52話 訳アリ物件
俺たちは、帝都を東西に貫く大通りを西へ歩いていた。
この通りは、万国通りと呼ばれている。
世界中の国や地域から人や品物が集まることからその名が付けられた。その由来の通り、商店が多数建ち並び、人通りも多い。帝都ではもっとも幅広い通りで、馬車が十台も横並びで走れる。
そんな活気の溢れる万国通りに、訳アリ物件はある。
「西寄りで港湾区にも近い場所……もう少しだな」
俺はそう呟くが、周囲を見渡すエリシアが首を傾げる。
「本当にこんな場所にあるのでしょうか……?」
たしかにお化けとは無縁そうな明るい通りだ。
「建物自体は相当大きいそうだから、分かると思うけど……お、あれじゃないか?」
五階建ての大きくずんぐりとした建物。一階には立派な陳列窓と、荘厳な彫刻が彫られた金の扉が見える。
恐らくは多様な商品を扱う百貨店だったのだろう。
しかしその建物の前では、誰も足を止めない。皆、建物を不気味そうに見上げたり、そそくさと立ち去っていく。
「建物はずいぶんと綺麗だな……でも」
一階の窓や壁には張り紙や落書きで荒らされていた。
俺とエリシアはその建物に近付く。
「これは……」
エリシアは張り紙や壁に書かれた文字を見て、眉を顰める。
「悪魔の店、か……」
張り紙や落書きは、店主を悪魔と非難する内容のものだった。
店主は闇の紋章持ちと叩かれていた。そのせいで客が寄り付かなくなり、従業員もやめていった……ヴィルタスからすでに聞かされている。
こんな一等地で商売しているのだ。商売敵も多かっただろう。ずっと隠していたのが、商売敵によってバラされた……そんなとこだろうか。
エリシアが言う。
「……この店の中に、悪魔化してしまった方が?」
「いや、神殿から神官と悪魔祓いが来て、建物の中を調べたようだ。だが悪魔は見つからず、無限にウィスプの類が出てきたようでな。店に置いてあった鎧を依り代にしたリビングアーマーもいたようだ。といっても、一階だけしか調べてないようだが」
ヴィルタスはこの物件を格安で手に入れたのだが、何度神殿に討伐依頼を出しても、無限に湧くアンデッドを討伐しきれず使い物にならなかった。
神官や悪魔祓いへの報酬も馬鹿にならない。これ以上お金はかけたくない。だから手放したかったのだろう。
ヴィルタスが俺へ依頼したのは、恐らくエリシアの【聖騎士】の紋章を見たから。
金貨百枚を用意したり、ティアルスに向かうのは、とても子供の俺が一人でできることじゃない……エリシアが優秀だから成し遂げられた、そう考えたのだろう。
だから俺というよりは、エリシアの腕を見込んでということだ。
まあ実際、エリシアにとってアンデッドの退治は楽勝だ。今までずっとアンデッドを退治してきた。
「では、私が墓守をしていた修道院の墓地のようになっている可能性が」
「そうだ。店主が実際にそうだったのかは分からないが、闇の紋章持ちが死んでその亡骸がアンデッドを生み出しているのかもしれない」
五階建ての大きな建物……そこにいるアンデッド。
正直なところは少し怖い気もする。
だがエリシアは自信満々の顔で、ヴィルタスから預かった鍵を手に言う。
「久々に私の出番ですね!!」
「そう、だね……」
聖魔法の使い手であるエリシアがいれば何の心配もいらない。
俺自身も闇の魔力を吸収できるのだから。
しかしエリシアが勢い良く開けた金の扉の先を見て、やはり不気味さを感じた。
滅茶苦茶に荒らされた店内。
陳列棚や照明は破壊され、商品が無理やり運ばれた跡がある。
だが商品や調度品がそれなりに残っているのは、ここに入った盗人もアンデッドに襲われ奪いつくせなかったからだろう。
俺はエリシアに言う。
「アンデッドが特に多いのは中庭だ。そこは神官たちも近寄れなかったらしい……まずはそこを目指そう」
