165話 歪な坑道
レジョンの村に着いた俺たちは、採石場の底にあった坑道へと入った。
セレーナとユーリを乗せた龍人二名、そしてティアには姿を隠しながら入り口で待機してもらった。この坑道内は魔鉱石の魔力のせいで、《転移》が使いにくい。崩落した場合などに備えてだ。
広い坑道を姿を隠しながら進んでいく。壁にはランプや松明がかけられているので、暗さを感じることはない。
ユーリは坑道を補強する柱や梁も見て言う。
「人間が運ぶには太すぎる柱と梁。間違いない……ここに、皆いる」
坑道の作りが仲間のものであると確信したようだ。
やがて、遠くのほうからカンカンという音や、ガシャガシャと何かが崩れる音が響いてきた。坑道を進むほど音が大きくなっていく。
「っと、ここで分かれ道だな」
突き当りに出ると、左右へ坑道が分かれていた。
どちらに進むべきか──俺はそれだけが気になったが、ユーリは突然首を傾げる。
「……うん?」
「どうした、ユーリ?」
「いや……なんでまっすぐ掘るのをやめて分岐させたんだろうって」
「崩落を防ぐためじゃないのか?」
「これだけ地中深くなら、まっすぐでもまず問題ないと思うんですよね」
ユーリの言葉を聞き、セレーナは突き当りの壁を叩いて言う。
「叩いたら、思いのほか堅かったんじゃないのか?」
「そんなに固そうには見えないけどなあ……」
俺は言う。
「聞けば分かるんじゃないか?」
「そう、でした。変なところで足を止めてごめんなさい……鍛冶と採掘では、こういう細かい所がなかなか見逃せない性格で」
ユーリは少し恥ずかしそうな顔で言った。
「別に謝ることじゃない。言われてみれば、そうだなって俺も思ったし。それに、特にここらへんから周囲の魔力が濃くなっている。魔鉱石も多く埋まっているんだろう」
「音も聞こえるし、近くにいるでしょうね。まずは右から行ってみますか」
そうして俺たちは坑道の右を進んだ。
しかし、すぐにまた分かれ道になる。
ラーンが言う。
「あっ。また左右に分かれてますね」
「本当だ。これ、最初に掘ったのはきっと仲間じゃないかも……この坑道、美しくない」
ユーリはどこか不満そうな顔で言うと、セレーナは首を傾げる。
「美しく、ないのか?」
「うん。帝国人が整備したティアルスの鉱床をいつも見てるからなおさら」
「言われてみれば……綺麗なのか?」
セレーナはなおも不思議そうな顔をしていた。
俺も美しい坑道というのがどういうものかは分からない。しかし分岐が連続しているのは、確かに利便性が悪そうだ。
──そしてそれは、坑道を進んでいく度に強く感じていくことになった。
「え、また分岐!?」
「今度は三方向に分かれていますね……」
最初の入り口からの道以外、真っすぐという道は全くなかった。坑道は複雑に入り乱れていたのだ。
しかも不規則……採掘の専門家が掘ったにしては荒さを感じさせる作りだった。
だが一方で、坑道の広さや高さは入り口から統一されているし、床も非常になだらかに均されていた。柱や梁も綺麗で、手を抜いているようには感じられない。
ユーリもその坑道の質と不釣り合いな設計に不快さを感じているのだろう。何度も美しくないと口にして、今まで見たこともないようなげんなりとした顔をしていた。
迷わないよう、皆で音を頼りに道を選び進んでいく。
しかし、すごい量の魔鉱石だ。
坑道の壁一面が白く輝く石になっている。
ユーリが言うには、これはミスリルではないそうだ。ルクナイトという、比較的今も帝国全土で掘られる魔鉱石なのだという。
名前だけは俺も知っていた。帝都でも手に入れられる魔鉱石としては有名なものだ。白い光を宿し、特に聖の魔力と相性がいい。他の属性の魔法とは相性が悪いが、例えば聖魔法を付与した魔道具を作るなら相性がいい。
ルクナイトは魔鉱石の中ではかなり柔い部類だ。武具には向かないので、対アンデッドや治癒の魔導具に使うのが適している。
だが、入り口付近でこれだけまだ鉱石が残っているのに、どうしてここは掘らないのだろうか。そもそも最初の分岐からすぐに壁一面が白く輝くルクナイトになっていた。
迷路のようにして、侵入者に魔鉱石を掘られないようにしているのか? あるいはルクナイトよりももっと希少な魔鉱石があるのだろうか。
構造も含め、なんというか不思議な鉱山だ。
