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60話 開店準備

 商会本部の中庭にあるエネトアとその妻と子の墓前で、俺は手を合わせていた。


 悪魔化したトーレアスを倒してから一週間が経った。


 その間俺たちは奪われた資産を確認したり、商会の中を改装したりと、エネトア商会の再始動に向け準備を進めていた。


 エネトア商会の資産のほぼすべてが、やはりトーレアスによって奪われていた。すでに売却された商品もあったが、倉庫や船などの高価な物はしっかりと取り戻すことができた。


 船に関しては、ミレスに行く際に使えるだろう。船員を雇う必要があるが……


 ともかく取り返せる資産は全て回収できた。


 本部の改装もすでに終わっている。

 明日にでも一階の店舗部分は開店できそうだ。


 合わせていた手を俺が下ろすと、隣にいたエリシアが言う。


「これで、いつでも営業が再開できますね」

「ああ。ちゃんと資産も全部戻ってきたって報告できた」


 エネトアの息子との約束……奪われた物を取り戻すという約束は果たせた。


 次は、エネトア商会の名誉を回復することだ。


 何を以て回復したと言えるかは分からないが、ここは商会だ。やはり普通に商売ができるようになってこそ名誉を回復したことになるだろう。


 明日から営業を再開しても客が戻ってくるかは分からない。


 とはいえ、トーレアスがエネトア商会の物品を奪ったことは、すでに帝都の新聞で知れ渡っている。


 トーレアスの悪魔化は、その日のうちに号外となった。それにはトーレアス自身が悪魔化する直前に、エネトアは悪魔でないと語ったことも記されていた。エネトア商会の悪評は次第に消えていくはずだ。


 まあ、結局は商品次第だろう。


 皆が買いたい物を揃えれば、自然と客は戻ってくるはずだ。


「よし、中に戻ろう」


 俺はエリシアと共に中庭から建物の中に戻った。


 中庭に近い部分は工房にして、店舗部分と区切ってある。これは中庭には転移柱があるから、《転移》しているところを客に見られないようにするためだ。


「あ、アレク様」

「アレク様」


 ちょうど、ティカとネイトが後ろからやってきた。アルスから《転移》してきたのだろう。


 二人にはトーレアスが悪魔化してから数日、交代でビュリオスの動向を探ってもらっていた。


 案の定ビュリオスはルイベルからの信用を取り戻そうと必死になっていた。

 商人や貴族との面会も一切断り、毎日自分でルイベルの部屋に贈り物を持ち込んではトーレアスを紹介したことを謝罪しているらしい。


 一方のルイベルは、そんなビュリオスや取り巻きの貴族たちとは一切口を利かないのだという。代わりに、演習場の的を聖魔法でボロボロにするのに熱中しているようだ。


 しばらくは変わり映えのない日々が続くはず。


 だから俺はティカとネイトに、ビュリオスへの諜報活動を一旦やめさせた。今後は月に何回かなど、定期的に調べてもらうことにする。


 俺は二人に言う。


「アルスに行っていたのか?」

「はい! 新商品の試射に!」


 ティカはそう言って、ネイトの持つ長大なクロスボウに目を向ける。


「さすがに私たちが使うのはそのまま売れないとのことでしたので……極力ミスリルを減らした物になってます」


 ネイトがトーレアスの狙撃に使ったロングクロスボウは、弓弦がミスリルとなっており風魔法が付与されていた。それによってボルトを高速で、しかも遠くへ飛ばせるようになっていたのだ。


