50話 愚兄
宮殿を出るなりエリシアは呆れるように呟く。
「面会拒否、ということでしょうか……」
「いや、あの使用人も本当に分からないんだよ」
やはりというか、第四皇子ヴィルタスは部屋にいなかった。使用人に訊ねるも、さあどこへやらだ。
まあ俺も部屋にいるとは思わなかった。ヴィルタスは十三歳。普通であれば、魔法学院に通っているはずだ。
じゃあ魔法学院にいるのかといえば、違う。
あいつは真面目に学校に通うような男ではない。
エリシアは俺に訊ねる。
「夜を待ちますか?」
「いいや、ヴィルタスはむしろ夜のほうが動きが活発だ。宮殿にいるほうが少ない。いくつか心当たりはあるが……あまり、見ていて気持ちのいい場所ではないかもしれないぞ?」
「お気になさらず。恐らく、私も見たことのある場所です」
エリシアは真剣な眼差しをこちらに向けた。
そんな中、宮殿の廊下から聞き覚えのある声が響く。
「兄上! アレク兄上! いったいどちらにいらっしゃるのです!! せめてお顔だけでも!」
ルイベルか……
俺はエリシアと頷き合うと、宮殿の外にある帝都の公園に《転移》した。
それからヴィルタスがいるであろう貧民街へと歩いていく。
エリシアが呟く。
「あの方は……アレク様をどうしたいのでしょうか?」
「恨みを晴らしたい……のだと思う」
だが、やり直し前は俺への恨みを早々に晴らせたはずだ。
徐々に恨みというよりは、【聖神】の紋章を持つ自分を引き立てるための道具として俺を利用していった。最後は俺をただの闇の紋を持つ汚物としか見てなかった気がする。
しかし今はどうか?
ルイベルは俺と全く接触できてない。廃嫡させるだけでは恨みが晴れなかったのだろう。会えないならいっそ殺してしまおうと、ビュリオスと謀った可能性もある。
ともかく今のルイベルは、周囲に俺との力の差を見せつけたいのだ。
だからこそ、俺を学校に強引に行かせたかったのだろう。
「だけど、子供。今のルイベルはまだ子供だ。俺たちは兄弟だから、紋章を授かる前は一緒に遊んで笑うこともあった」
俺がミレスに行き距離を置けば、次第に俺のことも忘れるようになるかもしれない……そう信じてる。
帝都の大通りを歩きながら、エリシアが遠くを見て呟く。
「兄弟がいる……私も羨ましく思っていました。私にも妹や姉がいればと。ですが」
エリシアは幼い頃に人間の母と別れた。
その母が父のオークとよりを戻したとは思えない。ひょっとしたら人間と再婚して、姉妹がいたりするかもしれない。
家族のいないエリシアにとってはやはり憧れもあるだろう。
「……俺とルイベルみたいに特別な境遇じゃなければ、こんなことにはならないよ。聖と闇という真逆の紋章を持つ者同士でもなければ」
「……紋章というのは、良いことばかりではないですね」
俺はエリシアの声に深く頷いた。
それ自体は恩恵に他ならないが、社会での役割や地位を人に強制してしまう。エリシアもその紋章のために、修道院で延々とアンデッド狩りを任されていた。
中には恩恵にすらならない、むしろ呪いのような闇の紋を授かる者もいるし。
エリシアは何か気が付いたような顔で言う。
「そういえば、そのヴィルタス殿下の紋章は?」
「【万神】……だ」
「どういった紋章で?」
「すべての神々に愛された者が授かる紋章。つまり、すべての属性の魔法を上手く扱える。それだけじゃなく、剣やら弓やら何やっても器用に扱えるんだ。俺たちが知らないだけで、剣の神なんてのもいるのかも」
さすがに個々の属性の魔法に恩恵のある紋章の効果に及ばないが。
例えば聖魔法なら、【聖神】の紋を持つルイベルにはどうしても劣ってしまう。
エリシアが驚くように言う。
「そ、そんな紋章が?」
「この紋章を授かった人間はヴィルタスが初めてだな。まあヴィルタスは……いや、誰が聞いているかも分からない」
それ以上、エリシアは聞かなかった。複雑な事情を察したのだろう。
ヴィルタスは、皇帝が側室の一人に生ませた子……と世間的にはされている。
