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168話 声

 賑やかな打ち上げは一転した。皆、総督から送られた酒を見て困惑している。


 多少は毒の知識があるというネイトに来てもらったところ、酒には確かに催眠効果を持つ薬液が混ぜられていた。飲めば数日は起きられないほど強力な薬効があるのだと言う。


 ユーリは腕を組んで考え込む。


「しかし、なんで眠らせようと? ただ報酬を払うのが嫌なら毒で殺せばいいわけだろうし」


 俺は頷いて答える。


「ああ。報酬を払いたくなかった、だけではないはずだ」


 リーシャが口を開く。


「他にも目的がある……人質を取って、ここでずっとルクナイトを掘らせるためだったとか?」

「それだったら、一人地上に呼んで捕えればいいでしょ」


 ユーリの言葉通り、眠らせる必要がない。


 それに、とても不気味なことが一つある。


「それに衛兵が酒を横領したのも変だ……帝都の衛兵の汚職を見れば金や物資の横領は珍しくもない話だが、リーシャたちに毒を飲ませるのが目的なら何故衛兵に注意喚起しなかったんだ?」


 ネイトには酒の検査の後、レジョンを調べてもらった。それによれば、飲んだ衛兵がぐっすり眠る一方で、飲んでない衛兵が慌てふためいていたという。


 ユーリは眉間に皺を寄せる。


「衛兵たちも毒については知らなかった……知らされてなかった」

「だとしたら、総督も毒が入っていたことは知らなかったんじゃない?」


 リーシャはそう言うが、俺は総督のウテリアがそんなうっかり者とは思えない。


「完全には否定できないな。それに総督を監視させている諜報部からは、総督は何も酒の薬には言及してないそうだ」


 今はこの坑道に向かう準備を整えているという。早朝にはわずかな護衛と共にやってくるだろうという話だ。


 その際に判明したことだが、ウテリアは【聖奏者】という少し変わった紋章の持ち主だった。強力な聖魔法を使えるようになるだけでなく、音楽の才に恩恵があるのだと言う。事実ウテリアはあらゆる楽器の名手として帝都の音楽家でも名が知られているようだ。


「ともかく、総督自身には怪しい点は見られない……しかし、何故この坑道を直接見る必要がある?」

「アレク様は、やはり総督の仕業だと?」


 ユーリの問いかけに俺は頷く。


「ああ。俺は総督が故意にやったんだと思う。酒は総督が用意してレジョンに保管させていた。他に誰が何の目的で酒に毒を入れる」


 ユーリは悩むような顔をしながら言う。


「そう、ですよね……他に考えられるとしたら、トーレアス商会みたいに魔族を奴隷として売ろうとしていた、ってことですかね。眠らせたところを捕えて。でも、それだったらやっぱり衛兵にも注意喚起をしておきますよね」


 俺は頷いて答える。


「そもそも衛兵たちにリーシャたちを拘束するよう命じるだろうしな」


 ユーリもリーシャもうんうんと頷いた。


 それから少し考え込む二人。

 やがてリーシャが耐え切れないように声を上げた。


「……ああ、もう! 全然意味が分からないよ!」

「お手上げね……」


 ユーリもため息を吐くと俺に顔を向ける。


「アレク様はどう思われますか?」


 俺は壁に描かれた坑道の図を見上げる。


 地下、魔力の充満した場所……その要素が、俺に過去のできごとを思い出させる。帝都の地下で会った魔王軍のセスターは、魔族を別の存在に変えようとしていた。


 総督のウテリアが魔王軍だとはとても思えない。しかし、ここには膨大な魔力がある。何が起きてもおかしくない。


「さっきも言ったが、総督は俺たちが予想もつかないことを考えているのかもしれない」


 そう言って俺は小さく手を上げた。


「それが何なのかは、もうお手上げだ。こればかりは本人を問いただすしかないだろう。今は、俺たちがどうするべきか決めよう」


 俺はリーシャに顔を向ける。


「確かにリーシャの言う通り、総督は何も知らなかった可能性はある。でも、そうでなかったら──何をしてくるかは分からない。ここには膨大なルクナイトが埋まっているし、魔力が充満している」


