171話 見えざる目
小鳥が飛ぶだけだった穏やかな空は突如、白い鎧の天使たちにより覆われた。
厳密にいえば、魔鉱石であるルクナイトを鎧のように纏った者たち。しかしゴーレムやガーディアンのように魔核がルクナイトを集めているわけではなく──
「……人?」
鎧の天使たちの中からは、人の形をした魔力が見えた。すぐに龍眼で体を透かして見ると、そこには眠りに就いた衛兵の姿があった。横領した毒入りの酒を飲んだレジョンの衛兵たちだ。
──人間を核にしているのか?
人を核とした生物。聞いたこともなければ目にしたこともない存在だった。
それでも驚かないでいられたのは、人や龍に悪魔が宿るのを見てきたからだろう。
現れたその鎧の天使たちは、ずっとこちらを窺っている。状況から考えれば、目の前にいるウテリアの仕業であることは明白。しかしウテリアが直接何かをしたようには見えなかった。
そんな中、ティカの声が響く。
「アレク様!」
呼びかけに我に返った。このような状況で躊躇っているわけにはいかない。
俺は即座に答えた。
「頼む」
そう言うと、ウテリアや護衛たちに一斉に縄が投げられる。
「なっ!?」
ヒストや護衛たちは瞬く間にティカやネイトたちによって、縄で拘束された。ウテリアも抵抗を見せずに縄で縛られ、地べたに座らせられる。
狼狽えるヒストと護衛たち。無理もない。姿の見えない相手に捕らえられてしまったのだから。
しかしウテリアだけは違った。平然とした様子で口を開く。
「これは一体? 私が何をしたというのです?」
ウテリアの言う通り、ウテリア自身は何もしていなかった。魔法を使ったわけでも何かを命じたわけでもない。
だが、この状況下で無関係であると主張するのは無理がある。
そんな中、鎧の天使たちは俺へと近づくように下りてくる。そして腕をこちらに向けると──
「来るか──」
白い光弾が俺に向かって放たれた。聖の魔力を宿した光弾だ。
ここは地下坑道の外。闇魔法は使える。《転移》を使い、少し離れた場所に出る。
光弾は俺が立っていた場所に勢いよく降り注ぐ。狙いは正確。地面が少し抉れたが、見た目ほどの威力はない。いや、生身の人を殺すには十分か。
鎧の天使たちはその後ろも俺に光弾を放ってくる。
狙われたのは俺だけ──隠れている眷属たちには気付いていないのか見えないのか、攻撃しない。ウテリアたちにも攻撃は向けられなかった。
姿を隠した俺たちを察知できるのは、ウテリアだけか。
ウテリアの命を受け眷属たちを今後攻撃してくる可能性もあるが、ゴーグルや武具で皆聖魔法への対処はしている。この程度の聖魔法であれば、とりあえず問題ないだろう。
一番の問題は──あの鎧の天使たちの中には、衛兵がいることか。
高威力の魔法を鎧の天使に放てば、衛兵も一緒に殺してしまう。慎重に外のルクナイトを破壊しても、空中なら衛兵は落下していく。
横領するようなやつらだが、リーシャたち魔族を虐げていたわけではない。殺すことはできない。
俺は《転移》で光弾を避けながら、ウテリアを見た。こちらをずっと目で追っている。
俺の言動から、俺の意思や目的を読み取ろうとしているのだろう。こうして鎧の天使たちへの反撃を躊躇っていることからも何かが伝わっているはずだ。
しかしそれが奴に伝わったところで、何も問題はない。むしろ俺たちのやり方を見せつけるだけだ。
俺は皆に命じた。
「皆、奴らの中には、人間がいる! エリシアとセレーナはやつらの外装の破壊を頼む! 他の者たちは落下する人間を受け止めるんだ!」
抽象的な命令。しかし皆、すぐに動き始める。エリシアとセレーナは姿を隠したまま竜化した龍人に乗り、空へと発った。
俺も仕掛けるとしよう。エリシアとセレーナが戦いやすいよう、囮を務める。
《転移》で一気に、鎧の天使たちの頭上に出る。
龍の力で浮遊した俺は、滞空しながら鎧の天使たちを見下ろした。
しかし鎧の天使たちはきょろきょろと周囲を見回している。俺には気付けなかった。
ウテリアも気付いていないからか?