だが実際は、皇帝の実の子ではない。
それでもただの人間だったなら、それが明るみになることもなかっただろう。
生まれたときは、ヴィルタスは普通の人間に思われていた。
だが七歳になると、ヴィルタスの犬歯がまるでコウモリのように伸びていった。やがては黒い翼も背から生やすようになった。
つまり、ヴィルタスは魔族の血を引いていた。
側室は恐らく吸血鬼の血を引く魔族と目合い、ヴィルタスを生んだのだ。
その事実を知った皇帝はヴィルタスを殺そうと考えた。
しかしすでにヴィルタスは多くの人に認知されていた。人間が授かったことのない【万神】の紋章を持つということで、生みの親でもある皇帝も尊敬されるようになっていた。
また、側室は事実が明るみになると、一目散に西部へ逃亡。皇帝は側室の口から周辺国に漏らされることを恐れた。
故に皇帝はヴィルタスの歯と翼を切り落とし、普通の人間として育てるしかなかったのだ。何か言われても、ヴィルタスは人間なのだと主張できるように。
俺はエリシアに言う。
「だけど……悪い奴じゃないよ」
「アレク様が仰るならそうなのでしょう」
そうこうしている内に、俺たちは貧民街へと到着する。
ここでは物や金銭を乞う人、売られる魔物などで溢れている。
やはり、見ていて気持ちの良いものではない。
俺はまっすぐ前を向いて、目的の場所まで歩いていく。
すると、さっそく前をボロボロの服を着た大男が三人で塞ぐ。
「おっと、待ちな! ここからは通行料が必要だ! なんなら、そのねーちゃんが体で……って、おい!!」
俺が素通りしようとするのを見て、男が俺の肩を掴もうとする。
しかしエリシアがその腕をがしっと掴んだ。
「アレク様に手を出さないでください」
「ふ、ふざけんな……がっ!?」
男は簡単にエリシアによって背負い投げされる。
エリシアは他の男たちがナイフを見せるのを見て、スカートの下に隠した剣の柄に手を伸ばす。
「……やめろ、エリシア。そいつは、この街区を取り仕切る男だ」
俺が言うと、男は上半身を起こして言う。
「へ、へへ、分かってるじゃねえか」
「ああ。ヴィルタスに雇われているのも知ってる。ボゼルだな?」
「な、おめえ、なんで俺の名を? ……それよりも、ヴィルタスって言ったな? 頭の知り合いか?」
「弟だ」
それを聞いた男……ボゼルは唖然とする。
「……嘘だろ? そんなやつでこんなとこくるのは……頭しかいねえ」
ボゼルの言う通り、こんな場所に来るのはヴィルタスぐらいだろうな……
やり直し前の俺も、忍びながら何度かここにいるヴィルタスを訪ねにきたことがあるが。
「胸の章を見せるのは面倒だ……これでどうだ」
俺は銀貨をボゼルに一枚渡す。
「ませたガキだ……まあいい。頭が帰れって言ったら帰れよ」
ボゼルは銀貨を俺からばっと取ると、ついてこいと俺たちを近くの建物に案内した。
ごてごてとした装飾と、やたら大きな飾り窓。いかがわしさの溢れる館だが、まだ昼のせいか客も働き手もいないようだ。
開きっぱなしの入り口を進み、床がぎしぎしと軋む廊下を進んでいくと、ボゼルはある扉の前で止まった。
「頭……頭の弟とかいうやつが来てます」
「弟? 俺にそんなやつはおらん。さっさと帰らせろ……今、良い所なんだ」
「へい……ってことだ。頭は会わねえ。帰んな」
ボゼルはそう言うが、俺は扉の向こうに向かって言う。
「ヴィルタス……儲け話を持って来た。金貨百枚はくだらないぞ」
「お、おめえ。話を」
しかし、ボゼルの声を遮るように扉から響く。
「三、十秒待て……三十秒したら……開けろ」
ボゼルはきょとんとするが、三十秒後には扉を開けてくれた。
「……ほら、入れ」
部屋の奥にはやたら金ぴかの大きなベッドがあり、そこに複数の者たちがはだけた格好で腰を落としていた。
多様な魔族に囲まれた、褐色肌の金髪の少年が口を開く。
「おう。来たか」
褐色肌の少年……ヴィルタスはそう呟くのだった。




