55話 回収
「土地はすでに俺たちの手中にある。食料品や雑貨……細々とした商品の回収はもう難しいとして」
俺はテーブルに回収ができそうな資産の権利書を置いた。
エリシアがそれを覗きこんで言う。
「……マーレリア号。帆船ですか」
「ああ。送風の魔導具と四層の甲板を備えた巨大な輸送船とある……海外との交易に使われていたみたいだな」
俺が言うとセレーナが呟く。
「船ですか。海のことはさっぱりですが、すでに使われていて外洋を航海しているのでは?」
「そこは今、ティカとネイトに港湾区を調べてもらっているところだ」
ユーリが訊ねてくる。
「船ですかー。使うんですか?」
「ティアルスとローブリオンまでは転移柱があるからね。どこか知らない土地に行くぐらいしか使い道がない……だから、大事なのは船というより」
エリシアが察したように呟く。
「誰が奪ったのか、ということですね」
「ああ。これだけ大きな資産を持っていくやつだ。エネトア商会を追い詰めた中心人物だろう」
俺の言葉を聞いたセレーナが声を上げる。
「そいつのところに殴り込むわけですね!!」
「手は出すなよ……でもまあ、報いは受けてもらう」
そんな中、商会の入り口がぎいっと開いた。
「なっ、なんだ!?」
セレーナは慌てるが、ばたんと扉が閉じるとティカとネイトが姿を現す。
ふうと安堵するようなセレーナに、エリシアが呆れたように言う。
「驚きすぎですよ、セレーナ」
「し、仕方ないだろ? まだお化けが残っていると思うじゃないか」
まあ確かにちょっと心臓に悪い。外から見れば、ウィスプの仕業と思われるかも。
今後のためにも、裏口や地下通路を造ってもいいかもな……
帝都の地下水道と接続してもいいかも。帝都全体に地下水道は張り巡らされている。スライムなどもいるせいか、あまり人も近寄らない。
二人は俺のもとに戻ると、片膝を突く。
「ただ今戻りました、アレク様」
「ました」
「ご苦労だった。それで船は?」
ティカが答える。
「港湾区にありました。ちょうど改装中だったようで、たくさんの改装業者がいました。船尾に書かれたマーレリア号という船名を塗り替えているのも見たので、間違いないかと」
「改装? ……それで、誰が船を所有していた?」
「所有者かは分かりませんが、トーレアスという男が改装を依頼した男のようですね。エネトア商会の所有していた港湾区の倉庫も、そのトーレアスが押さえているようです」
「トーレアス……どこかで聞いたような」
「恐らくですが……」
ティカは大通り側の窓の近くに立つと、カーテンを少しだけ開けた。
「目の前の建物を所有しているトーレアス商会。その会長と思われます」
万国通りを挟んで向こう側には、このエネトア商会の本部に負けないほどの建物があった。看板に目を凝らすと、確かにトーレアス商会とある。
セレーナが言う。
「こんなに近くとは……」
「近いからこそ、エネトア商会を潰したかったのでしょうね」
エリシアはそう呟くと、何かに気付いたように脇を見る。
そこには、長大なクロスボウを組み立てるネイトが。
「だけど、狙撃にはもってこい。アルスで作った新型のロングクロスボウを試すいい機会」
「馬鹿もん! 殺してどうする!!」
セレーナの声に、ネイトは「そういう流れじゃ」と答える。
「エネトアさんたちがされたことを考えれば気持ちはわかるが……なるべく、事を荒立てたくない」
「ならば、私が殴り込むのも」
俺はセレーナに頷く。
「考えものだな。至聖教団が裏にいると見ていい。単に権利書を見せて船を返せといっても、簡単に退く相手じゃないだろう。文書の偽造だって平気でやるはずだ。何か弱みを握る必要がある……」
俺自身が商会に忍び込むか。《隠形》や《転移》を使えばそう難しいことではない。
だがその前に……
「そういえばティカ。船を改装していると言っていたな?」
「え、はい。それが何か?」
「いや、ただの輸送船として使うなら改装する必要もないはずだ。船名を変えるぐらいなら分かるが……何か変わった様子はなかったか?」
「そういえば……檻や拘束具を大量に積んでいるのを見ました」
「ほう……魔物の奴隷取引か」
いや、この万国通りでは魔物の取引は禁止されている。
奴隷取引は、帝都でも指定された区域だけで許可されているのだ。例えば、ヴィルタスの隠れ家があった地区などだ。
だが魔物の奴隷取引か……
従属魔法で従魔にされる魔物は弱い種が多く、たいした価格では取引されない。あまり儲けもでないのだ。
一方で魔物が嫌悪される帝国では、奴隷商は卑しい職業と思われている。嫌悪されているからこそ、帝都でも取引できる地域が指定されているのだ。
天下の万国通りに店を構えるような商会が扱う取引だろうか?
しかも、弱い魔物ならすぐに従魔にできるから、檻や拘束具も必要ないと思うが……
何か怪しい匂いがするな。
逆に言えば、トーレアス商会の弱みを握れるかも。
とはいえ、握ってどう白日の下に晒すか。
ここはヴィルタスを巻き込ませてもらうか……それに、トーレアスという名にどこか聞き覚えがあるのだ。ヴィルタスなら何か知っているかもしれない。