45話 勅使
ティカとネイトに眷属になってもらってから一か月が経った。
「おお……おお! ──おおっ!?」
アルス島政庁の前の大広場。
そこでは目の前でセレーナが消えては現われ、また消えていく。と思えばまた姿を現した。
「チュー! すげえっす! チュー!」
隣では、こちらも現れては消えるを繰り返す鼠人のティアが。わざわざ現れる度にポーズを変えてくれるので、見ていて飽きない。
そんな二人の後ろには、噴水盤の中に立つ巨大な白銀の柱が聳え立っていた。高さだけで人の背丈の三倍はある大きな柱だ。
俺は花草の紋様が彫られた柱を見上げて呟く。
「よし、成功だな」
隣で見ていたユーリが頷く。
「はい! これで、私たちだけでもアルスとローブリオンを行ったり来たりできますね!」
この柱は、ミスリルで造られた柱だ。
他にも二本あって、一本はローブリオンの拠点の中庭に置かれている。
もう一本は帝都に置く用で、今は俺の《パンドラボックス》の中にある。一度人気のない帝都近くの森に設置し、すでに帝都と行き来できるのは実証済みだ。
つまり、これは転移魔法を使える魔導具……いうなれば、転移柱とも言うべきものだ。
「これだけのミスリルを集めてもらうのも大変だったろうが……よく、こんなものを作れたな」
神殿に使われるような大きさの柱だ。
巨大な鉄鎖を作っていたユーリたちだからできたことだろう。青髪族には超人的な腕力と鍛冶技術が備わっている。
感心していると、ユーリも少し驚いたような顔で言う。
「いやいや、アレク様のほうこそすごいですよ……この大きさの柱に《転移》を一瞬で付与しちゃうし、そもそもポンポン簡単に《パンドラボックス》に仕舞っちゃうし……」
「《転移》は使い慣れているから……《パンドラボックス》のほうは俺も驚いているよ。まさかあんなに入るなんて」
天使と戦い、ティカとネイトを仲間にしてから一か月が経った。
その間も俺は闇魔法を訓練したり、実験したりした。
そのうちの一つが《パンドラボックス》にいったいどれだけの物が入るか、という実験だ。
アルスには幸い、海という無尽蔵の水場がある。
だから海水をひたすら回収し続けたのだが……
湖まではいかないぐらい、大きな池ぐらいの水を回収した時、俺は恐ろしくなって実験を中断した。
とても限界が見えなかったのだ。
一度に回収できるのは、だいたいこの柱ぐらいの大きさや重さが限界のようだ。
しかしゆっくり回収していけば、限界というものはないのでは……そう思うほどの容量だった。
思い出して少しぞっとする俺だが、エリシアはユーリに向かって自慢げに言う。
「アレク様はまだまだすごくなります! ……色々、成長途上でいらっしゃいますから」
「子供扱いするんじゃない……」
そう答えるだけで、エリシアは嬉しそうに笑う。少し……身の危険を感じるほどに。
「と、ともかく、俺も試しにローブリオンに行くぞ……っと」
一瞬で、ローブリオンの中庭に到着する。
「いい拠点で助かった」
上空から見ると口の字の中にあたる部分、建物に囲まれた中庭だから、街からは柱や転移しているところは見えない。
すぐにエリシアとユーリも転移してくる。
「これでもっとミスリルの運搬が楽になります。アレク様がいらっしゃらなくても、私たちだけで運べますから!」
ユーリはそう答えた。
今までは俺が《パンドラボックス》を使ってミスリル鉱石を運んでいたが、これからはここまでスライムが運んでくれるだろう。
「あとは帝都にも置きたいが……柱を置くための拠点を確保しないとな。そのためには、もっとお金を用意して土地を手に入れないと」
商人などから帝都の家屋や土地を買い取るか借りるかしないといけないな。
でも帝都の土地は値段以上に人気が高く取得が難しい。
父は無理として、兄弟……例えば第四皇子ヴィルタスから手ごろな空き家をもらってもいいかも。あの兄なら、金次第で譲ってくれるはずだ。
「……ともかく、これからも頑張って稼ぐとしよう」
俺の声に、エリシアとユーリも頷く。
ユーリが口を開く。
「大陸側に、巨大な貝がいるじゃないですか。たしかあれ、キラーシェルっていう魔物で」
「ほう。巨大な真珠をたまに落とすやつだな。ミスリルや金で指輪を作って取り付ければ」
「結構な額で売れそうですね……ふふふ」
俺とユーリは思わず顔をにやつかせた。
そんな中、拠点から一人の青髪族の少年が走ってくる。
「あ、アレク様! ちょうどよかった! なんか、ローブリア伯から使いが来て! すぐにローブリア伯爵の居城へアレク様が来るようにって! 皇帝の勅使が来ているらしい!」
「勅使、だと?」
皇帝の命を伝えに来た、ということか。
……恐らくは、俺を呼び戻そうとしているのだろう。
天使との戦いから一か月が経った。
そろそろ、ティカとネイトによる俺の暗殺が失敗したと帝都のビュリオスが判断してもおかしくない……
あいつが皇帝に言って、俺を呼び戻させたのかもしれないな。
すぐに俺は、ローブリア伯の居城に向かった。
ローブリア伯の居城の大広間。
その最奥の椅子は、本来ローブリア伯が座る場所だ。だが、今は白い法衣に身を包んだ勅使が座っていた。
俺が跪くと、勅使は立ち上がり高らかに宣う。
「勅命である……第六皇子アレク。即座に皇宮へ帰還せよ」
「ははっ!」
一応、儀礼に則り勅使に頭を下げる。
勅使も頭を下げるのを見て、俺は訊ねる。
「勅使よ、ご苦労……しかし、何故俺を?」
「陛下の御心を私などが察せられるはずもございません」
勅使はそっけなく答えた。
理由は言えないか。
普通は何か理由を添えるものだが……
これは、やはりビュリオスやルイベルの意向が働いていそうだ。
ともかく、今皇帝に逆らうわけにはいかない。
二週間後ぐらいに宮廷に一度戻るとしよう。
せっかく、アルスで悠々自適な生活ができると思ったんだがな……
俺はそんなことを考えながらローブリア伯の居城を後にした。