167話 労いの酒
俺たちはレジョンの地下坑道で、白いゴーレムたちを倒した。
これで安心して掘り進められる──リーシャたちはゴーレムが占拠していた坑道の掘削を再開した。
俺たちも坑道の掘削を手伝うことにした。坑道の出口までいけば、アルスとは《転移》で行き来できる。俺が青髪族やゴーレムを連れてくる。
リーシャたちは元仲間との再会を喜んだり、姿が変わったことに驚いていた。しかし一番驚いていたのは、俺が採掘したものの運搬のため《パンドラボックス》にしまったときだ。
その魔法を見たからかは分からないが、リーシャたちはアルスに着いたら俺の眷属になると約束してくれた。
ともかく掘削は急速に進み、二日で終えることができた。
「ふう、終わったわね」
リーシャは地下坑道の外に積まれた岩石やルクナイトを見て言った。
掘削で出た岩石やルクナイトは衛兵が定期的に下りてきて、地上へと上げているようだった。
ティカたちによれば、それらの採掘物はレジョンの建物に貯蔵されているそうだ。レジョンの建物には住民はおらず、衛兵がすべてを管理しているのだという。
今後もこの坑道のルクナイトは街で保管するつもりだろうか……
そんな疑問が生じるが、俺たちの目的はリーシャたちをアルスに迎えること。マルシアの総督のやり方に口を出すつもりはない。
やがて衛兵が下りてきてリーシャが工事を完了した旨を伝える。
「確かに図面通り掘ったわ。これで仕事は終わりね」
「了解した。総督に伝えるから、沙汰があるまでここで待機していろ」
「え? 終わったら解放してくれるって約束でしょ?」
「本当に図面通りかは、総督自らが確認されるのだ。総督は完璧な仕事を求められるお方だからな」
衛兵の言葉にリーシャは不満そうな顔を浮かべる。
衛兵もそれを察したのか、少し温和な口調で言う。
「まあ、そんな心配する必要はない。ウテリア総督は聡明なお方だ。今までも魔族の力を借りることはあったが、報酬はしっかり払ってこられた」
これもティカに調べてもらった。
ウテリアという男は魔族を忌み嫌っておらず、領地の仕事で度々魔族を雇うことがあったそうだ。特段魔族を好いているわけではないが、現実主義者ということだろう。
一方でウテリアは聖の神の熱心な信奉者だそうだが……特に至聖教団のように魔族や闇の紋章持ちの迫害などは行ってこなかった。朝と晩の礼拝を欠かさず行い、規則正しく生きているのだと言う。
マルシスの住民から聞いた話とほぼ合致する公正な男……なのだが、何かが引っ掛かる。
それでもティカとネイトは問題なしと報告してきた。
そんな中、リーシャは渋々首を縦に振った。
「分かった……だけど、なるべく急いでくれると助かる。私たちも先を急ぐから」
「伝えておく。だが、それまでは大人しくしていろよ」
衛兵はそう言ってリーシャのもとを去っていった。
リーシャが坑道の出口に戻ると、俺は姿を現す。
「望むなら、今すぐにでもアルスに飛べるぞ」
「ありがとう。でも、待つよ。他の魔族のためにも、できる限りいい噂を残しておきたいし」
大きな仕事を完璧にやりきった──ウテリアからの評判も維持されるし、他の魔族たちの仕事にも繋がるかもしれない。
ユーリは頷いて答える。
「ここまでやったんだしね。まあ、今日は一仕事を終えた打ち上げでもやりましょう」
「ああ。アルスから魚を持ってこさせよう。帝都からは酒や果物も持ってこさせる」
リーシャは申し訳なさそうな顔をする。
「わ、悪いよ」
「気にしない気にしない。その分、アルスに来たらいっぱい働いてもらうからね! ティアルスの農地開拓とかで、道具がいっぱい必要になるから!」
ユーリはそう言ってリーシャの背中を叩いた。
ともかく、リーシャたちは総督の到着まで地下坑道に待機することにした。
坑道では打ち上げの準備を整える一方で、ティカとネイトに掘削終了の報を聞いたウテリアの反応を探らせた。
ウテリアは淡々と頷くと、すぐにでも自分自身が坑道の確認に向かうと言った。一方で、リーシャたちを労うため用意していた酒を坑道に送るよう伝えた。その後は礼拝堂に入り、聖の神に仕事が無事に終わったと感謝の言葉を奏上したという。
やはり前評判通りの人物。
俺もリーシャたちと坑道で待機して、総督の到着を待つことにした。
夕方には、ユーリの言う通り坑道の居住区で打ち上げを開いた。
今ここには、サイクロプスの魔族と青髪族、そして鼠人が集まっている。
エリシアやセレーナたち他の眷属は、打ち上げには参加しなかった。リーシャたちとユーリら青髪族で積もる話もあるだろうと遠慮したようだ。鼠人はともかく飲み食いが好きだから、参加したようだが……
まあアルスに来た時にまた歓迎会を開く。そこで親交を深めてもらえばいいだろう。
ともかく、打ち上げは始まった。
「チュー! さあさあ、アルスの海鮮尽くし、いっぱい食べるっす!!」
ティアが小さな酒杯を掲げて言った。皆で地べたに座りながらアルスで獲れた魚やアロークロウの肉に舌鼓を打つ。
いや、舌鼓を打つとかそんな可愛いものではなかった……
「チュー!? そんな大きいの一人で食べるっすか!?」