「はい。私にお任せを」
エリシアは剣を抜いて俺の前を先導してくれる。
俺も《聖灯》を周囲に展開し、エリシアの後を追った。
「立地も外観も立派だが、中も相当な大きさだな」
「高さも空間も、ローブリオンの拠点の倍以上ありそうですね」
「ああ。申し分ない……」
中庭へ転移柱も設置できるだろう。大きな作業場もあるし鍛冶もできる。厨房らしき場所もあるから魚も売れる。
それでも広すぎて、置く商品のほうが足りないかもしれない。
とはいえ……前の店主のことを思うと、なんだかいたたまれない気持ちになるな。
神官によれば、店主と思しき死体を中庭で遠目から見たということだ。
ここまで大きな店を持っていたのに、紋章云々で叩かれるなんて。店主は一代でこの店を持ったと聞く。紋章を隠しながら、こつこつと帝都に店を持てるよう頑張ってきたのだろう。
店主の努力に思いを馳せながら、俺はエリシアへついていく。
すると、早速すっと黒靄が現れる。
「──《聖光》」
エリシアは冷静に靄……ウィスプに光球を放ち、霧散させる。
その後もウィスプが現れるが、手慣れたものだ
エリシアは次々とウィスプを聖魔法で倒していく。現れたら即、聖魔法を放っていた。
ただの立っている鎧と思われたリビングアーマーも突如動き出すが、エリシアに蹴られ最後は光を当てられ動かなくなった。
アンデッド退治で俺の出る幕はない。
だが、数は多い。だから一応、一つ光球を使い、エリシアを援護する。
この数は、神官や悪魔祓いも苦戦しても無理はないな……
ともかく攻撃はエリシアに任せ、俺はアンデッドの根源を見つけなければ。そろそろ中庭だ。
どこか、闇の魔力が淀んでいる場所があるはず。それがアンデッドを生み出す根源になっているはずだ。
──あった。たしかな魔力の反応。あの扉の先、恐らく中庭のほうだ。
「……エリシア、やはり中庭だ。扉は俺が開け……あっ」
エリシアは聖魔法でウィスプを倒しながら、蹴りで扉をばたんと開く。
「どうぞ、アレク様!」
「あ、ありがとう」
俺は悠々と扉をくぐり、中庭へ入る。
ここは陽の光が差し込んでいる。敷地も広く、ちょっとした公園みたいだ。
……そんな中でも現れるウィスプを、エリシアは即座に倒していく。
一方で俺は、魔力の反応を調べた。
「……あそこか」
視線を向けると、中庭の噴水の近くにベンチが置かれていた。
そこには、二体の白骨が座っている。一人は男性、もう一人は女性の服、どちらも質の良い服を身に着けていた。
二人からは闇の魔力を感じる。
根源はこの二人だったか……
エリシアにウィスプを倒してもらいながら、俺は白骨の座るベンチに向かった。
二人は腕を絡め、肩を寄せている。
近くには空き瓶があった。
恐らくは毒を飲んで一緒に死んだのかもしれない……
「なんとも悲しい話だな……うん、これは?」
俺は男の持っていた手紙を手に取る。
手紙には短い文章が記されていた。
「至聖教団に永遠の呪いを……私たち三人は悪魔ではない、か」
どうやら商売敵だけでなく、至聖教団にも目を付けられていたみたいだな。
自分たちが悪魔でないと、死を以て周囲に示したかったのだろう。
「エリシア……浄化する。しばらく頼むぞ」
「はっ……」
俺は背中をエリシアに任せ、二人に宿る闇の魔力を吸収しようと手を伸ばす。
だがその時、突如頭上のほうで強大な魔力の反応を感じた。
「──エリシア!」
「え? ──上っ!?」
俺はすぐにエリシアと共に、少し離れた場所に転移した。
と同時に、ベンチの近くに何者かが投石機の弾のように落ちてくる。
舞い上がった土埃が落ち着いてくると、そこには抉れた地面に立つ……
「悪魔……」
黒い翼を生やした人型が、こちらを睨んでいた。