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169話 さえずり

 俺たちはマルシアの総督ウテリアを迎えるべく、準備を始めた。


 幸いにもウテリアの到着までは数時間の猶予がある。相手の手を想定しながら対策を練ることができた。アルスからエリシアたちも呼んで、坑道の入り口と採石場で作戦会議を開く。


 もう深夜で外は真っ暗だった。採石場の上部にいくらかかがり火が見えるだけだ。


 鼠人によれば、村の衛兵に動きはない。衛兵の大半が酒を横領して飲んだようで混乱状態に陥っていた。こちらの様子を確認する余裕もないようだ。


 ユーリが俺の隣で訊ねる。


「どうします、アレク様? 坑道は狭くて迎え撃ちやすいですが」


 俺は頷いて答える。


「ウテリアは聖の紋章の持ち主。聖の魔力が充満する坑道の中で戦うのは危険だ」


 エリシアが言う。


「つまりは、外で迎え撃ったほうがいいわけですね」

「ああ。それにこの採石場の地形だ。底に誘い込めば、高所から包囲できる」


 セレーナが頷く。


「いい、お考えかと! 下方からの攻撃からも身を隠せますからね」


 だがラーンが言う。


「総督が来るとなれば、残った衛兵たちもやってくるでしょう。彼らも採掘場の各所で警備を始めるのでは?」


 それを聞いたネイトが口を開く。


「たいした数ではないと思う。必要なら、他のも酒で眠らせられる」

「そのほうが安心でしょうね。でも、総督も衛兵たちがそんな状況で坑道の視察なんてするでしょうか? そもそも、今の時点で大半の衛兵は眠りに就っているわけですが」


 エリシアの不安はもっともだった。衛兵なしで坑道に突っ込んでくるとは思えない。ティカによれば総督の護衛は十名ほどで決して多くない。魔族に何かされることは必ず想定しているだろう。


 まあ魔族が酒で眠っているという想定でいるなら話は違うが……


 それでも、安全を確認しないで来ることは考えにくい。


 俺は小さく頷いた。


「言われてみればそうだな。本当にただの視察ならまだしも、何かしようと考えているなら衛兵なしではやってこないはずだ」


 セレーナも首を縦に振って言う。


「今の村の状況を見れば、引き返すことも考えられますね。あるいは増援を外部から呼び寄せ、その到着を待つかも。いずれにしても、その前段階で斥候や衛兵に坑道を調べさせると思います」