 ボルトもミスリルで出来ており、聖属性の魔法が付与されていた。トーレアスの翼が焼けたのはこれのせいだ。


 そんなすでに強力なロングクロスボウだったが、《隠形》も付与すればボルト自体も隠せると、俺も改良に加わった。


 そうして考え得る限り最強のロングクロスボウが完成したのだが……それを商品として売るのは躊躇われた。


「誰かに売ったら間違いなく悪用されるからな……」


 俺の言葉にティカは頷く。


 今ネイトが持っているのは、弓弦に風魔法が付与されているだけだ。


 それでも非常に強力なのは変わりない。普通のクロスボウの十倍以上の金額で売れるだろう。


 ティカはやはり不安そうな顔で言う。


「これでも相当な威力です……作ったユーリたちの腕がいいのかもしれませんが」

「昔の私のものよりも強い。暗殺者が使えば厄介、です」


 ネイトもそう答えた。


「そうか。やっぱり魔鉱石や魔導具を使った武器は売らないほうがいいかもな」


 俺たちだけの装備にしておこう。


 店舗で売るのは、鉄製の武器だけにしておく。


「商品は他にもあるし……正直、アルス近海の魚介類だけでも十分な品ぞろえだし」


 ティアルス近海で獲れる魚と帝都近海で獲れる魚は種類が違う。だから、ティアルスの魚というだけで高値で売れる。


 しかも、通常ならティアルスから帝都まで空輸でも二週間ほどかかるものが、ここでは一時間も経たないうちに並べることができるのだ。


 エリシアが俺に訊ねる。


「……あまり新鮮だと、怪しまれないでしょうか?」

「生きたまま船で運んできたことにすれば大丈夫だ。そんなにたくさん売るつもりもないし」


 万国通りは市民たちが普段買う日用品や食料品よりは、珍しい物が売れる場所だ。ティアルスの魚があってもおかしい場所ではない。


「ともかく、もういつでも店は開けるな」


 俺は工房にいる者たちに声をかける。


「皆、聞いてくれ。明日にはもう、店を開く。今夜はその前祝いに、宴会を開こうと思う」


 俺の言葉を聞くと、工房にいる青髪族や鼠人はおおと声を上げる。スライムたちもぴょんと飛び跳ねて喜んでいるようだった。


「セレーナに酒やごちそうを買い込んでもらっている。今日は大いに楽しんでくれ」


 歓声の中、エリシアが不安そうな顔で俺に言う。


「よろしいのでしょうか?」

「お金ならある。それに、セレーナにはここの商会長をやってもらうんだ。他の店がどんな値段で売っているのか見てもらうのも悪くないだろうと思って」

「なるほど……皆、きっと喜びます」


 帝都だけでなく、アルスやローブリオンにも眷属たちはいる。ちゃんとそれぞれ三か所で宴会を開くつもりだ。


 しかしティカが不安そうに呟く。


「セレーナだけで大丈夫かな……」

「なにかありそう」


 ネイトもそう答えた。


「大丈夫だって。ユーリや青髪族も一緒だ」


 俺がそう答える中、店舗のほうからばたんと扉が開く。


「今、戻ったぞ! 宴会のために色々買ってきた!!」


 セレーナの声が響くと、眷属たちは皆おおと声を上げた。


 俺も様子を見に、店舗の方へ向かう。


「おかえり、セレーナ……ってなんだ、それ?」


 仮面を付けたり立派な羽飾りをつけた帽子を被るセレーナを見て、俺は目を丸くする。


 その隣では申し訳なさそうな顔をするユーリが、後ろには荷馬車から荷物を下ろす青髪族の姿が見える。


 ユーリが言う。


「ご、ごめんなさい、アレク様。酒や食料は買えたんですが、少し目を離した隙にセレーナが変な物を買わされて!」

「へ、変とはなんだ! 宴会なのだ! 着飾って踊るのが普通だろう?」


 セレーナが熊の仮面を付けて慌てて答えるが、ユーリはこう言う。


「他にも楽器やらなにやら……そもそも、それぐらい私たちでも作れるのに。宴会ならついでにって買わされたんです。まあ、ぼったくりとかではないですけど……」


 それを聞いたエリシアはセレーナをじろりと見る。


「あなたは! アレク様から預かったお金をこんなものに!! アレク様、やはりセレーナには商会長は無理です! ──っ!?」


 エリシアは、突如セレーナの付けた仮面の口から伸びてきた風船に驚く。膨らんだと思えば萎んで、また膨らんだ……たしか吹き戻しというおもちゃだったか。ぴいっと音が鳴ってやかましい。


 セレーナは驚いたエリシアを見て喜ぶように言う。


「ほら、びっくりしただろ!? アレク様が喜ぶと思ってな!」


 人を子供だと思って……というか、もっと小さい子供でないと喜ばないだろう。


 呆れる俺だが、エリシアは怒声を上げた。


「アレク様がこんな子供騙しのもので喜ぶわけないでしょう! こんなもので喜ぶのは、スプーンが転がっただけで笑うあなたぐらいです!」

「ひ、ひいっ! ご、ごめんなさい!」


 すぐに深く頭を下げるセレーナから、エリシアは仮面を無理やり取る。


 俺は慌てて言った。


「ま、まあまあ! セレーナの言うことにも一理ある。宴会には歌と踊りが付き物だ。それにどんな品物が帝都で流行っているかの参考にもなるし、いいじゃないか」


 とはいえ、帝都の流行とは言い難い仮面だ。あまり売れてないものを無理やり買わされたのだろう……


 セレーナは熊の仮面をつけたまま俯き、声を震わせる。


「あ、アレク様……本当にお優しい……! 申し訳ありません、白状します……実はユーリの言う通り、酒を買った店で宴会ならこれもあったほうがいいと……」

「みなまで言わなくてよろしい……」


 なんとなくだが、上手く言いくるめられてしまったセレーナの姿が頭に浮かぶ。


 万国通りの商人は口が上手いのだ。


「まあ……万国通りの商売の勉強になっただろ? ここの商人たちは帝都に店を構えるだけあって、皆、口が上手いんだ」

「はい……気が付けば財布のひもが緩んでました。本当に面目次第もございません……アレク様のお金を無駄に」


 セレーナが頭を下げると、ユーリも「監督不足でした!」と頭を下げる。


 見ると、ユーリの手にも怪しげな仮面が。反応が良ければ自分も付けるつもりだったのかな……


「二人とも、そう落ち込むな。それに宴会なんだから無駄な物があってもいい……今日はともかく楽しくやろう」

「は、はい! そしたらこのセレーナ、精一杯宴会を盛り上げさせてもらいます!」


 セレーナは大声でそう答えた。


 その夜、俺たちは宴会を開いた。


 無駄と思われた仮面や楽器などだったが、鼠人を中心に皆、案外喜んでくれるのだった。

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