 リーシャたちはそれを聞いて首を縦に振る。どんな魔法が発動されるか分からないことは察したようだ。


「仕事と報酬のことは残念だが、ここはもう皆でアルスに移動したほうがいいと思う」


 リーシャはそれを聞いて少しの間考え込むような顔をする。しかしユーリがその肩に手を乗せる。


「命が何より大事よ。お金なら、これからいくらでも稼げる」


 リーシャは目を瞑りながらこくりと頷く。


「そうだね。私たちが求めていたのは平穏な生活。この仕事だってもともとやりたかったわけじゃない……皆、もういいよね?」


 他の魔族たちに問いかけるリーシャ。


 皆、首を縦に振る。拒否する者はいなかった。


 ユーリがリーシャの背中をぽんと叩く。


「決まりね。改めて、向こうでは上手くやりましょう」

「ええ、よろしくねユーリ」


 握手を交わす二人。


 他の魔族たちも吹っ切れた顔だ。


 とはいえ、まじめにやってきた仕事がこんな結末を迎えるのは腹立たしいだろう。


 もちろん、俺もこれで良しとするつもりはない──


 俺はリーシャに言う。


「それじゃあ、皆でアルスに向かおう──それと、報酬のことは心配いらない」

「え?」


 リーシャは口をポカンとさせた。


「俺が、ウテリアから受け取ってくる。皆の代表として。こんな酒なんかじゃなくて、ちゃんとした報酬を」

「そ、総督と対峙するつもり?」


 焦るような顔でリーシャは訊ねてきた。

 俺は頷いて答える。


「ああ」

「き、危険だよ。報酬なんてもういいよ」

「いや、払ってもらう。このまま代償を払わせなければ、他の魔族も同じ目に合うかもしれない。このまま見過ごすわけにはいかない」

「そ、それはそうだけど、相手は総督だよ?」

「身分だけなら俺は皇子だ。もちろん、身分を明かすつもりはないけど」


 リーシャは尚も不安そうな顔だ。

 しかしユーリが言う。


「さっきのアレク様の力を見たでしょ? それにあんたたちだって協力してもらう。ですよね、アレク様?」

「そうだな。戦闘になることも考えて、色々と作ってほしいものがある。総督に酒のことを問いただし、罪を白状させるんだ」


 俺が言うとリーシャと魔族は顔を見合わせた。


 やがてリーシャは真剣な面持ちで言う。


「そういうことなら……もちろん私たちも全力で手伝うよ」


 俺は深く頷き、壁の坑道の図を見上げた。


「他の魔族のためにも手を尽くそう。そしてウテリアがここで何をしようとしていたか──それを問いただすとしよう」


 こうして俺たちはウテリアを迎えることにした。


───


 マルシスにある総督邸。その執務室は、優雅な弦楽器の音に包まれていた。


 執務室の窓にはもう夜だというのに、白い鳩やフクロウが足を休ませている。鳥たちの視線は、執務室で弦楽器を奏でる白髪の老人に向けられていた。


 羽音も立てず鳴き声も漏らさずに見守っている鳥たちの姿は、まるで劇場の観客のようだった。


 鳥たちをも魅了する音──壁際に姿を隠して立つティカも、ウテリアの演奏に思わず感嘆の声を漏らしそうになっていた。神殿にも見事な奏者はいた。しかしここまでの者はいなかった。


 任務も忘れてウテリアの奏でに耳を奪われていると、コンコンと扉を叩く音が響く。


「総督閣下、出立の準備が整いました」


 扉の向こうから男の声が響くと、ウテリアは演奏を止める。


「すぐ行く」


 ウテリアは立ち上がると、確かな足取りで歩き弦楽器を机の上に戻す。その顔はどこか名残惜しそうだった。


 そして執務室と繋がる小さな部屋……ステンドグラスに囲まれた部屋で片膝を突き、手を合わせる。


「──聖の神よ、どうか哀れなこのしもべに御声をお聞かせください」


 ティカも幼いころから何度も聞いた祈りの言葉。しかし自身もほとんどの者も、ただの決まり文句としか思っていなかった。


「──しかと承りました。あなたの御声に従い正しき道を歩むことを誓います」


 だが、目の前のウテリアは……本当に何者かと会話しているように言葉を発した。


 至聖教団の者たちは、俗っぽいところを捨てきれていない。心の底では物欲というものがあることをティカは感じ取っていた。


 しかしウテリアからはそういったもの感じられない。酒に毒を盛ったと聞いた今でも、それは変わらなかった。


 ウテリアはステンドグラス越しの月を見上げ少しの間沈黙した。


 やがてこくりと頷き答える。


「──どうかご加護を。あなたが御側にお召しになる救いの時まで」


 ウテリアはそう唱えて立ち上がると、窓辺の鳥たちに豆を与えた。これもウテリアの日課であることをティカは確認していた。


「では、行くとしようか」


 武器を帯びるわけでもなく、何かを命じることもなく……ウテリアはマルシスを発つのであった。

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