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172話 託

 鎧の天使たちとの戦いは、俺たちの勝利に終わった。


 天使の核となる衛兵は、はるか遠くのティール島に《転移》で連れ去った。外装であるルクナイトは粉々に砕け、採石場のそこら中に四散している。


 俺が地上に戻ると、エリシアとセレーナを乗せた龍人たちも下りてきた。


「何体でした、セレーナ?」

「数えるのは途中でやめてしまったが、エリシアより多かったのは確かだ」

「私のほうが十体以上、上ですよ」


 手を合わせ健闘を称える二人。


 しかし、まだ戦いは終わってない。


 俺はウテリアのほうへ顔を向けた。


 ヒストや護衛が唖然として体を震わせる中、ウテリアだけはこちらを見ていた。


 やがてウテリアは、ゆっくりと両手を合わせた。採石場に拍手が響く。


「お見事です。あれほどの敵を、華麗に撃退してみせた。それも強い信念に基づいて」


 天使の中にいた衛兵を殺さなかった。俺たちの考えが、少しなりでも伝わったのだろう。


「まるで、あなた方を表す序曲のようでした」

「今ので序曲か。終曲までは長そうだな」


 とても付き合ってられない。俺は単刀直入に聞く。


「坑道で何をしようとしていたか教えろ。そうすれば命は取らない」


 ウテリアは笑みを浮かべた。


「これはおかしい。これだけの曲を聞かせておいて、そんな言葉を信じる者がいるでしょうか?」


 確かな悪行の証拠もない者を、俺たちは殺さない──今の戦いで俺たちはそれを証明してしまった。こちらの行動原理が見透かされてしまっているのだ。


 ウテリアはそれを知っているからか、全く動じることなく続ける。


「気に入らないのであれば、剣でこの首を刎ねられよ。知りたいことがあるのであれば、鞭で打たれよ」


 現時点でウテリアを斬る大義が見つからない。また、仮に鞭で打ったところで、ウテリアは口を開かないだろう。


 坑道まで泳がせるべきだったか。いや、あの坑道の膨大な魔力でどんな手を講じてくるか分からなかった以上、ここで迎えたのは仕方なかったことだ。


 ……不安も多いが、ウテリアと同じ舞台に立つ必要がありそうだ。言葉でウテリアから情報を引き出すしかない。


「拷問は最後の手段にしよう。焦らずとも、こちらはまだ色々な手が打てる」

「どうでしょうか? こちらも手を残しているかもしれませんよ?」


 それは確かだろう。そして、いつでもその手は打てるのかもしれない。


 俺はウテリアに訊ねる。


「手があると自白しているようなものだぞ? さきほどの天使を呼び出したのもな」

「失言でした、と言いたいところですが、私は可能性を述べたに過ぎません」


 断言はしないが、話自体が嫌いというわけではなさそうだ。


 そして俺の話に乗る……これはつまり、向こうも時間を稼ぎたがっているのかもしれない。


 しかし、ウテリア自身には相変わらず変わった様子は見えない。周りのヒストたちも、怯えた様子でこちらを見るだけだ。


「厳密にいえば、俺が知りたかったのはあの坑道で何ができるかだ。だが、今はお前という人間に興味が出てきた。あの坑道を使って、何を成すつもりだった?」

「それを知ってどうするのです? 何故、それほどまでにあの坑道を恐れるのですか?」

「いや、恐れてはいない。何が起きても、今の俺たちで十分に対処できる」

「なるほど。確かにあなた方は強い……有り得る話ですな」


 ウテリアがそう言うと、話が一旦途切れる。質問を質問で返された上に、この沈黙。これ以上は、何も話さないつもりなのかもしれない。


 ともかく、こちらから言葉をかけるしかない。


「……ウテリア。お前がどういう目的で魔族を眠らせたかは測りかねるが、我らは魔族を害しない者と敵対するつもりはない。悪を働く魔族は別としてな」

「一言だけ申し上げるのなら、私は魔族を害そうとは思っておりません。今までも、そしてこれからも」

「無理やり毒で眠らせようとしておいてか?」


 俺が言うと、ウテリアは少し間を置いて答える。


「ものは考えようでございます。私はただ、彼らのことを慮ったまで」


 あくまでも自分は酒で労いたかっただけ──そう受け取れる。だが、ウテリアの真意にも聞こえた。


 自分もリーシャたちを思ってやった……もしそうだとすれば、話は色々変わってくる。何か、大きな狙いがあったはずだ。


 そもそも、こうして複雑な地下坑道を作った理由は何だろうか。


 単純に軍事力や金銭が欲しいだけなら、他にやり方はいくらでもあったはずだ。採掘したルクナイトを売れば巨万の富を得られるし、それを代価に強力な軍隊を養成することもできる。ユーリたちも指摘していたがもっと綺麗な坑道を作らせるだろうし、リーシャたちを強制的に働かせたはずだ。


 しかしそれはしなかった。マルシスでも聞いた話だがルクナイトはほとんど売りに出しておらず、このレジョンに貯蔵してあった。


 全ては今日、ルクナイトと衛兵を用いて鎧の天使を生み出すためだった?


