30話 追っ手
水道が無事使えるようになった俺は、エリシアと共に帝都へと《転移》した。
そこからローブを被り修道院へと《転移》し、そこで食料や雑貨などを買い込んでいた。
「こんなにいっぱい買って、大丈夫なの?」
馬車一台分の食料品を見て、茶髪の女の子リーナが言った。
食料品と言っても、ほとんどが植物の種子だ。馬や豚が食べるような飼料。
だが、ティアたち鼠は植物の種子を好物としていた。あのようなほぼ草木も生えない場所だから、むしろ種子はごちそうだったようだ。
そのおかげというのも変だが、普通の食料よりははるかに安く購入できた。
それでもリーナたちからすれば、結構な収入となるらしい。
「大丈夫。一度に食べるわけじゃないから」
「そう……ありがとうね。今回のアレクのお金で、屋根の修理ができそう! あと、下着も買えるかな!」
この者たちの家屋や衣服は、なかなか劣悪だ。修道服は、恐らくおさがり。
一方で神殿の者たちはつやつやの衣服や、黄金の装身具を身につけている。
基本的には神殿も、修道院の運営は片手間なのだろう。
俺はうんと頷く。
「それは良かった……これからも買いにくるよ」
「ありがとう、みんな喜ぶよ! いつでも来てね」
リーナは俺に笑顔を向けた。
「そう言ってくれると嬉しいよ……そういえば、剣のほうは順調か?」
「うん! もともと私が一番強いから、強くなっているかは分からないけど! あ、そういえば……」
リーナは何かを思い出したような顔をする。
「どうした?」
「いや。二日前ぐらいかな……神殿の人がアレクについて話していたの」
「俺について?」
「うん。なんか、アレクが見つからないって言っていたよ。どこかでアレクを探しているみたい」
「俺が……?」
神殿の人間がなぜ俺に用がある……?
いや、至聖教団が帝都を出た俺の命を狙っているのかもしれないな。
だが、追手を出したはいいが、《転移》を繰り返す俺たちには追い付かないと……
とはいえ、数日後にはローブリオンに追手が迫る可能性があるな。
ローブリア伯は俺について、ぺらぺらと喋るだろう。ローブリオンの青髪族の鍛冶屋のことも。
青髪族は今人間の姿だから何も心配ないが、俺について尋問はしてくるだろう。
口裏を合わせておく必要がありそうだ。
まあ、そこでもう青髪族に帝都に帰ったとか言ってもらえば、帝都に引き返すかもしれないが。
「そうか……一応、俺がここに来たことは内緒にしてくれるかな?」
「アレクの言うことならもちろん。皆も言わないよ。だけど……なんか気をつけてね? あんまり、私たちも好きじゃない人たちだから……」
同じ闇の紋章の持ち主だから、リーナたちも至聖教団から嫌がらせを受けているのかもしれない。
「……ああ、気を付けるよ。何かあったら、俺やエリシアに言ってくれ。また、食料を買いにくるから」
「うん! それじゃあね!」
リーナはそう言って俺たちのもとを去っていった。
俺はそれを見送り、エリシアに言う。
「アルス島に来る可能性はまずないと思うけど……」
「ローブリオンは警戒が必要ですね」
俺はうんと頷くと、食料や雑貨を《パンドラボックス》に回収していく。
「なあ、エリシア。ふと思ったんだが」
「なんでしょう?」
「ティアルスをもっと安全な場所にできたら、リーナたちを呼べないかな。ティアルスは畑もないし、まだまだ危険だから、いつになるか分からないけど」
「アレク様……とてもよきお考えかと思います! 私もぜひお願いしたいほどです」
エリシアは真剣な表情で言った。
ここでの暮らしはやはり良いことばかりではないのだろう。
俺は闇の紋章の持ち主なんだし、自分の領地でそういう者たちを差別させたりはしない。魔族もそうだ。
俺は食料と雑貨の回収を終えて言う。
「そうと決まれば、もっと頑張らないとな……じゃあ、まずはアルスで食料を置いて、その後ローブリオンに向かおうか。鼠人たちの武器がどれだけ出来ているかも確認したい」
「はい!」
俺とエリシアは修道院から、アルスへと《転移》するのだった。