「ああ、総督が安全に視察できるように事前に罠がないか調べるはずだ」


 俺はそう言うがラーンは首を傾げる。


「それも、衛兵が先にやってそうなものですけどね。あるいは夜が明けたらそうするつもりだったのかもしれませんが」


 しかしネイトは首を横に振る。


「衛兵の詰所や司令官の部屋を調べたけど、そんな指令書はなかった。日報みたいのはあったけど、総督に伝令を送ったという記述で終わっている」

「うん? とすると、衛兵たちは総督がいつ来るかまだ知らないのか?」


 セレーナがそう言うと、ネイトは頷いた。


「恐らく。総督側も送られてきた伝令をマルシアで休ませて、レジョンには返していない。つまりレジョンに返事を送っていない。だから衛兵たちは知らないはず」


 ユーリが苦笑いを浮かべた。


「そりゃ一番の上司が明日来るって知ってたら、普通は盗んだ酒で酒盛りはしないよね……数日後に来るとか思っていたんじゃない」


 エリシアが考え込むような顔で言う。


「衛兵たちを抜き打ちで調査する目的もあるのかもしれませんね。実際、たるんでいようですし。いずれにせよ、総督がどう動くかは流動的になりそうですね」

「そうだな。だが、地下坑道の外ならこちらも柔軟に対処できる。レジョンの外で詰問してもいい。別に今、レジョンの外で待ち構えてもいいわけだが……」

「ウテリアが本当に酒に細工をしたのかは分からない。本当に何も知らなかった可能性も捨てきれないですね」


 エリシアの言う通り、ウテリア自身はまだ何も尻尾を見せていなかった。


「ああ。ティカが何の証拠も得られなかった以上、詰問しても話をはぐらかされるかもしれない。それにこの地下坑道で何をしようとしていたか、それを知りたいんだ」


 俺が言うと、皆頷いた。


 では、エリシアがまとめるように言う。


「とりあえずはこの採石場で伏せ、総督たちの動向を窺いましょうか?」


 するとリーシャが手を上げる。


「できる限り、総督から情報を引き出したいんだよね? そういうことなら、私たちはこの坑道の入り口にいるよ。いなければ総督に異変を察知されるかもしれないし」

「囮になるってこと? でも、危ないよ」


 ユーリは心配そうな顔で言った。


 俺は言う。


「外なら《転移》は使える。それにいざとなったら、ウテリアたちを攻撃するのをためらわない。それでも絶対に安全とは言えないが……」


 リーシャは首を横に振る。


「大丈夫。もともとは私たちの問題だし、やらせてください」

「リーシャ……うん、よく言った! さすがは私の弟子ね!」


 ユーリはそう言って、リーシャの背中を叩く。


「だから師匠面しないでよ……まあどっちが有能か、アレク様と皆に見せるいい機会かもね」

「あんたが私より有能? 最初は一人で剣も仕上げられなかったくせに」


 ユーリが鼻で笑うと、リーシャとにらみ合いになる。


 この二人が別行動になったのはなんとなく頷けるな……

 互いをライバル視してるようだ。


 俺はそんな二人の間に割って入る。


「ともかく、二人とも頼んだぞ。あと、時間が許す限り、ユーリとリーシャたちにはこのゴーグルを作ってほしい」


 俺は二人にゴーグルを見せる。ルクナイトのゴーレムを倒す時にリーシャたちが作ってくれたものだ。


「もし戦闘になれば、相手は強力な聖魔法を使ってくる。必然的に眩しくなるから、視界の確保は重要だ。鎧族やゴーレムはいらないけど、鼠人と青髪族には必要だ」

「了解です! リーシャ、そしたらどっちが大量に作れるか勝負よ!」

「ええ、負けないわよユーリ!」


 ユーリとリーシャはそう言ってアルスにゴーグルづくりへと向かった。


 あの感じだと、相当な数ができあがるだろう。過剰な量になるかもしれない……まあ、今回以外も使う機会はあるだろうし、大量にあってもいい。


 また、採石場での布陣はセレーナに任せることにした。基本的に、エリシアたち主要な眷属には包囲に参加してもらう。


 そうして俺はウテリアの到着を待つことにした。


 レジョンでも一際高い、見晴らしのいい鐘楼の上部へと《転移》する。


 それから数時間が経つと、空が白み始めてきた。地平線の彼方から旭日が少しずつ顔を出し、四方から鳥たちが鳴き声を上げる。鐘楼で足を休める白い鳩たちもさえずり始めた。


「朝、だな」


 そんな中、南から一台の馬車がレジョンに向かってくるのが見えた。装飾のある豪華な馬車。その周囲には鎧を着こんだ騎士が馬を走らせている。


「来たか。ネイト、採掘場の皆に伝えてくれ」

「承知」


 一緒に待機していたネイトは、すぐに採掘場へと走った。


 また、衛兵たちも総督の馬車に気が付いたようで、城門の鐘をカンカンと鳴らし始めた。


