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185話 辺境の森の抗争

 俺は鼠の王として、ミレス大学の友人マレンの力になることにした。


 マレンは時間がないというので、すぐに龍人たちに乗ってヴェルトワを発った。


 俺は今、龍化したラーンに乗って空にいる。エリシアや護衛の龍人も一緒だ。マレンも龍人に乗せてもらい、南西に向かって海岸線沿いを進んでいた。


 マレンは周囲を見ると驚くような顔で言う。


「すごい……召喚獣?」


 マレンに限らずドラゴンが人を乗せているのを見ることはなかなかないだろう。


「いや、俺の友人だ」

「そうなんだ……こんな仲間がいるなんて。最初は胡散臭いと思ったけど、これが鼠の王なのね」


 マレンは近くを飛ぶ龍化した龍人たちを見て、感心するように言った。


 俺はそんなマレンに訊ねる。


「他にも仲間はいる。それよりも、君の故郷まであとどれぐらいだ?」

「海岸に目印の夫婦岩が見えてきた。この速さなら、あと三十分もあれば到着すると思うわ」


 マレンは前を見て言う。


「徐々に陸地が高くなってきて、高原になる。そこまでいけば、いくつか森が点在しているのが見えるはず。そこが私の故郷」

「森で暮らしているんだな」

「ええ。木を家にしたりしてね」

「分かった。それで、聞かせてくれるな?」


 俺が言うとマレンは頷いた。


「力を貸してくれてありがとう。私の故郷は、もうずっと帝国人や周辺の貴族から侵略を受けている」

「それで領地を減らしているのか?」

「それは大した問題じゃない。私たちが守りたいのは、種族の暮らし。望むのはただの平穏。それが果たせるなら、どこだって良い。でも」

「場所を移動できない理由があるのか?」

「そう。種族の使命がある限り、私たちは動けない」


 ラーンが一瞬体を震わせたように思えた。種族の使命、という言葉に何か感じるものがあったのかもしれない。俺の眷属になる前、龍人たちは邪龍の近くにいなければならなかった。


「使命……どんな使命だ?」

「私たちの祖先は、聖なる森を守ってきた。あらゆる種族を、悪魔や魔物から守るために」


 どこかで聞いた話だ。最近ではウテリアが聖域を築こうとしていた。アルスの近くの湖にあるティール島の亀たちも、ずっと規模は小さいが聖の魔力の壁で覆われた島を守っていた。


 つまりマレンたちの一族は、聖獣たちと同じ役割を持っていたということだろうか。


 しかしそれが、何故悪魔を欲する理由になるのだろうか。マレンの種族は天使側に思える。


 俺が理解できないと察したのか、マレンはこう続ける。


「だけど私は……聖域の森を焼き払いたい」

「使命を、捨てたいと?」


 マレンは深く頷いた。


「帝国人も周辺の部族も、聖なる森の聖木が目当てで侵攻してきている」


 聖木の葉は人を癒す力を持つ。枝や幹も魔力を宿しやすい杖の素材として使われると聞く。そして神殿がこの木をやたらと敷地に植えたがる。


 帝国内では希少なため、国外まで求めているのだろう。


「私たちが長命となったのも、この聖木のおかげだと言われている。でも今は、逆に命を奪われる原因になっている」

「そんなものなら、こちらから消してしまえ、ということか」


 マレンたちの部族のことをどうこう言うつもりはない。一方で、マレンがそう思うに至った理由はよく分かる。


 それは、俺を乗せているメーレもそうだったようだ。


「お気持ち、よく分かります……いえ、分かったようなことを言って申し訳ありません」


 俺は補足するように言う。


「彼女も昔、先祖の龍の封印を守るためその地に縛り付けられていたんだ。だけどその龍を倒して今は、俺たちの仲間になっている」

「そうだったんだ」


 ラーンがマレンに顔を向けて言う。


「鼠の王はそういった者たちの集まり。マレンさんたちの苦しみを解消できるはず」

「……ありがとう。心強いわ」


 マレンは少し嬉しそうな顔で答えた。


 だが俺の疑問は晴れなかった。何故、悪魔でないといけないのだろうか。


「……聖木を焼き払うなら、他の召喚獣でもよかったんじゃないか?」

「木を焼き払うだけなら、ね。でも、そういうわけにはいかない。聖木は、闇の魔力や存在を中に封じ込める力があるの」


 俺はアルスの地下の聖木を思い出す。あの聖木は、闇の魔力に覆われ魔物であるレイスを宿していた。


「つまり、聖なる森や聖木は、闇の魔力や悪魔の監獄でもあるわけか……」

「そういうこと。実際に、私たちが管理する聖なる森には、闇の魔力や魔物を封じ込めている聖木がいくつもある。これをそのまま焼き払えば、魔物たちが出てきて私たちも死んでしまう。だけど悪魔なら」

