25話 呪われた鎧
大広間にはぽつんと鎧が立っていた。無骨なプレートアーマーで、剣と盾を手にしている。
置物にしては、少し不自然だ。これ見よがしに、中央に立っているなんて。
ユーリもそう考えたのか、震え声で言う。
「ぜ、絶対に動き出しそう」
「いかにもな感じですね……」
エリシアは頷くと、剣を構えた。
「いかがしましょうか、アレク様? 特に、まだ魔力は感じませんが」
「そうだな……もしかしたら、ガーディアンかもしれない」
「ガーディアン?」
「古代の帝国で作られていた、動く鎧だ。魔導具の一種だよ」
こういった政庁や貴族の家など重要施設の警備として用いられていたようだ。
製法はすでに失われている。
生きた人間を使っているとか、魔物の体が使われているとか言われていた。いずれにせよ忌避の対象となっている。
「でも、俺たちを侵入者と認識しない……というよりは、体を動かす魔力がないのかな。少し魔力を与えれば動くかも。ちょっと近づいてみるよ」
「き、気をつけて、アレク様!」
心配そうな顔のユーリに頷くと、俺は鎧に近付いていった。
鎧自体は魔鉱石できているのだろう。魔力を宿し、魔法に耐性のある頑丈な素材だ。
また、鎧の中に、小さな魔力の反応を感じる。
あれが、鎧を動かす原動力なのだろうか? ──っ!?
あと数歩というところで、突如鎧が剣を振ってきた。
俺の首を落とすのに十分な間合いまで待っていたのだろう。
しかし俺は、鎧の後方に《転移》して難を逃れる。
「……外にウィスプがいるからどうかと思ったが、リビングアーマーか?」
アンデッドの一種だ。
基本的に本体はウィスプと変わらないが、鎧を纏っている点で異なる。
リビングアーマーは振り向きざまに剣を振るってくる。
俺はすぐに右後方に《転移》し、《闇斬》をリビングアーマーの頭に放った。
黒靄の刃が兜を弾き落とす。やはり鎧自体はそれなりに堅いな。
だが、これでウィスプの本体が見えるはず──うん?
弾き飛ばされた兜からは、粘液が飛び散る。
「スライム!?」
中身はウィスプではなく、スライムだったようだ。
つまり、リビングアーマーではなく、アーマドスライムか。鎧と武器を使い、人間のように戦うスライムだ。
スライムは鎧の中に引っ込むと、すぐにまた剣をブンブンとこちらに振るってくる。
ありったけの魔力を注ぎ込んで《闇斬》を放てば魔鉱石の鎧でも壊せるだろうが……政庁ごと吹き飛ばしてしまうかもしれない。
そう思い魔力を抑え《闇斬》を放つが。やはり威力が足りない。
魔力の調節に手間取っていると、エリシアの声が響いた。
「アレク様、加勢します!」
剣を振りかぶり、エリシアは鎧に肉薄する。
エリシアと鎧の剣が交わり、大広間のドーム状の天井にキンキンと打ち合う音が反響する。
鎧を動かすアーマードスライムも手練れなのか、エリシアの剣に一歩も引けを取らない。
しかし、エリシアの剣は鉄。対して相手の剣は魔鉱石。長期戦になれば、鉄の剣は折れてしまうだろう。
俺はエリシアに叫ぶ。
「エリシア! 《隠形》をかける!」
「はい!」
俺は、エリシアの体を《隠形》で隠した。
すると鎧は、エリシアを見失う。それでも魔力で追えるのか、エリシアのいる方にすかさず剣を振るった。
だが、風のようなエリシアの動きには敵わなかった。
鎧の剣はかんっと弾かれ、宙高く舞う。
落ちた剣を拾いに行こうとする鎧だが、その剣は俺が《パンドラボックス》に回収する。
エリシアは背中を見せた鎧の関節部を狙い、胴体と四肢の部分とに分解した。
スライムは体を伸ばし再び鎧を一つにくっつけようとするが、エリシアによって鎧の四肢を遠くに蹴り飛ばされる。
「まだやりますか?」
エリシアは胴体から姿を現したスライムに剣を向けた。
ぶるぶると震えるスライム。
だが、突如周囲からびちゃびちゃという音が響く。
ユーリが声を上げる。
「す、スライムがこんなに!?」
俺たちは、大量のスライムによって包囲されてしまった。
「なるほど……ここはスライムたちの狩場だったわけですね」
そう話すエリシアに、胴体から出てきたスライムはどんなものだと言わんばかりにぴょんぴょんと跳ねる。
だが、スライムだけなら……
俺とエリシアは顔を合わせた。
「……一気に闇魔法で殲滅する」
俺は手に、黒い靄を宿らせる。
拡散させ、周囲のスライムたちを一斉に仕留めよう。
「《闇波》……って、あれ?」
スライムたちは蜘蛛の子を散らすように、大広間から逃げていく。
俺の魔力を感じ取ったのか、戦意を失ったようだ。
ユーリがほっと息を吐く。
「た、助かったぁ」
「どうなるかと思ったっす……あっ!」
ティアは、鎧を動かしていたスライムが逃げようとするのに気が付く。
しかしそのスライムはエリクによって覆いかぶされ、捕まってしまった。
「お手柄だ、エリク。こいつは……どうしようか」
倒せば、スライムゼリーと核が得られる。詰めてクッションの材料にできる程度だ。核は魔力上昇のポーションになるかな。
エリクが覆いかぶさったスライムはプルプルと震える。
それに反応するようにエリクもまた体をプルプルと揺らし何かを伝えた。
するとエリクは、スライムを自由にする。
解放されたスライムは、まるで平伏するように俺の前で体を伸ばす。
「まさか、眷属にしてほしいのか?」
ぴょんと跳ねるスライム。
帝都のスライムは上下水道の苔や、鼠を食べたりもすると聞く。もしこの島を使うなら、色々と役に立ってくれるかもしれない。従魔にして、運搬を補佐させる者もいる。
「そうだな……ここのスライムたちも仲間にしておくか」
俺が頷くと、スライムは光に包まれた。
エリク同様、特に姿や声に変わりはない。とりあえずは、エレノアと名付けておこう。
「よし、これからもよろしくな。早速で悪いが、他のスライムも仲間になってくれるか聞いて回ってくれるか?」
俺の声にエレノアはぴょんと跳ねると、早速、大広間の外に飛び跳ねていった。
「ふう……エリシア、お見事だった、魔鉱石の剣と鎧に、よくあそこまで」
「アレク様の魔法のおかげですよ。それにしても、堅い鎧でしたね」
気が付かなかったが、エリシアの剣は何回か鎧を切りつけていたようだ。
鎧には、かすかな傷が見える。
「魔鉱石の鎧だ。普通の鉄の剣じゃまず斬れない……だから、エリシアはやっぱりすごいよ」
傷をつけただけでもたいしたものだ。
「しかし、これはとんでもない収穫だな」
この魔鉱石の鎧と剣だけで、下級貴族が住むような帝都の庭付き一軒家が買えてしまう。
このまま自分たちの武具としても使っていいし、一度金属に溶かして別の物に作り替えるのもいいだろう。あるいは、魔導具にするという手もある。
売るも使うもよし。どうするか、迷ってしまうような得難い収穫だ。
「使い道はよく考えよう……それじゃあ、胴体も回収してこの政庁を探索するとしようか」
そう思い、俺は鎧に手を伸ばした。
「っ!? ──うわぁあああああああああ!?」
鎧から響く悲鳴に、俺も思わず同じような声を上げてしまうのだった。