17話 滅亡する街
スライムのエリクを仲間に加えた俺たち。
どんどんと人気のなくなる街道を、《転移》で進んでいった。
そのせいか、魔物と遭遇することもほとんどなかった。
輸送任務もこなし、お金稼ぎも順調。
三泊目、四泊目はそれぞれしっかりとした街の宿で過ごせた。
エリクだが、エリシアの指示で運びものをしたりと、言葉は通じるようだ。喋れないが、プニプニしているので枕や抱き枕になってくれたり、なかなか可愛げがある。
眷属になったのに、一見何も変わってないのは気になるが……
そして、帝都を出て五日目の今日。
海沿いの街道を進む俺たちの前に、高い城壁の街が見えてくる。
エリシアはその街を見て、おおと声を上げた。
「あれは……」
「ローブリオンだな。ローブリア伯領の首都だ」
「今まで見た中でも、一番高い城壁の街ですね」
「ああ。ここから南には、もう都市がない。この街は、魔王国や魔境との最前線なんだ。だから、城壁も高い」
南東に進めば、ティアルスが見えてくる。
また、船で一日の対岸には、魔王国が治める大陸がある。
魔王国は社会性のある魔物たちによって作られた国で、魔王という魔物の王が治めていた。
その魔王国では、人間は奴隷として扱われている。人と魔物の混血である魔族も奴隷として扱われたり、蔑まれていた。
つまりは、帝国とは真反対の国だ。だから、ずっと戦闘状態にある。
ここはそんな魔王国のある大陸を、対岸に見ることができる。
それだけ近いので、ここは魔王国から頻繁に襲撃されていた。
また、魔境からは魔王国に属さない野生の魔物たちも襲ってくる。
それらを防ぐため、城壁も非常に高くなっているわけだ。
「ギルドもここから南にはないから、輸送任務もこれでおしまいだな」
「では、あとはティアルスに」
「考えどころだね……まあ、ローブリオンで情報を得てから行くかは決めよう」
ティアルス州のある魔境は魔物がいっぱいだ。ここで引き返しても良いかもしれない。
恐らくだが、帝都には一瞬で帰れる。
昨日も一昨日も帝都に帰れたし……
しかし、ローブリオンか。
行ったこともないのに何故か記憶にあるな。
「……ともかく、中へ入ろう」
そうして俺たちは、ローブリオンの北門を潜った。
人も多く活気のある市街を見て、エリシアは何かに気が付く。
「大きな街ですね……それに」
「ああ。魔族が多い」
一般に帝都から離れれば離れるほど、街の魔族やテイムされた魔物は多くなる。
これは至聖教団の力が強い帝都とその周辺では、魔族や魔物が迫害される傾向にあるからだ。最近は至聖教団の勢いが増しているから猶更だ。
このローブリオンにも、働き口のない魔族で溢れているようだった。
「おい! さっさと運べ! 早くしねえと、飯を出さねえぞ!」
一人の兵士が鞭を地面に叩きつけ、怒声を上げた。
「はいはい……そんなにカリカリしないでよ。すぐに作るからさ」
それを聞いた一つ目の巨人は荷車を引きながら歩きを速める。
荷車には巨大な鉄の塊が積まれている。とても人間が引ける重さじゃない。
額から伸びる一本角、坊主頭に青い肌。見た目はサイクロプスだが……少し小さい。サイクロプスと人間の混血、魔族だろう。
だが、急かされた彼は石畳に躓いてしまう。
「やばっ!」
「《風壁》!」
俺はとっさに風魔法を放ち、転びそうになる魔族を風の壁でふわりと受け止めた。
エリシアが馬車を抑え、エリクが魔族の足を引っ張る。
「わわ! た、助かったぁ……あ、ありがと」
「いや、転ばなくて良かった」
俺が言うと、近くの兵士が不機嫌そうな顔をする。
「邪魔をするな! さっさと運べ!」
「はいはい……本当にありがとうね、旅人さん。どこかに行くなら、早くしたほうがいいよ。ここは物騒だから」
魔族はそう言い残して、再び荷車を引き始めた。
帝国のどこでも、こういった光景は見られるだろう。
魔族は人間に酷使されているのだ。
それを見ていたエリシアは思いのほか、冷静だった。
自分も同じ仕打ちを受けていたからだろうか。
何も言わず、俺に顔を向ける。
「まずは、輸送任務の報酬を受け取りにいきましょうか」
「ああ……そうだな」
俺たちはギルドへ向かい、輸送任務の品を受付嬢に渡す。
「こんなに早く!? 船便より早いなんて……いやあ、助かりました」
「助かった?」
エリシアの声に受付嬢はうんと頷く。
「はい。どうも、対岸が慌ただしいようで、魔王国の軍勢が攻めてくるかもしれないんです。それで、ギルドにも領主様から高級ポーション調達の依頼がきまして」
俺たちの運んでいた荷物の中身は、戦闘に使うためのポーションだったらしい。
魔族が言っていた物騒というのも、魔王国のことだったか。
受付嬢から報酬を受け取りながら、エリシアが喋る。
「近々、大きな戦いが起きるかもしれないということですね」
「はい。でも、この街は城壁も高いですし、港に船を入らせない防鎖がありますから大丈夫です。今回も、防げますよ」
受付嬢は自慢げな顔で言った。
防鎖か。
川などを横断するように鎖を水底に落として、船を止めたいときは鎖を水面に上げる。そうすることで、船の侵入を阻める。
ローブリオンの港は湾の一番奥側にある。
その湾の入り口を、長大な鎖で封鎖できるのだろう。
つまり、海からも陸からも防備は完ぺき……
……うん?
