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62話 良い話

「何故、余計なことを提案した?」


 皇帝の間を出てすぐの廊下で、俺はヴィルタスを壁に追い詰めていた。


 問いただす俺に、ヴィルタスは慌てて答える。


「ま、ま、待て! これには深い事情が!」

「事情だと? お前が話さなければ、俺はそのままミレスに行けた。それなのに何故、ルクス湾の調査に向かわせるよう仕向けたんだ?」

「ま、まさかあんなあっさり承諾するとは思わないだろ? だから」

「俺に調査をさせる代わりに、ミレス行きを承諾させるつもりだった。俺に無断とはいえ交渉材料を用意していたのは分かる。だが皇帝は条件もつけずにすんなり了承した。なら、その必要はなかったはずだ……」

「……仰る通りでございます」


 ヴィルタスはおどけるように丁寧な言葉を口にして、こくりと頷く。


 俺を餌にルクス湾の魔物を釣り出す。あわよくば魔物に殺してもらえば……皇帝はそう考え、俺を任命したはずだ。


 しかし、ヴィルタスはそんなことを考えていたのだろうか。


 今となってはヴィルタスも海に出なければいけない当事者だ。真意を聞きだせるとは思えないが……


「何か、約束したのか?」

「あ、ああ……どうしても沈ませたくない船があるんだ。だから、お前とその部下ならって」

「魔物を倒せる、と言いたいのか?」


 買い被られているだけか、あるいは口から出まかせか。


 ヴィルタスの心の底はどうにも覗けない。


 しかし、海の魔物については俺も気がかりだった。皇族や貴族だけが困るだけならまだいいとしても、結局船を動かすのは平民たちだ。彼らのためになるなら……百歩譲って受けても嫌ではない任務だ。


 とはいえ、相手は大貴族が使うような巨大船を沈めるほどの魔物である。やり直し前の記憶では、結局海軍はその魔物を倒すどころか正体を掴むことすらできなかった。水中から襲ってくるのかは知らないが、非常に厄介な相手であるのは間違いない。


 準備を整えて向かったほうが良さそうだな……


 港湾区にはトーレアスから取り戻したエネトア商会の船がある。元々ミレスに行くのに使う予定だったし、あれを改修するか。頑丈にしとけば、何かと他にも使えるかもしれないし。


「……ヴィルタス。今回のことは、貸しだぞ」

「……お、俺も現地に行くんだ。大目に見てくれよ」

「駄目だ。帝都周辺で良い土地があれば見つけておいてくれ……それじゃあ、海軍の慰問は任せたぞ」

「うん? お前も一緒にいくんだろ?」

「俺はお前とは違う船で行く。父が言うように俺では慰問には適さないからな……却って不興を買うかもしれないぐらいだ。【万神】の紋を持つお前だけが行けば、皆素直に喜ぶだろう」


 それを聞いたヴィルタスは恐る恐る訊ねてくる。


「アレク……怒ってるのか?」


 ヴィルタスも俺もまだ子供だ。

 こちらが真剣な顔で真面目なことを捲し立てたから、怒っていると思ったのだろうか。


「そんなつもりはないが……怒っているかいないかと言えば、怒るに決まっているだろ」


 俺は呆れるように答え、そのままヴィルタスの目をまっすぐと見つめた。


「前も聞いたが、信用してもいいんだよな?」

「嘘は吐かん……それに、お前にとっても良い話になる。約束する」

「良い話?」


 そう訊ねるが、ヴィルタスはニヤリと笑う。


「ああ、良い話だ……楽しみにしておけ」

「ますます、信用できなくなったんだが……」

「そう言うな! きっと気に入ってくれる! だから、そんなに怒らず海軍の慰問にはこい! 絶対にいい話だ!」


 俺はやけに自信満々な顔のヴィルタスを白い目で見つめた。


「……どういうふうに良い話なんだ?」

「そ、それは……秘密だ!」


 これも口から出まかせか、あるいは本当に秘密にしたいことなのか。


「まあいい……海軍や他の貴族がどこを調べるかは気になる。同じ場所を調べても仕方がないからな」

「それがいい。ともかくこの依頼をこなせば、お前にとっても良い出来事が訪れる!」


 俺は深く溜息を吐くと、ヴィルタスにこう答える。


「……別にもうそんなことはどうでもいい。周辺の船乗りや漁師たちが困っているのは確かだろうから」

「あ、ああ。世のため人のため、俺たちで魔物を倒そうじゃないか」

「お前が、世のため人のため、ね」

「何を言う! 俺は常に世のため人のため……そして自分の……じゃなかった。弟のお前のためを考えている!」

「何番目にだろうな……ともかく、海で会おう」


 そうして俺はヴィルタスと別れるのだった。

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