176話 届かぬ声
突如、空からバサバサと音が響いてきた。
何かが採石場の上空にやってくるのが分かった。近づくにつれ、やがて姿が明るみになってくる。
「あれは……ペガサス?」
エリシアの声が響く。翼を生やした白い馬が三騎、確かに空を駆けていた。
しかし、龍眼を使える俺は、馬上の者に目が留まった。
「ユリス……」
「え?」
エリシアたちが意外そうに声を漏らした。俺も、こんな場所でユリスを見るとは思ってもいなかった。
まだ幻覚の中にいるわけではない。すでに鳥たちは鳴くのをやめ、ウテリアの周囲で羽を休めている。
また、ユリスの両隣には前にも見たお付きのアリュシアとセルナの姿もある。あれはユリスで間違いない。
ここでユリスと会えるとは……しかし、僥倖というべきか。
突然のことで驚いたが、ユリスとはその日のために協力できないか、一度話したかった。先ほど見た夢──俺の知らない記憶のことも気になる。ユリスは恐らく、さっき俺が見た出来事を知っている。
あの記憶を目にした後では、なんだか色々と気まずいが……
ともかく、その日のことを知っていてユリスと話さないというのは、有り得ない。
こちらに向かってきているようだし、話してみよう──そう考えた時だった。
「うん? ひ、光!?」
ユーリが声を上げた。
見るとユリスは杖を掲げ、杖先に光を宿していた。光は瞬く間に放射状に広がり、こちらに迫ってくる。
「ま、眩しすぎるっす!」
ゴーグルをつけていても、なお眩しい光。視界が一段と悪くなった。
──目くらましか。
俺は魔力の探知に集中する。この濃い聖の魔力の中だが、あの三人の持つ魔力は多く、判別はつく。
「皆、一か所に集まれ!! なんとか説得する!!」
俺が言うと、皆は俺の周囲に集まり、四方と上空を警戒する。
それから、俺はすぐにユリスに呼びかけた。
「──ユリス!! 俺たちは敵じゃない!!」
ウテリアの手前、アレクとは名乗れなかった。しかし、ユリスは敵意がないと分かれば、攻撃してくるような人物ではない。
しかし、その考え方は甘かった。
光の中から、巨大な火炎弾が飛んでくる。
ティアたち鼠人は怖気づく。
「や、やべえっす!!」
「火か!! よかろう!!」
セレーナは剣を振り、自らも火炎弾を放ち、迫る火炎を撃ち落としていった。
すると、四方八方、上空から次々と火炎弾が迫ってくる。
「面白い!! 私と火炎対決といこうか!!」
セレーナも負けじと火炎を撃ち、迎撃した。さすがというべきか、すべて打ち落とせている。
セレーナは火炎の魔法に恩恵のある【熱血】の持ち主。相手の火炎弾も、それに匹敵する威力の火炎を放っていた。
宮殿の地下で、セルナは【火精】の持ち主と聞いた。あの紋章も火炎に恩恵のある紋章だ。この攻撃は、セルナのもので間違いない。
しかし、セルナの場所は分からない。ペガサスで俺たちの周囲を跳びまわり、魔法を放っているのだろう。
ユリスとアリュシアも、こちらを窺っているはずだ。
俺はすぐに再び声を上げる。
「ユリス!! 聞いてくれ!!」
しかし、ユリスたちから返事はない。
セルナの魔法は強力。当たれば、即丸焦げは間違いない。手を抜いているわけではないだろう。
遠目から見れば、ウテリアたちを捕らえている謎の集団。一目で魔物と分かる者もいる。怪しいと思われても仕方ない。
「アレク様、真上です!!」
ユーリが声を上げた。
顔を上げると、上空からペガサスに乗ったアリュシアが剣を構えて接近していた。あと数秒で、俺はアリュシアに斬られる──そんな距離まで迫られていた。
しかし、
「させません!!」
エリシアは刀を抜き、アリュシアの振るう剣を防いだ。それからすぐに刀を振るい、反撃する。
一方のアリュシアは、すぐに濃い光の中へと離脱していった。