何か聞いたことがあるような話だ。
紋章を授かって間もない頃、宮廷中がどよめいていた。
ローブリオン陥落、と。
ローブリオンは帝国随一の堅牢な都市と名高かった。
それが落ちたのだから、帝都中が騒然となった。
そうだ、このローブリオンは陥落するんだ。領民が虐殺され、領主のローブリア伯も戦死する。
「まずい……」
思わず漏れた言葉に、エリシアが首を傾げる。
「どうしました、アレク様」
「いや……ちょっと、この街の領主と会ってこようかな」
「……? はい!」
不思議そうな顔をするエリシアだが、頷いてくれた。
俺は、ローブリオンの中心にある城砦に向かった。
皇子という身分はこういう時、非常に便利だ。貴族ならばまず、何を差し置いても会ってくれる。それが闇の紋章持ちであったとしても。
すぐさま、衛兵が俺たちを城塞の執務室に案内する。
執務室に入ると、老齢の男がこちらに跪いていた。
「アレク殿下、よくぞお越しくださいました。お迎えの準備もできず、申し訳ございません」
この男が、ローブリア伯だ。
「いや、突然押しかけてすまない、ローブリア伯」
「いえいえ……しかし、何故このような場所に?」
「ここより南東のティアルスを、陛下より授かった」
「てぃ、ティアルスを、でございますか?」
ローブリア伯は笑いをこらえるようにして言った。
捨て去られた、何もない土地だ。
そんな場所の爵位なんてと馬鹿にしているのだろう。
すでに俺が闇の紋章を授かったことも知っているようだ。
「ああ。なので、視察にな」
「それは……結構なことでございます。ですが殿下。まことに恐縮ですが、現在魔王国に動きがあり、少々余裕が」
「護衛はもとより必要ない。そうではなくて、俺にも防衛に手を貸させてほしい」
「殿下、がですか? ぷっ」
思わず、ローブリア伯は笑いをこぼした。
エリシアがすかさず口を開く。
「……失礼では?」
「も、申し訳ございません。ただ、まだお若いのに随分とご立派だなと思いまして。帝都に帰還した際は殿下のこと、陛下に奏上いたします」
「では、自由にローブリオンを回っても?」
「もちろんでございます。私の部屋でもどこでもお使いください。ただし、ご自分の身はご自分で」
「分かった。そうさせてもらおう」
俺が立ち上がると、ローブリア伯は再び頭を下げた。
部屋を出ると、エリシアが口を開く。
「あんな者に手を貸すおつもりですか?」
「あいつに手を貸すんじゃない。ただ……」
魔王国の人間に対する扱いは残酷だ。
帝都での魔物への対応も同じぐらい酷いが。
ただ魔族に関してはどちらからも嫌われている。魔物でも人でもないからだ。
ローブリオンに魔物が雪崩れ込んできたら、魔族も虐殺の対象になるだろうな……
とはいえ、これから何が起こるかなんてエリシアにも言えない。
でも、エリシアは何かを察したように首を縦に振った。
「……私は殿下のご指示に従うまでです」
「エリシア……ありがとう」
このままでは魔族が哀れというだけでなく、ここが落ちればティアルスに行くのも難しくなる。
俺はローブリオンを守ることに決めた。