188話 光の洞窟
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俺は今、ルダという神官を空から追っていた。
ログル男爵の砦を出たルダは聖木を乗せた馬車に同乗し、南へと向かっていた。
南に行けば、どこかしら帝国の街があるはず。そこへ向かっているのだろう。
馬車はゆっくりと進んでおり、俺を乗せるラーンもそれに合わせ静かに飛んでいた。眼下の草原には、燃やし尽くされた森の惨状が点在していた。
それを見たマレンの顔には怒りが滲んていた。
すぐにでもルダたちを殺し、馬車の聖木を取り戻したい──マレンに力があり、一人ならそうしていたかもしれない。
だが俺の言いつけを守り、今はただひたすら耐えてくれていた。
──俺もすぐにでも取り返したいところだが。
思わず、鈍重なルダたちの動きに苛立ちを覚えてしまう。
馬車には、ルダの他に御者と使用人のような者が三名。皆武装はしておらず、特に変わった様子は見えない。ルダ以外の者たちは談笑をする一方で、ルダといえばずっと本のようなものを読んでいた。
龍眼を使っても、何の本を読んでいるかは分からない。しかしカバーは革で、本というよりは日記の類のようにも思えた。
また、ルダの紋章も判明した。【聖戦士】──聖魔法に恩恵のある紋章。【聖騎士】や【聖剣士】などよりは劣るが、強力で至聖教団でも一目置かれる紋章だ。
だが、ルダ以外の者たちは、聖以外のありふれた紋章を持ち。格好も至聖教団には見えなかった。ルダとも全く話しておらず、下品な話をしているのか馬鹿笑いを響かせている。
神官長にしては、屈強な護衛もいない──本当に神官長なのだろうか。
そんなことを疑問に思っていると、後方から翼の音が響いてくる。
砦での出来事の報告や俺からの指示を伝えに向かっていたメーレが戻ってきたのだ。
メーレを乗せた龍人はラーンの隣にやってくる。
「戻ったよ。報告と指示はしてきた。あとユリ──天馬の王子様からもいろいろ調査の報告を預かってきた」
ユリスを天馬の王子と呼ぶか。安直だが、俺の知らなかった過去の俺にとっては、まさにユリスは天馬の王子のようだった。俺を守り、支えてくれた。
メーレは表現が上手いな……
そういえば鼠の王や天馬の王子のように、皆にも二つ名があってもいいかもしれない。
「そうか。それで天馬の王子はなんと?」
「周辺の街を調べてくれていたみたい。だけど、聖木の行方が掴めないんだって。聖木を取り扱う商人がいないか聞いても、見つからないみたいで」
「それは妙だな」
俺は馬車に乗せられた聖木に目を向けた。
近くの街ではなく、もっと遠くの南の街で売っているのだろうか。あるいは、そこら辺の村や集落で売っている可能性もある。だが、わざわざ道がある程度整備されているはずの街で売買しないのは何故だろうか。
エリシアが頷く。
「あれだけの輝きを放つ聖木……まず目立ちますよね」
「ああ。誰が取引しているかはすぐに分かるはずだ」
ということは、街では聖木は取引されていない可能性が高い。
街の外で売買しているのだろうか?
メーレは続ける。
「聖木については他の砦を調べてみるって。ただ、森の防衛をする以上は、聖木の行方は追えなくなるだろうって言ってた」
「そうだな。これ以上、聖木を奪わせるわけにはいかない。そうなると、あいつらが頼りだな」
ルダたちが聖木を運ぶ先に、他の聖木が集まっている可能性もある。
俺はマレンに言う。
「辛いとは思うが、もう少し辛抱してくれるか?」
マレンからすれば、単に自分の一族と聖木が救われればいい。そして俺たちならあの聖木を取り戻し、聖木集めをしている者たちを追い払うことも難しくない──マレンはそう考えているはずだ。
俺も当初はそうすればいいと考えていた。
だが、この地には多くの者たちがこぞって聖木を集めている。大量の聖木がもし一か所に集められているとしたら──そんな不安が頭によぎる。
しかし、マレンの我慢も限界かもしれない。そう考えたが、マレンは深く頷いた。
「大丈夫よ。あなたに任せる。前みたいな──」
「前?」
俺が訊ねると、マレンは慌てて首を横に振る。
「ううん。なんでもない。とにかく勝手な真似はしないから」
「そうか……ありがとう。後悔はさせない」
以前に、苦い思い出があったのかもしれない。とりあえずは、こちらに任せてくれるようだ。
そんな中、エリシアがあることに気が付く。
「鼠の王、気になることが」
「どうした?」
「あの馬車、たいした物資を積んでいません。ルダという神官も他の者たちも軽装。きっと、そう遠くない場所で一度寝泊まりするでしょう」
「本当。それに、馬車の向かう山にはもう少しだが、とても山を越えるような装備は見えない」
道も整備されていない山を夜越えるのは自殺行為だ。しかも相当険しい山に向かっているように見える。恐らくは、山の手前で一度停止か進路を変えるはず。
