21話 魔境入り!
「魔境というと、もっと荒れた場所を想像してましたが」
エリシアは周辺を見渡しながら言った。
俺たちはローブリオンを出て数時間後、ようやくティアルスに入った。
石畳の街道のほとんどは草で覆われ、あちこちが欠けたり陥没したりしている。全く整備されてないのが窺える。
とはいえ、街道の周辺は森であったり平原であったり自然にあふれている。魔境という言葉から感じるような、おどろおどろしい光景ではない。
俺とエリシアが馬で進む一方、その先をユーリが歩く。
ユーリは、軽い革鎧を身に着けていた。胴体を丸々覆い、腰回りをスカートで保護する形の革鎧を。
武器はメイスを選んだ。扱いなれた金づちに一番近いからだそうだ。
ユーリは青みがかった黒のショートヘアーをふわりと揺らして、こちらに振り返った。
「ですが魔物だけでなく、魔族も多いと聞きます。私の親たちも、北方の辺境で帝国軍に連れてこられ……」
ユーリの親は、まつろわぬ魔族か。
帝国の辺境では、人から逃れた帝国の支配に抵抗する魔族もいる。
人目に付かないように、森の奥に住んでいたりするのだ。
だが、この魔境ではそういった魔族はほとんど見られていない。
それだけここには、強力な魔物が多いからだ。
ユーリは何かに気が付くと、すぐに俺に頭を下げた。
「も、申し訳ありません。勝手に発言を」
エリシアに、使用人のいろはのようなものを教えてもらったのだろう。
主人が話すまで従僕は口を開いてはいけないというのが、貴族に仕える者の基本的なマナーだ。よっぽど仲のいい者同士は別として、自分の事情を話すことはまずないだろう。
俺は首を横に振る。
「そんなことは気にしないでいい。ここには他に貴族がいるわけじゃないし。むしろ思ったことは、どんどん言ってくれると助かる」
「アレク様……は、はい!」
ユーリは元気よく答えた。
街道を進みながら、俺はユーリに訊ねる。
「っと……そういえば、ユーリ。ユーリの紋章はなんなんだ?」
「私ですか? 私は、読めないんです。仲間は皆、分かるんですが」
ユーリはそう言って、手に嵌めていたミトンを外した。
そこには、黒く蠢く文字が。
エリシアが声を上げる。
「これは、闇の紋章……」
「ああ、俺と同じ闇の紋章だな」
俺は頷くと、じっとユーリの手を見つめた。
「【冥工】……闇魔法と雷魔法に恩恵がある。鍛冶にも恩恵があって、暗がりの中で特に効果を発揮する。おお! 今まで見てきた闇の紋でも、相当な恩恵があるな!」
「そ、そんな効果があるんですか? あ、でも……魔法は使ったことないですが、夜のほうが良い物が作れるのは私も感じていました。それが紋章の力だったなんて」
「あくまで恩恵だし、気分もあるんじゃないかな。ともかく、雷魔法も今度鍛えてみるといいかも。よければ、初歩の雷魔法なら教えるよ」
「ぜ、ぜひ!」
ユーリは嬉しそうな顔で答えた。
一方で後ろからはこんな声が響く。
「あー。私も……雷魔法覚えたいなあ」
「も、もちろんエリシアも教えてほしいなら一緒に」
「え? 独り言だったんですが……アレク様、本当にお優しい! ありがとうございます!」
白々しい……それに、そんなにぎゅっと抱きしめないでくれ。
とまあエリシアからしてこんな感じだし、俺は人の言葉遣いや振る舞いを咎めるつもりはない。
こうして楽しく仲良く過ごせれば一番だ。
だが、そんな平和な時間も長くは続かなかった。
俺は周辺の魔力の動きに気が付く。
「……ユーリ、止まれ」
「え? は、はい」
ユーリは俺の言葉に首を傾げる。
しかし俺には分かる。
周囲の森には、俺たちを追うように魔物たちが潜んでいるのだ。
蛇のような魔力の形からして……デススネークか。
俺たちが帝都を出てから、一番最初に戦った魔物だ。
一体で一つの村を滅ぼしたこともある強力な蛇。
それが、十体以上も俺たちの周囲に隠れていた。
こんな大量のデススネークが……ここは《転移》して態勢を整えよう。
「《転移》──っ!?」
俺は、街道の先に転移した。
だが、そこにもすでにデススネークが数体いたのだ。
恐らく、俺たちの匂いを嗅ぎつけ、四方八方から集まってきたのだろう。この街道は、デススネークの狩場なのだ。
デススネークも突然現れた俺たちに一瞬動きを止めるが、すぐに牙を向けてきた。
ユーリはそんなデススネークに驚き、尻餅をついてしまう。
「あっ!」
「《闇斬》!」
俺は闇魔法を放ち、ユーリの目の前に現れたデススネークを両断した。
「大丈夫か、ユーリ!?」
「は、は、はい! あ、あ……ありがとうございます、アレク様!」
ユーリは腰を抜かしたのか、なかなか立てないようだ。がくがくと肩を震わせている。
「私がユーリさんを!」
エリシアはヘルホワイトから下りて、迫るデススネークを剣でばっさばっさと斬り倒す。
俺もデススネークを倒し、エリシアがユーリを立たせるのを援護した。
「大丈夫ですか、ユーリさん?」
「は、はい!」
近くにいたデススネーク自体は、皆倒すことができた。
だが新手が街道から大量に迫ってくる。
「すごい数だ……ともかく、《転移》で撒こう」
デススネークを解体している暇はない。
もったいなくはあるが放置して……いや、《パンドラボックス》に回収できないか?
俺は試しに、近くの倒したデススネークの回収を念じる。ありがたいことに、触れずとも回収できた。
「よし、皆近くに……《転移》」
俺たちは《転移》を繰り返し、再び街道の先を進んでいった。
振り返るとデススネークたちは引き離せたようだ。
だが、空から森から、他の魔物と思しき者たちがそこに集まってくる。
俺たちが倒したデススネークの血の臭いを嗅ぎつけたのだろう。
地上と空を覆いつくす多様な魔物を見て、俺たちは顔を青ざめさせる。
「あ、あんないっぱい魔物が……」
ユーリは唖然とした様子だった。
「これが魔境か……とりあえず、進めるだけ進もう。行けるか、ユーリ?」
「は、はい! せっかくいただいた服が少しそのあれですが……だ、大丈夫です!」
顔を真っ赤にするユーリに、一度帰還することも考えた。
だが、ユーリが頑なにいいと言うので、俺たちは薄暗くなるまで、街道を進んだ。
しかし、さすがにこんなおっかない場所では夜は越せない。
なのでローブリオンの拠点に《転移》で帰還するのだった。