63話 無敵の船
帝都の港湾区。
その埠頭の一つに俺たちは立っていた。
目の前には、四本の船柱と三層の甲板を備えた立派な帆船がゆらゆらと海面に浮いている。
ユーリが帆船を見上げながら言う。
「改めてみると……相当立派な船ですね」
「ああ。交易許可証を見ると、西のヴォルデン島や東の大陸とも行き来していたらしい。外洋の航海を何度も経験しているはずだ」
大きさ的には、三百人は乗れる。船尾楼も高く、そのまま軍船にも転用できるほどの船だ。
しかしと、エリシアが言う。
「これだけ大きいと、動かすのも大変そうですね……」
エリシアの言う通り、相当な人手が必要になるだろう。帆柱も多いため、熟練の船員でも全ての帆を開くのに時間が必要そうだ。
すると、もぐもぐと帝都のパンを食べていたセレーナが口を開く。
「うん? なら、漕げばいいんじゃないか? 皆でオールを漕いで」
「ガレー船のことか? この大きさの船なら、帆船よりももっと人手がいる」
「そこは疲れ知らずの鎧族とゴーレムに任せればよろしいかなと」
「人の目がある……まあ、甲板の中ならまあバレることはないと思うけど……海の上じゃ何が起こるか分からないからな」
遭難者を救助することもあるだろう。船に乗せて、鎧族やゴーレムを見たらなんというか。
セレーナは「私一人でも!」と能天気に言うが、さすがにこの大きさの船は一人じゃ漕げない。
「無茶だ……ここは思い切って、小さな船を作るというのも手かな。ユーリたちは船は作ったことはあるか?」
「いえ……ボートぐらいなら作れるとは思いますが」
ユーリはそう答えるが、ボートすらも作れるかどうかと言わんばかりの自信なさげな表情をする。
俺たちの中に造船技術を持っている者はいない。
ならば、船大工に依頼するか。
しかし、そこそこの船を作るには結構な時間がかかるだろう。小さな船でも一か月はかかると思っていい。
「ここはやはりこの巨船を改造するか……しかし動かす人手がな」
俺が呟く横で、エリシアがユーリに訊ねる。
「そういえば、サイクロプス……あなた方のお仲間はまだ帝都に?」
「すでに西部にいる仲間とは話はついてるわ。アレク様が路銀も用意してくれたしね……でも、どんなに早くても帝都まであと二か月はかかるかな」
「そうですか。となれば」
エリシアは俺に顔を向けた。
「闇の紋章を持つ者たちを仲間に迎える件だな……そっちはどうだった?」
「信用できる者と話しましたが、やはりなかなか未知の、しかも魔境と呼ばれる場所に行く勇気はないということで……リーナだけはすぐにでも行きたいと言ってくれたんですがね。ティカとネイトの出身の修道院でも、おおむね同じような反応を示されたようです」
「まあ、魔境に住める場所があるとは思わないもんな……」
ティアルスが少しでも有名になれば、前向きに考えてくれるかもしれない。それに無理して呼び寄せても悪い。
「となると、やはり俺たちで何とかしないとな」
「そうしましょう! 魔導具を駆使すれば、人手が少なくても動かせる船が作れるはずです」
ユーリの声に俺は首を縦に振った。
「ああ。俺たちにはミスリルがある。いい船にできるはずだ」
「そうしたら、早速船の上で設計に移りましょう!」
俺たちは渡し板を歩いて、船へと乗り込む。
ユーリは船上に着くと、作業台の上にすでに船体が描かれている図を置いた。
「まずは、帆に風を送る魔導具なんてよさそうですね。セレーナの案じゃないけど、歯車と風車を利用してオールを回したり……まあ動力は模型を作って、私たち青髪族で色々考えてみます」
「そうしてくれると助かる」
俺が答えると、エリシアが言う。
「あと、もしもの時も考え、船に転移柱を作るのはどうでしょうか?」
「万が一のときは、帝都やローブリオンまで《転移》して逃げられるってことだな。食料や水がなくなってもすぐに補給できる。これは確かにあったほうがいいな」
エリシアの案に俺は頷いた。
ユーリもうんうんと頷きながら、船に転移柱を描きこんでいく。
「形は考えますね。柱じゃなくて薄い板にするとか……あとは、《隠形》や《闇壁》を付与した板や盾を船体の各所に配置してもいいんじゃないですかね?」
「《隠形》は船を隠すのに、《闇壁》は敵の攻撃を防ぐわけだな。唯一の弱点は聖魔法だが、相手は魔物だから、まず聖魔法は使わない。敵が人間だとしても船に聖魔法を撃つやつはなかなかいないだろうし……これだけで実質無敵の船になる気がするな」
俺が答えると、セレーナが目を輝かせてこう提案する。
「無敵……なんとも良い響きだ! そうしたら今度は、船首に《炎獄》を放てる筒を付けてはいかがでしょう!? 船首から炎をどーんと! 巨大な敵も、一撃で倒せるはずです!」
船からドラゴンのようなブレスが放たれるのが頭に浮かぶ。巨大な魔物ならまあ、普通にありかと思うが。
「うーん。姿を現さないんでしょ? 相手は水中なんだから、船体の各所から雷魔法を放てる柱を付けたほうがよくない?」
そう話すユーリに、エリシアは呆れるように溜息を吐く。
「全く二人とも……そもそも私たちは魔法が使えるのですから、攻撃は私たちがやればいい。それよりも、大事なことがあるでしょう?」
エリシアの真面目な口調に、俺もユーリもセレーナも顔を向ける。
「……そんなことより、アレク様が快適に船旅を過ごせるようにするほうが先決! アルスに負けないほどのお風呂は絶対に必要です!!」
語気を強め……というよりは鼻息を荒くして言うエリシアに、俺は思わず突っ込みたくなった。全然大事じゃないと。
しかしユーリもセレーナもおおと感心するように声を上げる。
思い出したようにユーリが呟く。
「……大きめのベッドも用意しないと」
「ユーリよ。仮にも皇子が乗るんだから。船尾楼に金細工や銀細工を施したらどうだ?」
セレーナもそんなことを言うと、三人はあれもいいこれもいいと盛り上がる。
呆れて言葉も出ない。
まあ、動かせて、安全に航海できるなら……
設計は三人に任せることにして、俺は船首からルクス湾を眺めた。
今でも多くの船が見える。大きな船だけでも百隻はあろうか。
だが通常時は、これの十倍以上の船がルクス湾を行き交っているのだ。しかも今ルクス湾に在るのは、ほとんどが軍船。
このルクス湾の平和を取り戻し、ミレスに行く……
帝都の海の安全を取り戻したとなれば、帝国全体にも幾ばくか貢献できるだろう。
闇の紋の持ち主である俺と一行が止めたとなれば、他に闇の紋を持つ者たちへの風当たりも弱まるかもしれない。気持ち良くミレスに行けるというものだ。
とはいえ、あまり派手に戦って倒したとなると、ルイベルやビュリオスから何をされるか分からない。そこらへんは慎重に考えつつ、この騒動を鎮めるとしよう。
そもそも、何が敵かも分からないけどな……
一週間後、船の改装を終えた俺たちはルクス湾へと出るのだった。