そんな中、メーレが言う。
「なら、馬車は私たちが追尾するよ。皆で先回りして、山を見てきたら? 何か、分かるかも」
ラーンも頷く。
「馬車がここまでゆっくりなら、すぐに戻ってこれます。それもありかと」
「分かった。そうしたら、俺たちは山を見てくる」
俺たちはメーレとメーレを乗せる龍人に追跡を任せ、馬車の進行方向にある山に先回りすることにした。
進行方向の山は山脈の一部で、崖の多い険しい山だった。木々は少なく、むき出しの岩肌が大部分を占めている。また、いくつかの峡谷のようなものも見えた。
南に行けば、間違いなく帝国の街とぶち当たるはず。あの山脈は、帝国とノストリアの国境なのかもしれない。
ラーンはあっという間に、その山の上空へと到達する。
山はいくつもの峡谷と谷で構成されていて、まるで迷路のように低地が入り組んでいた。一方で、道や道標のようなものは全く見えない。
夜は当然のことながら、昼でも通り抜けるのに苦労しそうだ。
実際、人や馬車の姿は見えなかった。ここは砦の人間も使わない道と見ていいだろう。
そんな中、マレンが声を上げる。
「あの光……聖木の!」
その視線の先は崖下にある小さな洞窟で、聖木は直接は見えなかった。だが、確かに微かな光が漏れ出ている。
「近づいてみます」
ラーンはそう言い、洞窟へと近づく。
俺は龍眼で目を凝らすと──洞窟の先には、青々とした木々が生い茂る大空洞があった。
「洞窟の中に森?」
紛れもなく聖木の森だ。しかし先ほどまで見てきた森とは明らかに輝きが違う。森の木全てが聖木に見える。
ラーンや龍人たちは、大空洞の中へと入る。中は非常に広大で、天井までが高かった。
まるで何者かがすっぽりと掘り抜いたような大空洞だった。
普通であれば真っ暗なはずの空洞。しかし、どの木も光を放っており、まるで外のように明るい。
マレンは聖木を見ながら言う。
「全部、聖木……どれも見たことがある。襲われた森にあった聖木よ」
聖木の形で判断が付くのだろう。しかも等間隔で聖木は並んでおり、明らかに人の手が加わっているように見えた。
エリシアが言う。
「つまり、集めていた聖木はここに」
「そう、みたいね」
そう呟くマレンは、心なしか嬉しそうにも見えた。
聖木を燃やしたいと思っていたマレン。しかし聖木自体はエルフたちの心の拠りどころ。聖木そのものを憎んでいるわけではないのだろう。
平和であれば、そもそも燃やす必要などない。砦やキャンプの連中を追い払えば、聖木を取り戻し、穏やかに暮らせる。
「追ってよかったな……しかし、何故こんな場所に聖木を? ここに集積して、各地に送っているのか?」
その割には聖木の数が多すぎる。そして明らかにここは、輸送用の拠点には向かない場所だ。一方で、人目に触れない場所に思えた。
誰にも見られず、ここに隠したい。そんな思惑が感じられた。
マレンが言う。
「襲われた森の聖木は覚えているけど、私がミレスに行く前に収奪された聖木もある……」
エリシアが首を傾げる。
「では、ここにずっと保管を?」
「聖木の森……ここからでも聖の魔力で満たされているのを感じる。つい最近も、こういう景色を見たな」
俺が言うと、エリシアが頷いた。
「レジョンの聖域。あそこは、聖の魔力を持つ魔鉱石、ルクナイトの鉱山でした」
「ああ。ここも聖域のような場所にしたいのかもな。ルダはウテリアの知人か?」
しかし、ユリスはウテリアについて知っていた。ウテリアがこれだけの場所を共有しないはずはない。だから、ユリスもウテリアも知らない場所の可能性が高い。
また、ティカとネイトが至聖教団についてずっと調査してくれたが、この場所については報告がなかった。こんな特別な場所があれば、二人ともすぐに俺に知らせたはずだ。つまり至聖教団はこの場所を知らない。
ルダというやつは、やはり普通の者ではなさそうだ。しっかり調べる必要がある。
「マレン。ずっと我慢ばかりさせて悪いが、もう少し俺にやらせてくれるか? 砦やキャンプ地の奴らはすぐにでも追い払える。だが、あのルダというやつは調べたい」
マレンは頷いた。
「こんなふうに聖木を集めるのには、何か理由があるはず……どうしてこんなことをしたのか、私も知りたい。それにここ──」
「知っているのか?」
「……見たことがある気がする。来たことなんてないはずなのに。聖木が、何かを伝えてくるような。ただ単に、見たことのある聖木のせいかもしれないけど」
「そう、か」
聖木は特別な力を持つ。何か警告のようなものを発しているのだろうか。
「ともかく、ここならルダを簡単に捕らえられる──いや、ルダもそれなりに聖魔法は使えるか」
この森の聖の魔力を使われれば、苦戦する可能性もあり得る。ウテリアとの戦いを糧にするなら、ここでルダを捕らえるのはまずい。
「──洞窟の外で出迎えるとしよう」
そうして俺たちは、ルダを待ち伏せすることにした。