やがて俺の視界を鳴き声をしきりに発する小鳥が通り過ぎる。俺が突然現れたことに驚いた様子だった。
一瞬鳥に気を取られてしまったが、視界を下に向けると鎧の天使たちが再びこちらに光弾を放ってきていた。
俺はすぐに《転移》し、光の弾幕に当たらぬよう空中を移動する。心なしか、先程よりもさらに狙いが正確になっている気がする。
だが、狙い通り敵の攻撃を惹きつけることができた。
龍人に乗ったエリシアとセレーナは、鎧の天使たちの群れに突入する。速度を維持しながら剣を鎧の天使に振るうと、そのまま急加速し天使たちの群れを離脱した。
姿が見えない上に速い──鎧の天使たちはエリシアに反撃できなかった。攻撃を受けた方向に、光弾を数発返すので精いっぱいだ。
一方、エリシアの攻撃を受けた鎧の天使は崩れ落ち、中にいた衛兵がルクナイトの欠片と共に落下していく。
それを迎えるように、強い風が地上から吹く。衛兵たちは吹き上げる風により、ゆっくりと着地した。龍人や風魔法の魔導具が風を起こしたようだ。
衛兵たちは任せて大丈夫そうだな。
そして鎧の天使の数も見る見るうちに減っていく。
「──七つ! エリシア、どうだ!?」
「まだまだですね、セレーナ! 私はこれで九つです!!」
競い合うように刀剣を振るエリシアとセレーナ。俺に向けられる光弾もだいぶ減ってきた。
しかし光弾が当たらないと察したのか、数体の鎧の天使がこちらに肉薄する。重そうな見た目に反して飛行速度は速かったようだ。
とはいえ、すぐに《転移》で避けられる。鎧の天使たちは近づいて腕を振るってきたり光弾を放ってくるが当たることはない。
こんなとき、エリシアたちのように剣があればと思うこともある。俺の今の体で剣を扱うのは少々力不足かもしれないが、反撃手段は多いに越したことはない。
──と、そんな考え事ができる余裕がある相手だった。
いきなり現れたことや衛兵を核としていたのには驚いたが、戦ってみれば十分に対処できた。
「……こんなものか?」
俺はウテリアに目を向ける。龍眼で目を凝らすと、ウテリアは何もせずこちらを見上げるだけだった。
魔法を使う気配もない。かといって焦っているようにも見えない。まだ手を残しているのか?
「──うん?」
俺は地上から光が発せられるのに気付いた。
落下した衛兵の体が光り、周囲に落ちていたルクナイトを集めていく。
「あれは──」
一度破壊した鎧の天使たちは衛兵を核として、またすぐに復活してしまった。
ゴーレムやガーディアンと似ているな……魔核を破壊するか掌握しない限り、復活するか。
復活した鎧の天使たちは次々と復活していく。
また、鎧の天使たちは、エリシアやセレーナに対する光弾を多く撃つようになった。加えて、地上にも攻撃を加え、衛兵の救出を妨害しようとする。
皆姿を隠しているが、鎧の天使たちの狙いは悪くはない。エリシアとセレーナも先程のように易々と鎧の天使たちへは接近できなくなった。
俺への攻撃を減らし、守りに入っているようだ。
しかし、ウテリアが指示をしているのは見えなかった。護衛やヒストたちは眷属たちの姿が見えないこともあり、目の前の光景に茫然としているだけだ。鎧の天使たちを見ても、指示役のような者は見えない。
誰の指示もなしに、ここまで組織だった動きができるか? しかもエリシアとセレーナの位置も、先程より正確に把握してきている。
何か裏があるはず……しかし読めない。
ともかく、このままではキリがない。まずは強制的に、鎧の天使の復活を止めるとしよう。
俺は姿を隠すと、地上に一度《転移》する。そこには混乱するユーリとリーシャがいた。
「あ、アレク様! このままじゃ!」
「落ち着け、ユーリ。落下した衛兵に転移杖を持たせて、ティール島あたりの転移柱に一緒に《転移》するんだ」
「あっ! なるほど、そうすれば復活できませんね! お任せください!」
ユーリたちはすぐに行動に移った。
そんな中ふとウテリアに目を向けると、やはりこちらに気付いている。今は姿を隠しているのに。
この採石場には、鎧の天使が粉砕されたり崩れ落ちる音が木霊している。また、鳥が多いのか鳴き声がやかましい。
……これだけの騒音の中、俺の声を聞き分けているのか?
まだウテリアには手札が残っていそうだな。
俺はその後、再び空に戻り囮を務めた。
エリシアとセレーナが落下させた衛兵を、地上の眷属たちが《転移》させていく。
俺たちはそうして鎧の天使たちを減らしていった。
まずは、俺たちの勝利──しかし、ウテリアの手の内を読み切ることはできないのであった。