 村の各所から、少数の衛兵たちが慌てた様子で出てくる。皆、城門へと走り、ウテリアを迎えるようだ。


 俺もウテリアを確認するため、エリシアと共に姿を隠し城門へと《転移》した。


 城門へ向かうと、そこには顔を青ざめさせた衛兵たちが整列していた。


「こ、こんなに早く来るなんて」

「ば、ばれたら連帯責任じゃないか?」


 酒を横領し衛兵の大半が寝てしまった──衛兵たちは処罰を恐れているようだった。そしてやはり、総督がいつ来るかは知らされていなかったようだ。


 そんな中、ウテリアの馬車が到着した。


 金色の鎧の男──恐らく衛兵の司令官は馬車の扉の前で姿勢を正す。


「総員、敬礼!!」


 司令官の声に、衛兵たちは一斉に背筋を伸ばす。


 御者が馬車の扉を開けると、ゆっくりと白髪の老人が下りてくる。


 伸ばした銀髪と白髭。黒い無地の服は、神官もよく着る質素なものだ。装飾品の類も付けておらず、総督というよりは神官を思わせる出で立ちだった。


 司令官はウテリアに頭を下げた。


「レジョン衛兵隊長ヒストです! ウテリア総督閣下、この度はレジョンへお越しいただき光栄です!!」


 するとウテリアは少し不快そうに首を横に振った。


「心の伴わぬ声はいらぬ」

「っ!? し、失礼いたしました!」


 衛兵たちを一瞥するウテリア。司令官に顔を向け訊ねる。


「それより、動ける衛兵はこれだけか?」

「そ、それは……あ、あの」

「真実だけを述べよ。何人、飲んだ?」


 ウテリアは司令官を睨む。全てを見透かしているようだった。


「も、さ、三百名ほどです」

「ふむ。そんなにか」

「も、申し訳ございませぬ!! 私の監督不行届でございます!!」


 頭を下げる司令官。


 しかし声を震わせながら続ける。


「た、ただ、一言お伝えいただければこのような失態は。それに酒を飲ませた魔族のほうもこちらで捕らえましたのに」

「失態? 何を言うか。最初から織り込み済みだ」

「へ?」

「咎めたりはせぬから落ち着け。そんなことよりも、坑道へと案内せよ。それとルクナイトの場所はどこだ?」

「え、あ、は、はい! ご案内いたします!!」


 司令官はそう言って、レジョンの案内を始めた。


 俺は追尾しながら小声でつぶやく。


「織り込み済み、か」

「やはり酒の毒はあの男が仕込ませたものでしたか」


 エリシアもそう答える。


「しかし、眠らせて何をするつもりだったのでしょう」

「ああ……それが一番の謎だな」


 とはいえ、坑道の中に眠っている魔族はいない。何かしようと企んでいても、そこは心配いらないだろう。


 そんな中、ウテリアが天に顔を向け口を開く。


 俺も見上げるが特別な何かがあるわけではない。雲一つない青空は、まだ少し赤みがかっていた。その空を、鳥たちが鳴き声を上げて飛んでいる。


「ふむ、ふむ。なるほど」


 司令官は「え?」と振り返る。


「何かおっしゃいましたか、閣下?」

「いや。声が聞こえたのだよ」

「こ、声? ……ああ! 神々のお声でございますな! 敬虔かつ聡明なる閣下を称えておられるのでしょう! 閣下の治めるマルシアはなんと麗しいことかと!」


 ウテリアは眉間に皺を寄せると怒声を発した。


「己すら思ってもないことを口にするでない! ましてや神のお声は不敬にも騙るとは!! 万死に値する!!」

「ご、ごご、ご無礼を申し上げましたっ!! どうかお許しください!!」


 司令官はその場で平伏する。


「ああ、なんと醜い声か……ああ、耳が腐る……!」


 ウテリアは苦悶するような表情になるが、息を落ち着かせる。


「はあ……そなたは案内をしておればよい」

「ははぁ!」


 司令官は苛立ちを見せるウテリアに背を向けると、逃げるように早歩きを始めた。


 酒の横領は咎めないが、お世辞は許さないか……よく分からないな。それよりも──


「声?」

「一瞬、私たちの声が聞こえたのかと思いましたよ……」


 エリシアは安堵するように言った。


 魔導具によって俺たちの声や姿は隠蔽されている。しかも周囲は鳥の鳴き声でけたたましくなっている。とても今の声量で聞こえたとは思えない。


「ともかく、追尾を続けよう……この感じだと、もしかしたら斥候も送らずに直接坑道へ向かうかもしれない」


 その俺の読みは当たった。


 ウテリアは貯蔵されたルクナイトを確認すると、直接坑道へと向かった。司令官が坑道の安全を確保してからと訴えたのにもかかわらず強引に。


 俺たちはそんなウテリアを、採石場で迎えることにした。

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