 しかし強敵に思えた鎧の天使だが、人間相手ではたいしたことはない。人間を殺すには、聖魔法よりも他の魔法のほうが優れている。


 つまり、帝位が欲しいとか、領地を広げたいなら適した戦力とは言えない。一方で、悪魔や一部の魔物を倒すためには、強力な戦力になる。


 ……至聖教団のように、悪魔や魔物を滅ぼしたかったのか?


 しかし、ウテリアは日ごろから、そのようなことは口にしていなかったという。悪魔や魔物が憎いなら、もっと以前から至聖教団に手を貸していたはずだし、今回のルクナイトも供与していただろう。魔族にも、もっときつく当たっていたはずだ。


 地下坑道に至っては、普通の人間の考えるものではない。


 このウテリアは、俺の知る勢力とは違う行動原理で動いている……


 かといって、リュセル伯爵や拝夜教団とも違うだろう。


 消去法で考えるとすれば、その対にある存在──


「天使……ウテリア、お前は天使の味方か?」


 俺が言うと、ウテリアの表情が少し神妙なものに変わった。


 さらに、俺はこうも訊ねた。


「その日、お前は天使の側に立つつもりか?」


 ウテリアは何も答えず、こちらを見つめている。


 今までは何かしら言葉を返してきた。驚いた様子もない。つまり、これはウテリアなりの返答なのだろう。


 おかしいとは感じていた。


 天使の側にあるとされる至聖教団は、どこか世俗的だった。長のビュリオスをはじめとした教団信者は、個人の名誉や社会的な地位に決して無関心ではなかった。


 また、ティカとネイトによってすでに彼らの全容は明かされているが、他の勢力を知った今となっては貧弱としか評価できない。天使を召喚できるというだけで、強力な魔法や切り札を有しているわけでもない。魔王軍とも協力し、強力な魔道具や魔法を使う拝夜教団の対になる存在とはとても呼べなかった。


 しかし、このウテリアからは、リュセル伯爵のような敬虔さと思慮深さを感じる。


 ウテリアは、その日の天使のために動いている。鎧の天使もこの坑道も、そのために用いるつもりだった。それならば、色々と合点がいく。


 そんな中、ウテリアが再び拍手を響かせた。


「……いやはや、恐れ入りました。一を聞いて十を知る、とはこのことですな。お見事です、鼠の王よ……」


 ウテリアはあっさりと自分が天使の味方であることを認めた。


「しかし、かような若者に看破されようとは。私も焼きが回ったな」


 ウテリアはどこか観念するように言った。


 だが、ウテリアが天使の側にあるからといって、必ず俺の敵になるわけではない。魔族たちへ毒入りの酒を送ったのも、ウテリアなりの考えがあったはずだ。


「単に、持っている情報量が違っただけだ。それにウテリア、お前がただ天使の側にあるというのなら、俺は敵ではない」


 黙って聞くウテリアに、俺は続ける。


「俺たちは、天使と悪魔、どちらの味方でもない。先も言ったが、魔族たちを害そうとしないなら、敵対するつもりはない。人々に危害が及ばないよう、協力できるはずだ」

「確かに、あなたは私たちを敵とは思っていない。あなたは言葉と行動でそれを示されました」


 ウテリアはこくりと頷くと、俺の目をまっすぐ見て言った。


「──ですが、あなたは私の敵だ」

「何故だ? 魔族や闇の紋章持ちの存在を許せないのか?」

「私が許す許さないの話ではないのです……天が、そう仰っているのです」


 ウテリアはそう言うと、天に向かって顔を上げた。


「聞こえませんか? 神の声が?」


 俺も空を見上げる。そこには、雲一つない青空が広がっていた。響くのは、空を飛ぶ鳥たちの鳴き声だけだ。


「聞こえませんか。それは、羨ましい……ですが、私たちには聞こえるのですよ──神の声が」


 神殿の者が口にするような言葉を、ウテリアは発した。


 セレーナたちの「馬鹿々々しい」という声が後ろから響く。


 しかし、皆すぐに驚きの声を漏らした。


「──っ!?」


 空に、白く光る魔法陣が浮かび始めたのだ。


 ウテリアが何かをしているわけではない。口や手を動かしているわけでも、魔力を動かしているわけでもない。周囲の者も、空を見てあんぐりと口を開けていた。


 ウテリアのいう神が魔法陣を浮かべたとしか思えない──


 だが、ウテリアの仕業であることは、状況から明白だ。即座にエリシアが刀をウテリアの首に突きつける。


「今すぐやめなさい」

「斬るならご自由に。しかし、私を殺そうが、どうしようが、何も止まりません。すべては神の思し召しなのですから」


 ウテリアはそう言って、真剣な表情を俺に向ける。


「高潔なる鼠の王よ──神からのことづけです」

「託?」

「神は、あなたを敵と仰せだ」


 その言葉と共に、空をまばゆい光が包むのであった。

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