そんなことを考えている内に、坑道の先に開けた場所が見えてきた。採掘で聞こえる音だけではなく、話し声なども聞こえてくる。
俺たちは声につられるようにそこへ足を踏み入れた。
「到着、ね」
ユーリは安堵するような表情で言った。
俺たちの目の前には多くの一つ目の巨人たちがいた。
俺が最初に見たユーリたちの姿と同じ。今考えると、皆大きい。
皆、馬車ほどの大きさの荷車を押し、大量のルクナイトを運搬していた。つるはしを持ち、どこかへ移動する者たちもいる。
ここは採掘物の集積所になっているようで、ルクナイトやその他鉄鉱石や石炭などが入った箱が所狭しと置かれていた。各所に穴がいくつかあり、別の坑道や住居などになっているようだ。
セレーナは嬉しそうな顔で言う。
「ひとまずはよかったな、ユーリ」
「うん! 皆、元気そうだし、過酷な扱いを受けていたわけじゃなさそう」
確かに、目の前の魔族たちに目立った傷を持つ者はいなかった。最初に会ったユーリのように鞭で打たれているわけではなさそうだ。
ラーンはユーリに訊ねる。
「であれば、皆さん、自ら望んでここに来られたのでしょうか?」
「望んではいなかったかもしれないけど、去る理由もないからじゃないかな。とりあえず挨拶してくるよ」
俺は頷く。
「それがいい。ただ、その姿で話しかけて大丈夫か?」
「人間みたいな姿になったことは伝えてますし、声ですぐ分かります!」
「そうか。ただ、俺たちは姿を隠しているよ。警戒させたくない」
「分かりました。私がまず話を聞いてみますね。……どうせなら後ろから驚かせてやろっかな」
ユーリはいたずらっぽく笑うと、鉱石の確認をしていた魔族の後ろに忍び寄っていく。真後ろに着くと、影輪の《隠形》を解き姿を現し声を発した。
「わっ!」
「っ!? え!?」
魔族は振り返ると、驚愕するような表情を見せた。ただでさえ大きな一つ目が、さらに大きく開いている。
「え、衛兵……じゃないよね? 村人?」
「違う違う。声聞いて分からない、愛しのリーシャ?」
ユーリが指を振ると、魔族はあっと何かに気が付くような顔をする。
「その声、ユーリ!?」
「そっ! 久々ね、リーシャ!」
ユーリの声にリーシャは驚愕する。
「ほ、本当にユーリだ!! 本当に人間みたいになったんだ……というか、なんでこんな場所に?」
リーシャと呼ばれた魔族が声を上げると、周囲の魔族たちも何事かと集まってくる。
「ゆ、ユーリだって?」
「まじかよ、このチビがか!?」
魔族たちは続々とユーリの周りに集まる。
ユーリは嬉しそうな顔で答える。
「皆、久しぶり! ごめん、なかなか迎えにいけなくて」
「いや、いいのよ。快適に住める場所を紹介してくれるってだけで嬉しかったんだから。というか、そのために来てくれたの?」
「うん! まあ話すと長くなるんだけど──」
ユーリは頷くと、俺たちのこと、それとここに来た経緯をリーシャたちに話した。
その話の流れで、俺とセレーナとラーンも姿を現し、皆に挨拶する。
皆、俺みたいな子供がユーリを従えていることに驚いてるようだった。また、俺がユーリを助けたことや、多くの魔物を倒してきたことも信じられないといった顔をしていた。
終いには、
「小さくてかわいい……!」
リーシャからそんなことを言われてしまった……
まあユーリはやりなおしのこととかまでは伝えてないだろうし、俺が本当にただの子供にしか見えないだろう。一方でそれなりの魔法が使えるのは知っているだろうから、なおさら容姿が不釣り合いに見えるはずだ。本当に手紙のように魔法が使えるのかと疑っているのかもしれない。
ユーリが話し終えると、リーシャは何故ここに来たのかを話した。
それによると、リーシャたちは確かに総督から半強制的にこの鉱山へ連れてこられたという。しかし報酬は破格で、食事や水も保証してくれるから、特に抵抗はしなかったとのことだ。仕事が終われば解放するとも伝えられていた。
リーシャたちは涙ぐむ。
「ユーリ……そんなに私たちのことを思ってくれてたんだね」
「そりゃ当然でしょ。仕事のために分かれたとはいえ、もともと家族なんだから」
「うう、嬉しい……!」
リーシャは涙を流しながら、その巨体でユーリに抱き着いた。
「うお、痛いって! ちょっと、前までの私と違うんだから」
「あ、ご、ごめんごめん。しかし、あの巨体だったユーリがこんなに小さくなるなんて」