「それを従わせたり、自らの力にできる……なるほどな」


 ユリスの話によれば、このノストリアに二か月後現れた悪魔は、人口の大半を消失させたという。ユリスも討伐に手間がかかったとか。


 もしマレンが悪魔化し、それらの力を吸収していたならその強さも納得がいく。


 そしてマレンは、召喚した悪魔に聖木の魔物を従わせり魔力を吸収させ、戦力にしようとも考えていたのだろう。例え一族がこの地に残る決断をしても侵略を退けられると考えたはずだ。別の地に移るにしても開拓の心強い味方になる。


 マレンのその計画は理屈としては理解できるが……実現性は相当低い。


 俺は悪魔を召喚できたが、絶えず魔力を供給しなければ消えてしまう。魔力を自身ではなく素材に頼らないといけない時点で、マレンが悪魔を召喚するのは不可能だ。


 そして召喚した悪魔は、召喚主である俺に従わなかった。これは俺だから従わなかった可能性もあるが……


 いずれにせよ、悪魔を戦力化できたかは怪しい。


 とはいえ、それに賭けるしかないほど追い込まれていたのだろう。


「一族の長は反対しているんだな?」

「うん。お父様はね……でも、一族には森を放棄して別の大陸に渡ろうって意見も少なくない。お父様もこのままでは一族が滅びるのは分かっている。だけど」

「使命を放棄するわけにはいかない、ということか」


 先祖からの教えに忠実なのか、あるいは他に森を放棄できない理由があるのか。


 また、マレンは族長の子という難しい立場にあるらしい。父も助けたいし、領民も助けたいのだろう。


 まだ幼いのに色々なことを考えていたんだな……


「いずれにしても、マレンたちは何も悪くない。悪いのは、聖木目当てにやってくる連中だ。その者たちを追い払うことができれば、そもそも悪魔なんて必要はない」

「それができれば、こんなことには」

「俺たちなら追い払える。力で押し入ってくる相手には、力でやり返すんだ」

「で、でも相手は帝国だよ? それに他のノストリアの部族もいるし」

「マレンは悪魔でもなければ勝てないと思っているかもしれない。だが、俺たちはその悪魔をもう何体も倒してきた。もっと強いとされる邪竜にも」


 俺はマレンに言う。


「心配いらない。任せてくれ」

「ありがとう……鼠の王」


 マレンは目に涙を浮かべ、頭を下げた。


 そんな中、岩場の続く丘陵地帯を抜け、目の前に広大な高原が見えてきた。


 森は少ないが点在している。マレンの故郷だろう。


「こんなに早く着くなんて……この丘陵地帯を上るだけでも二日はかかるのに」


 驚くように言うマレン。


 そんな中、ラーンが何かに気が付くように言う。


「アレク様……左前方に走る集団がいます!」

「近づいてくれ」

「はい!」


 ラーンはそう言うと、その方向へと飛んでいく。


 龍眼で確認すると、そこにはマレンと同じく耳の長い者たちが必死に走っているのが見えた。着の身着のままといった感じで、何者かから逃れているようだ。


 そしてその後方に目を向けると、馬に乗った鎧の者たちが追い立てている。簡単な武具で武装し、家門の紋章を掲げた旗手もいる。帝国の貴族だろう。


「帝国人がエルフを追っているようだ」

「また、誰かが森を追い払われたんだ……」


 マレンは悲しそうな顔で言った。


「大丈夫だ、マレン。俺たちが止める」


 魔法を一発目前に放てば、簡単に引くだろう。


 だが、ただ強い魔法を撃つ者が現れただけでは、メッセージにはならない。


「ラーン、エリシア。行ってくるよ」

「はい」


 俺はラーンやエリシアたちにそう言い残すと、《転移》でエルフを追う騎兵隊の前方に移動する。


「っ!?」


 騎兵隊の者たちは驚いたような顔をする。


 その前方に俺は、セレーナから学んだ爆炎の魔法を展開した。


 瞬く間に騎兵隊の前に炎の壁が上がり、大地が揺れる。


 炎が収まり、煙が晴れると、そこには唖然とする騎兵隊がいた。馬は恐怖のせいか鳴き声を上げて立ち上がる。


 俺は馬を必死になだめる騎兵隊に告げる。


「……これ以上の横暴は、鼠の王が許さない。帰って主人に伝えろ」


 そうを聞いた騎兵隊の者たちは馬首を返し、全速力で去っていった。


 彼らや彼らの主が鼠の王を知らなくても、何者か調べればすぐに分かるだろう。


 この噂が広まり、手を引いてくれる相手ばかりだったらいいが……


 その後、ラーンたちがこちら側に降りてくるのだった。

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