サイクロプスの魔族は巨体。やはり食べる量は段違いだった。
サメの丸焼きをまるで小魚の串焼きを食べるかのように数口で食べたり、魚介のシチューを鍋ごと飲み干してしまう。焼いたタコやイカは丸のみだ。
ティアたち鼠人は終始驚愕するしかなかった。
ティアがユーリに顔を向け口を震わせる。
「ユーリさんたちも、あんな感じだったんすか……? まるで鯨っす」
「人を化け物みたいに見ないで。さすがに毎日あんなには食べないわよ。まあそれでも人間や他の魔族よりは大飯食らいだけどね」
リーシャはその隣でタコの丸焼きを食べながら言う。
「それを考えても、私たちもアレク様の眷属になったほうが良さそうね。腕力が落ちるのは少し寂しいけど」
「それだが、もし嫌ならただアルスの住民になってくれるだけでも」
俺はそう言うも、リーシャは首を横に振る。
「ここまで来てくれたんだし、ユーリたちをローブリオンで救ってくれたことも感謝してる。私たちもアレク様の眷属になります」
リーシャは真剣な面持ちで言った。
ユーリはそんなリーシャの方をポンポンと叩く。
「腕力はどのみちゴーレムたちに敵わないし、私たちは採掘と鍛冶に注力すればいい。小さいのも細かい所に手が届いて、悪いことばかりじゃないわよ」
リーシャは微笑んで頷く。
「うん。これから新しい生活が始まると思うと、すごい楽しみだよ。アレク様、私たち精いっぱい働くのでよろしくね」
「俺の眷属になるなら、俺も皆を必ず守り抜く。こちらこそよろしく」
俺はそう言って、リーシャの大きい手と握手を交わした。
そんな中、歓声が上がった。
「うおおおおおおお! もっと持ってこいやあ!!」
声のほうに目を向けると、大樽を投げ捨てるサイクロプスの魔族がいた。どうやら大樽の酒を飲み干したようだ。
凄まじい飲みっぷり……しかし、体が大きいから、樽がそんなに大きく見えない。
確かにこれだけ飲まれると食費も馬鹿にならないな……
そんな中、出口側の坑道から一人の魔族がやってくる。
「おい、皆! 総督様が酒をたくさん、送ってきてくれたぞ! 衛兵が降ろしてくれた! 少なくても百樽はあるぞ!」
「おおお! まだまだ飲み足りないと思ってたところだ!!」
魔族たちは外に樽を受け取りに向かう。
ティカたちの報告にもあった通り、総督は酒を送ってくれたようだ。
ユーリは感心するような顔で言う。
「太っ腹な爺さんね」
「報酬も正直、今までの仕事から考えられないものだったからね。皆で一年何もしないでも暮らせるぐらいだったもん」
「そんなに?」
「まあ、これだけのルクナイトがあるなら、全然安いもんだと思うけどね」
「確かにね。しっかし……」
ユーリは壁に描かれた、坑道の壁画を見上げ苦い顔を見せる。
「なんで、こんな醜悪な坑道に……」
「本当にね……」
リーシャも苦笑いを浮かべた。
そんな中、どこどこという音が響いてくる。
魔族たちが樽を転がし、居住区に運び入れてきた。
「皆、持ってきたぞ!!」
「待ってましたあ!!」
その言葉に歓声が上がる。皆、まだまだ飲み足りないようだ。
だが、突如ティアが鼻をピクリと動かす。
「チュ? んん?」
「どうした、ティア?」
俺が訊ねると、ティアは鼻をぴくぴくと動かす。
「いや……これは……み、皆、その酒はやめるっす!!」
ティアはそう言って樽の上に乗った。
樽を運んだ魔族は目を丸くす。
「な、なんだってんだ? そんな焦らなくてももちろん分けて──」
「違うっす!! 酒からやばい臭いがするっす! 同じ臭いの草を仲間が食べたら、しばらく目を覚まさなかったっす!!」
その言葉に魔族たちはざわつく。
魔族の一体は樽を開き、その匂いを嗅いだ。
「まさか……いや、でも確かに植物の匂いがするな」
「毒かは分からないが、これビールだろ? こんな匂いつけるか、普通?」
そんな中、坑道からティカが走ってやってきた。
「アレク様」
「うん、どうした、ティカ?」
「お耳に入れようか迷ったのですが、衛兵たちが街の外から運ばれてきた酒を横領したようで……それはいいのですが、少々強い酒なのか皆簡単に酔いつぶれまして」
「そう、か。眠くなるような薬を入れたか……飲まないほうがよさそうだな」
その報告を聞いていた魔族たちは信じられないといった顔をする。
「お、俺たちを眠らせようとしたのか?」
「な、なんでそんなことを」
確かに総督の意図は掴めない。眠らせる薬を入れて何をしたかったのだろうか。
もしかして、この坑道の形と何かかかわりがあるのか?
ともかく、やはり裏がありそうだな。
「ティア、よく気付いてくれたな」
「チュー! うちらは毒見役もできるっす!! だからこれからも飯の時は必ず呼んでほしいっす」
ユーリは「ただ食べたいだけでしょ」と呆れるような顔をした。
とはいえ、ティアたちのおかげで本当に助かった。
「ともかく……打ち上げは中断しよう。皆、総督は何かを仕掛けてくるはずだ」
「な、何を?」
リーシャは不安そうに訊ねてきた。
「そう、だな。俺たちの思いもよらないことを考えているのは確かだ」
俺はそう言って、壁に描かれた不気味な坑道の図を見上げるのだった。