47話 行きたくない帝都
「……よし、完成だ。さっそく持ってみて」
俺はミスリルのブレスレットをティカとネイトに渡す。
ユーリが作った紋様が刻まれたブレスレット……しかし、ただの装身具ではなく、たった今、俺がある魔法を付与した魔導具だ。
「ありがとうございます……それじゃあ早速嵌めて」
ティカは自分の腕にブレスレットを装着する。
すると、すぐにすっと姿を消した。
「成功ですね」
エリシアの声に、俺は頷く。
このブレスレットは《隠形》を付与した魔導具だ。姿や音、気配を隠すことができる。
ユーリと大きさや形を調整して、ようやく人一人を隠せるものができた。一応、ゴーレム用のものも作る予定でいる。
ともかく、これがあれば俺がいなくても、皆姿を隠せるというわけだ。
名前は、影輪とでも名付けるかな。
同時に再びティカが姿を現す。
「本当に見えなくなるんですね! これなら──きゃっ!? ちょ、ちょっと、ネイト!」
突如ティカは声を上げた。よく見ると胸の部分が不自然に……
すぐにティカが怒声を上げて何かを取り上げると、ティカの後ろから抱き着くネイトが姿を現した。
「もう! アレク様の前でふざけるんじゃない!」
「昨日のお返し」
エリシアはそんな二人に鋭い視線を向ける。
「二人とも……何故、それを与えられたか分かっているのですか?」
「まあまあ、エリシア! ともかく姿も音も完全に消えている。聖属性の魔法がかけられない限りは大丈夫だろう」
ティカはあわててネイトを引き離して姿勢を正す。
「あ、ありがとうございます! これがあれば、色々諜報活動もやりやすくなります!」
「後ろから忍び寄ることもできる」
ネイトもそう答えた。
ティカとネイトには、諜報活動を担当してもらうことになった。何名か、隠密行動が取れそうな鼠人やスライムも選抜してもらっている。
なんでそんな物騒な部門が必要なのか。言うまでもなく至聖教団の動きや俺への陰謀を察知するためだ。
ゆくゆくは帝国内外の情勢を調べてもらったり、魔族や闇の紋章を持つ者たちの情報も集めてもらいたい。
失敗した時の二人のことを考えると乗り気ではなかったのだが、ティカとネイトも早く自分の出身の修道院の者たちを呼び寄せたいようで自分たちから提案してきた。
二人はもともと悪魔祓いだ。情報が来て悪魔を祓うだけでなく、闇の紋章の者たちを神殿へ保護する役目もあった。そのため情報収集能力にも長けている……と思いたい。
肘で互いを小突き合うティカとネイトを見て、俺は少し不安になる。
まあ、その不安を解消するために、影輪を作ったんだ。
「まあ、ともかく《隠形》の魔導具は完成だな。緊急回避のために、小さめの《転移》の魔導具があってもいいかも。攻撃を防ぐための《闇壁》を付与したのもいいな。あとはあまり物が入らないだろうけど《パンドラボックス》の魔導具も……」
魔導具の作成や発明は非常に楽しい。闇魔法は人が使えないから、次々と新しい魔導具が作れる。
もちろん、俺だけじゃなくエリシアたちの得意な属性の魔法も組み合わせたりして魔導具も作っている。
例えば、火魔法と風魔法を組み合わせて温風が出る温風扇。
せっかく温めた体を乾かすのにただの風では冷える。温風なら冷えることなく髪も体も乾かせるわけだ。すでに人間の貴族の令嬢も使っているもので、エリシアたち女子には特に好評だった。
できればずっと作っていたいぐらいだが……
俺の口からは深いため息が漏れる。
「……行かないと、そろそろ」
「今日で勅使と会ってから二週間。空路なら帝都に帰還してもおかしくない頃合いということですね」
エリシアの声に俺は頷く。
「時間を巻き戻す魔法なんてあればいいんだけどな」
そんな言葉が漏れると、エリシアが真剣な顔を俺に向ける。
「ご心労お察しいたします。ですが、アレク様。私がどんなことをあろうとアレク様をお守りいたしますから」
「エリシア……」
宮廷の呼び出しがあってからこの二週間、エリシアは俺が寝た後、毎日のように礼儀作法の習得に打ち込んでいた。それだけでなく暇があれば、外では盛んに武術を鍛練する姿もあった。
時には夜通しやっていることもあったから、さすがに強く咎めたこともあったほどだ。
でも、それだけエリシアは俺のためを思ってくれている……
ティカも片膝を突く。
「私たちも、陰に日向にアレク様をお守りします!」
「四六時中、ベッドの中も風呂の中もお守りします」
そう言ってくれるティカとネイトも訓練を絶やさなかった。
セレーナとユーリ、ティアもことあるごとに俺を気にかけてくれている。
セレーナとティアはちょっとうるさかったけど……ともかく。
俺が、弱音を吐いてちゃいけないな。
「ありがとう、皆。ともかく、宮殿へ向かおう」
だが、あまり大勢で行っても至聖教団なりを警戒させる。
宮殿へはとりあえず、俺とエリシアだけで行くとしよう。
「ティカとネイトの諜報活動は、拠点ができるまでは待っていてほしい。父と会ったあとは、まず帝都に拠点を見つけることから始めるから」
俺の声にティカとネイトははいと答える。
諜報活動をするといっても、やはりいざとなったら逃げ込める場所が必要だ。
エリシアが訊ねてくる。
「宮殿のアレク様の部屋に待機させては?」
「宮殿の俺の部屋では手狭だし、聖属性の魔法が達者な近衛兵もいる。だから、転移柱もおける宮殿外の場所がいい」
「承知しました。宮殿にいる際は必ず私がアレク様をお守りします」
自信たっぷりな顔でエリシアは答えてくれた。
ネイトがぼそっと呟く。
「今、エリシア様、少し嬉しそ」
「──なんのことでしょうっ!? ともかくアレク様、一緒に行きましょう!」
エリシアはネイトの言葉をかき消すように言った。
「あ、ああ……それじゃあ、帝都に行くか」
俺とエリシアは、帝都へと《転移》するのだった。