすまん! そんなに驚くとは思わなかったんだ!」


 お気楽な表情で答えるセレーナに俺は訊ねる。


「連れてきてくれたか?」

「はい! 小型のゴーレムを! これで海中も調べてもらえるでしょう」


 夜の海を泳ぐのは危険だ。だから核さえ無事なら溺れることもないゴーレムを、セレーナに一応呼んできてもらった。


 セレーナはしかし首を傾げる。


「しかし、どうして夜に? 囮になるのなら、昼、一隻で行動すれば……しかもこの船の姿を隠しているのですよね?」

「相手はこちらのことが分からないな。だから囮にはなれない……俺たちが今向かっているのは、昼に船が沈んだ場所だ」

「そこに何か?」

「ただ船を沈めている……とは思えない。仮に犯人が魔王軍だとしたら、船の大小にこだわったりはしないだろう。あそこまで大きな船を簡単に沈められるわけだし無差別に襲えばいい。王侯貴族の船ばかり襲うのには、必ず理由があるはずだ」

「つまり……沈んだ船から物を運び出していると?」

「そういうことだな」

「なるほど……しかし、誰がそんな」


 分からないといった顔のセレーナに、エリシアが呟く。


「ユーリには失礼かもしれませんが」

「気にしないでエリシア。きっと、魔族が犯人じゃないかってことよ」


 ユーリはきっぱり答えた。


「私たちは体が大きいからそもそもやれなかったけど、人間から物をくすねる魔族は多い。泳ぎが達者な魔族がいたら、特技を利用しない手はないでしょう」


 ユーリの言葉通り、俺はやはり魔族の可能性が高いと思っている。


 生活のためやっているのか、あるいはユーリら青髪族のように魔王軍から依頼を受けているのかは分からないが。


 俺はこう答える。


「まだ、確かなことは何も言えない……ともかく、船が沈んだ場所へ行こう」

「はい」


 ユーリは真面目な表情で頷いた。同じような境遇の魔族たち……ユーリも内心は複雑だろう。それでも俺に付き従ってくれている。


 相手次第では、俺も命は取りたくない……


 それからマーレアス号は、昼に大量に海軍と貴族の船が沈んだ付近へと到着する。


「ここからはゆっくり行こう」


 俺の声に、ユーリは船を減速させる。


 そうして四方によく目を凝らしながら進んだ。


 そんな中、セレーナがいつもよりは少し小さな声で喋る。


「今、あっちで少し灯が見えた!」

「そっちか……どれ」


 俺は意識を集中させて、海上の魔力を探る。


 海中は魚も多いせいか、上手く魔力が掴めない。

 しかし海上は比較的分かりやすい。


「……本当だ。人型が十名以上……だけど皆、長い尻尾を生やしている」


 四肢も短く、胴体も寸胴のよう……非常に体がずんぐりとしている。


「これは……リザードマンか」


 ただのリザードマンか、混血の魔族か。


 いずれにせよ、海の中を素早く移動できるのも納得だ。


 彼らのばらけ具合を見るに、何隻かの船に別れて乗っていると見て間違いない。


 少し待つと、ぼうっと蝋燭の火のような灯が見えた。


 それからすぐに海面から、いくつもの魔力の反応が現れる。彼らは海上の船で待つ者たちに何かを手渡しているようだった。


 がしゃがしゃという音が響き、時々何か反射するような光が見えてくる。貴重品の類を積み込んでいるのかもしれない。


 セレーナが言う。


「間違いない……やつらが船を沈めた犯人だ。ランプを点けて、降伏を促そう!」

「待て、セレーナ。光を点けた瞬間、船を捨てて皆逃亡するだろう。船に身元が分かるような物は載せていないはずだ」

「では、文字通り泳がせると?」

「ああ。時間はかかるが追跡しよう……どこかに拠点があるはずだ」


 金銀宝石それだけでは何の意味も為さないはずだ。依頼で引き渡すにしろ、売却するにしろ一度陸へ上げる必要がある。


 俺たちは、船を沈めている犯人たちを追跡することにした。


 犯人は手慣れているのか、非常に手早かった。数十分後には沈没船から貴重品の引き上げを完了したようで、犯人たちの船は西の陸地に向かい始めた。


 俺たちのマーレアス号は付かず離れずそれを追うのだった。

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