18話 手引き
「さすが帝国一の要塞だな」
俺はローブリオンのあちこちを見回っていた。
ローブリア伯の余裕の表情も頷けるな……
城壁の上には完全武装の兵士が詰めている。市街の重要施設も警備が厳重だ。街路では、衛兵が常に不審者に目を光らせていた。
エリシアがそれを見て言う。
「蟻の這い出る隙間もないですね……アレク様は、この街に何かが起こるとお思いで?」
「……万が一、ということもあるからね」
この街の陥落の原因までは俺も知らない。
だが、この鉄壁の守りを破るには、内部から何かなければ不可能だ。
「城壁と城門の防備は完ぺき……となると」
俺は海に目を向けた。
上空から見ると、ローブリオンの港は横にした壺の奥底にあるように見える。
そして壺の口の部分……湾の入り口の両岸には、それぞれ堅牢な塔が立っていた。
あの二つの塔の間は、何本かの太い鉄鎖で繋がれている。
今は海底にあって見えないが、その鎖を水面近くまで上げることで、外から船が入ってこられないようするわけだ。
でも、あの鎖がもし何かの原因で作動しなかったら、あるいは破壊されたら……
対岸の魔王国から船団が、この港に上陸してくるだろう。
「エリシア、あの塔を見てみよう」
「はい!」
すでに夕方なので、人目も少ない。
城壁の外に出ると、《転移》を駆使しながら鎖を操作する塔へ向かった。
まずは北にあるほうの塔へ向かう。
塔の入り口は十人以上の見張りがいた。
塔自体は小さな砦となっており、数百人が詰めているようだった。
入り口に近付くと、見張りが武器を構えて言う。
「ここは立ち入り禁止だ!」
「第六皇子アレクだ」
はぁと見張りは不機嫌そうな顔をする。
「皇子がこんなところに来るわけがないだろ……あっ」
胸の勲章を見せると、見張りたちの顔色が変わる。
「も、申し訳ありません!」
「気にしなくていい……規則通りなのはいいことだ。ここは、関係者以外誰も入れないんだな?」
「え? は、はい、通行には我々であっても証明書が必要です」
城門に等しい重要な施設。さすがに管理も厳重のようだ。
「そうか……もう一つ聞くが、中に魔族や魔物は?」
「おりません。ここは我がローブリオンでも最重要施設。魔物はもちろん、魔族などとても信用できません。南の塔も同じです」
「なるほど」
このローブリオンでは魔族が虐げられている。
内通者がいるなら、ここを狙うと思ったけど……
「魔族で出入りする者は?」
「おりません。ああでも……さすがに我ら人間ではあの巨大な鎖は整備できません。そこは、魔族の力を借りてます」
「ちなみに、今日は修理したか?」
「はい。今まさに、中央部分を補強させています。ほら、あの背丈の高いの見えるでしょう?」
そこでは海を泳ぎながら、鉄鎖を金づちでカンカンと叩く者たちがいた。点のようにしか見えないが、三十名ほどが作業をしているようだった。
「あれはさっきの……」
エリシアがそう呟いた。
遠すぎて俺は見えないが、エリシアには分かるのだろう。
「城門の近くで会ったやつか?」
恐らく、サイクロプスと人の混血だ。
サイクロプスは鍛冶に優れると聞く。あの巨大な鉄鎖は、彼らが作ったのだろう。
「似ています。皆、同じような姿の者です……もしや」
不安そうな顔をするエリシア。
「見張り……すぐにローブリア伯に連絡を」
「な、何をです?」
「鉄鎖は多分もう、使い物にならない」
「ご、ご冗談を?」
「なら、少しでもいいから作動させてみろ」
「で、ですが鉄鎖は閣下のご指示がなければ」
「ここで対応が遅れれば、ローブリオンは陥落するぞ」
「っ……お、おい! 一本、鉄鎖を上げろ!」