リーシャはユーリをよしよしと撫でる。
「撫でるのもやめて! というか、私たちのところに来る気はまだあったのね」
「もちろん! 自分たちの家が持てるなんて最高じゃん! そのために帝都を目指していたわけだし、もちろん、行くつもりだよ!」
リーシャが言うと、他の魔族たちもうんうんと頷いた。
今回のことがあろうがなかろうが、ティアルスには行きたかったのだろう。
リーシャはそんなユーリを微笑ましそうな顔で見て言う。
「他にも仲間がいるんでしょう? 早く行きたいな……でも、もう少しでこの仕事も終わるはずだから」
「そっか。というか今回の仕事は、坑道の開発だけってこと?」
「そう、みたい。本格的な採掘自体は人間がやるんじゃないかな」
「じゃあ……ここまでの坑道はあんたたちが掘ったのね?」
「うん、そうだけど」
リーシャがそう言うや否や、ユーリは怒りを露わにする。
「なんなの、あのグニャグニャの坑道は! ずっと鉱山で働いてきた者として、恥ずかしく思わないの!?」
「あ、やっぱりユーリもそう思った?」
「思った? じゃないわよ! あとの運搬とかのことも考えて、まっすぐ掘るべきでしょう!」
「そんなの私たちも分かっているよ! 私たちが好きでやったわけないでしょ? 総督の指示通りやっているだけ」
ユーリはそれを聞くと、怒りを鎮める。
「そ、そうだよね。いや、気でも触れてあんな坑道を掘ったのかと思ったわよ。迷路にして、簡単に奥まで侵入できないようにしているの?」
「恐らくそうだと思うけど、理由は聞かされてないよ。まあ、それにしても複雑すぎるけどね」
リーシャは壁面へ顔を向けた。そこには複雑な文様の壁画が描かれていた。
巨大な円の中に、複雑な文様や絵、文字のようなものが刻まれている。いずれも見たこともないもので少し不気味に感じられた。
ユーリはそれを凝視して口を開く。
「うん? あれってもしかして」
「そう。総督からもらった図を壁画にしたの。あれの通り、掘りなさいって」
「え? ただ複雑にしろって指定されたわけじゃないの?」
「うん。もしかしたら、なんかあったときの隠れ家にしたいのかもね。ただ、私たちに自由に作らせるんじゃなくて、設計にこだわっているのかも」
ユーリは壁画を見て不満そうにする。
「……それにしてもむちゃくちゃすぎない?」
「私たちだってずっとむずむずしてるよ。最初は手がプルプル震えてたもん……でも雇用主がそう言ってるんだから仕方ないでしょ?」
「……まあ迷路にするなら、自分が迷わないような設計にするか……うん、きっとそのためね」
ユーリは自分に言い聞かせるように言った。よっぽどさっきの坑道が気に入らなかったのだろう。
リーシャは苦笑いを浮かべる。
「偉い人の考えることは本当に分からないね。 ……まあ、設計どおりやるのはいいんだけど、ちょっと困っているんだよね」
リーシャはそう言うと、小さくため息を吐いた。
ユーリが訊ねる。
「困る?」
「うん。この設計通りに掘っていたんだけど、坑道の一つでいっぱいゴーレムが現れてさ。そこの先の掘削が止まっているんだよね」
「ああ。まあ、魔鉱石が埋まっている場所では珍しくないよね。それで、倒せているの?」
「うん、少しずつだけどね。ルクナイトで体ができているから、なかなかね。いきなり眩しい光を出してくるし、厄介なんだ」
それを聞いた俺は口を開く。
「もしよければ、俺が倒そうか?」
「え、でも、危ないですよ?」
リーシャは不安そうな顔で言った。
「アレク様はすごい魔法を使えるって手紙で伝えていたでしょ? ゴーレムなんて敵じゃないわ」
「自慢じゃないが、ゴーレムも倒したことがある。倒せば、仕事も早く終わるだろうし、どうだ?」
リーシャたちはそれを聞くが、なおも不安そうな顔だ。
こんな子供を向かわせて大丈夫なのだろうか……そう言いたげだ。
やがて皆で目を見合わせて、やがて答える。
「い、いいけど、無理はしないでね。私たちも後ろからついていくから」
「ふーん。あんたたち、信用してないわね? アレク様の魔法見たら、目玉飛び出そうになるわよ」
ユーリはニヤリと笑うと、俺に言う。
「アレク様、申し訳ありませんが」
「気にするな。ルクナイトのゴーレムも見ておきたい」
そうして俺たちは、ゴーレムの討伐に向かうことにした。