エリシアは刀を構えて言う。
「殺意はない、ようですね」
その言葉通り、アリュシアは剣を振るう時、刃ではなく剣の腹をこちらに見せていた。恐らくは、俺を殴打し気絶させるつもりだったのだろう。
俺が皆のリーダーであることに気付いている……
エリシアは刀の柄をぎゅっと握ると、周囲に聞こえない声で「私のアレク様を……」と言った。
そして、顔を真っ赤にして怒声を上げた。
「剣で叩こうなど……絶対に許しません!! 早く出てきなさい!!」
久々にエリシアが激怒しているのを見た。
「待て! 傷つけないでくれ!」
「大丈夫です! 刀の峰打ちを千回ほど食らわせてやるだけです!! ──はあっ!!」
エリシアは再び迫ってきたペガサスとアリュシアに刀を振るった。しかし、アリュシアはすぐにまた光へと消えていく。
そんな中、メーレが口を開く。
「もう一人いるけど……だいぶ遠い」
メーレはそう言って、上空へ顔を向けた。
光で何も見えないが、確かに強力な魔力の反応が感じられる。それも聖域の外側からだ。
形は曖昧。しかし、俺をじっと見ているようにも見えた。
「──ユリス!! 話を聞いてくれ!! くっ」
ユリスから返事はない。そればかりか、光はさらに強くなったように感じられた。
「遠すぎて聞こえていないのか」
「あるいは……あなたを見極めているのかも」
メーレはそう口にした。
確かに、こちらの様子を窺っているように見えた。
「分からないが……どのみち、ユリスの聖魔法を止めなければ、ここからは出られない。だが、恐らくユリスは聖域の外にいる」
外から聖域の中の魔力を操っている。外にいられては、こちらも打つ手がない。
そんな中、エリシアがアリュシアの攻撃を防ぎながら言う。
「聖域に大きな穴を開くには時間がかかりますが、短い間、小さな穴を開くだけなら」
その穴から俺が一人で脱出し、ユリスと話をつける。聖域の外なら《転移》も使えるし、ユリスの前まですぐに行けるだろう。
現状、突破口はそれしかない。聖域にいる限り、ユリスは無尽蔵の聖の魔力をこちらに向けることができる。
「……それでいこう。ラーン。俺とエリシアを空まで頼む」
ラーンはドラゴン化して答える。
「承知しました!!」
俺とエリシアはラーンの背中に乗った。ラーンは一挙に空へと飛び上がる。
「くっ。さすがに気付きますか」
行く手に、ペガサスに乗ったアリュシアとセルナが立ちはだかった。セルナは火炎魔法を放ち、アリュシアは剣を構え、こちらに肉薄してくる。
「少女、火は私の管轄だ!」
後ろからそんな声が響くと、俺たちの横を火炎弾が通り過ぎ、セルナの火を打ち落とす。セレーナだ。
エリシアは正面を向いたまま言う。
「ラーンさん、気にせず突っ切ってください!!」
「承知しました!!」
ラーンは動じることなく、迫るアリュシアへと飛んでいった。
それから、エリシアが刀を振りかぶる。
「邪魔はさせません!!」
「こっちのセリフだ!!」
エリシアとアリュシアの刀剣が勢いよくぶつかり合う。鍔迫り合いとなる中、アリュシアを乗せたペガサスと、ラーンも互いを押し合った。
「なかなかやりますね!」
「そちらこそ!!」
互いを称えるエリシアとアリュシア。
伯仲の戦いの中で無粋だが、俺も手をこまねいて見ているわけにはいかない。この機を逃さず、アリュシアの乗るペガサスに風魔法を放った。
ペガサスは一瞬姿勢を崩し、俺たちから離れた。その横を、ラーンはすり抜けていく。
「アレク様!! 行きます!!」
エリシアはそう言うと、刀を聖域の天井に向けた。
すると、壁に人が通れそうな小さな穴が開く。また、穴から聖の魔力が漏れ出し、周囲の聖の魔力が薄くなった。
これなら闇魔法が使える。
「行ってくる!」
俺はそう言い残し、ラーンの背から聖域の外へ《転移》した。