見張りは塔の仲間にそう告げた。
何度かそんなことをしたらという返事もあったが、やがてごごっという地を揺らすような音が響く。
鉄鎖を張るための巻き取り機が動いているのだろう。
「動かないわけがない……え?」
見張りは全く海面に鎖が現れないことに気が付く。
「な、なんでだ! お、おい、他のは!?」
「今やってる! だ、駄目だ!」
塔の中は急にどよめきだした。
俺は見張りたちに告げる。
「まだ間に合う! ローブリア伯に港に兵を集めるように指示するんだ!」
「は、はい! おい狼煙を!」
即座に塔から狼煙が上がる。
俺も塔に上がり、海を眺めた。
沖には、百隻以上の船が浮かんでいた。
だが、その船は一斉に遠くの対岸へと向かっていく。
きっと、夜を待って奇襲するつもりだったのだろう。
夕方に狼煙が上がるから、感づかれたと気づいたわけだ。
塔の見張りたちは安堵する。
「よ、よかった……」
「馬鹿言え! こっちは無防備なんだ! 敵が入ってこないとも限らない!」
見せかけの撤退かもしれないと、見張りたちは戦闘の準備を整える。
一方で一人の見張りが言った。
「さっきの魔族どもを捕まえるんだ! もう暗くなっている! 逃げる前に捕まえろ!」
鉄鎖を叩いていた者たちは、どうやら感づかれたと湾の沿岸に向かって泳いでいるようだ。
見張りに俺は言う。
「いや、今はここの戦力を割かないほうがいい。あれは俺が追う」
「で、殿下がですか? 助かります!」
俺はエリシアと頷き合うと、すでに暗くなってきた中、《転移》で魔族たちが向かう岸へと向かった。
近くに到着すると、俺たちは岸へと走った。
「殿下、縄を頂戴できますでしょうか?」
「いや、縄は必要ない」
「では、全員」
「いいや、エリシア。俺たちは、あいつらを殺すつもりも、ローブリア伯に差し出す気もない」
「? では、逃がすつもりですか?」
「それはそれで難しいだろう。だから……ともかく、エリシアも彼らを殺さないでほしい」
「承知しました。お言葉通りに」
エリシアは剣を強く握る。
やがて岸に到着する。すでにあたりは薄暗くなっていた。
岸にはちょうど、ずぶ濡れになりながら一つ目の者たちが。
「はあ、はあ……皆、ごめん」
「気にするな、ユーリ……駄目でもともとだ」
「魔王国だって、私たちをどうにかしてくれる保証なんてないしね」
誰かが謝り、皆がそれに声をかけているようだ。
だがそのうちの一人が、やがて俺たちに気が付く。
「に、人間……! あ、あんたはさっきの!」
そう声を上げたのは、城門の近くで転びそうになった巨人だった。皆に謝っていたのも、この巨人のようだ。名前は、ユーリか。
金槌を構えてユーリは問うてくる。
「……私たちを捕まえるの?」
「捕まえはしない。でも、逃げるのはよせ。衛兵たちは、どこでも追ってくる」
「自分たちから投降しろってことね……悪いけど、その気はないわ!」
ユーリは金槌を俺たちに振るってきた。
「皆、ここは私が抑える! 逃げて!」
だが、エリシアが剣を振るい、その金槌を吹き飛ばす。
「っ!?」
エリシアはそのまま剣先を巨人に向けた。
「くっ……」
もはやこれまでと、ユーリは膝を突き俺に頭を下げた。
「お願い……どうか、まだ小さい子だけでも。見逃して……ください」
「さっきも言ったが、逃がすつもりはない……お前たちは逃げられないからだ」
俺の答えに、ユーリだけでなく他の巨人も諦めたような顔をする。
そうだ、彼らだけでは逃げられない。だから、誰かが手を差し伸べないと。
「……だから、俺に投降しろ」
「え?」
「俺が、お前たちを……助ける」
その言葉に、ユーリたち巨人は皆、顔を見合わせるのだった。