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160話 兄の野心

「速いな……!」


 帝都の街路に《転移》した俺は、すぐに後ろを振り返る。そこにはホーリーシャドウを駆るヴィルタスの姿があった。


 《転移》を駆使して先回りしているというのに、あっという間に追いつかれそうになる。さすがホーリーシャドウと言うべきか。競馬を嗜む者だろうか、その姿を見て歓声を上げる者もいた。


 エリシアが言う。


「思った以上に速いですね」

「もう着いちゃうんじゃない?」


 メーレの言う通り、そろそろ目的地が見えてきてもおかしくない。


 ラグルの店の正確な場所は分からないが、眷属たちの魔力の反応で探り当てることはできる。


 周囲の魔力を探ると、大きな鼠たちが集まっている場所があった。鼠人たちだ。


 鼠人たちは高い場所を素早く移動し、人間の集団を囲んでいる。囲まれた人間たちは、一人また一人とその場から逃げているようだった。


 ──あそこだな。


 探り当てた場所の近くに《転移》すると、そこは狭い路地裏だった。頭を両腕で守る人間たちが数人。だが、鼠人たちの姿は目に見えない。


 鼠人たちは《隠形》を付与した影輪で姿を隠し、屋根の上から石を投げつけていた。小石とはいえ、当たれば痛い。即死はしないにしても十分に威力はある。


「な、なんだ、石が!?」

「姿が見えない──これってまさか!」

「ね、鼠の王だ!! こんなところにも!!」


 投石を受けた人間たちは何が起こっているのか分からず、次々とその場を逃げ去っていく。


「チュー! これに懲りたら明後日来やがるっす! 乱暴狼藉は鼠の王が許さないっすよ!!」


 鼠人たちは屋根の上で「チューッ!」と歓声を上げる。


 屋根の下の鳥頭の魔族が、屋根の上を見上げて言う。


「鼠の王か! ありがとうよ!!」


 両手を振るその魔族──ラグルだろう。小さな雑貨屋の店主のようだ。


「チュー! 礼は無用っす! 何かあれば、鼠の王を呼ぶっす!!」


 鼠人たちの気配は次々と消えていく。ティカとネイトは、事が済めば即時撤退するよう徹底しているようだ。


 仮にヴィルタスがもっと早く到着していても、姿を探すのに苦労するだろう。


 鼠の王の尻尾を掴むのは至難の業だ。


 だが、ヴィルタスが本気で接触しようとするなら、様々な手段を講じてくるくるだろう。例えば、あらかじめ襲われそうな魔族の近くに伏せておく、といったように。


 ならばこちらも対処すればいい──いや、そもそもその必要もない。


 俺が今ここで、直接ヴィルタスと話せばいい。


 もちろんアレクとしてではなく、鼠の王として。


 敵対する意思はないと伝えるのだ。


「エリシア、メーレ。俺はヴィルタスを誘い出す。二人は姿を隠したまま、ついてきてくれるか?」

「承知しました。ですが、くれぐれもご用心を。いくらアレク様の兄上とはいえ」

「分かっている」


 俺は頷き、仮面をかぶって屋根の上へ《転移》する。


 そこにホーリーシャドウに乗ったヴィルタスがやってくる。


 ラグルは手を振って迎える。


「ヴィルタス様!」

「ラグル! 店にごろつきが来たと聞いたが、この様子は……」

「はい。噂の鼠の王です。まさか本当に来るとは……」


 ラグルは鼠の王のことをもともと知っていたらしい。そして口ぶりからして、ヴィルタスとラグルは仲間なのだろう。さすがにごろつきが来るよう仕向けたとは思えない。


「姿は?」

「申し訳ありません。石を投げていたのですが、姿は見えず。声は聞こえましたが……」

「そうか。他の者たちからの報告と同じだな」


 狼人たちを除けば、鼠の王の姿を直接見た者はいない。ヴィルタスにとって、それはかなり不気味に思えるだろう。


 やはり今日ではっきりさせておくべきだ。少なくとも俺たちは敵ではない、と。


 とはいえ、ヴィルタスの紋章は【万神】。魔法の習得にはそれほど熱心ではないが、強力な魔法を使える男だ。戦闘は避けたい。


 ──言動には気を付けて接触しなければ。


 俺は屋根の上でわざと足音を立てた。


 瓦がわずかにぐらつき、小さな音が響く。


 普通の人間なら気にも留めない音だが──ヴィルタスは気が付き瞬時にこちらを見上げた。


「お前は……」


 ヴィルタスの表情は、見たこともないほど真剣だった。


 こちらを見定めるような鋭い視線。今にも魔法を放ってきそうな気配だ。


 俺はマントを大きくはためかせ、屋根の上を走る。


「おい、待て!!」


 案の定、ヴィルタスが追ってきた。


「やはり追ってくるか……」


 俺はヴィルタスに姿を見せつつ、移動を続ける。やがて屋根から地上へと降りた。三階建ての建物の上からだったが、龍の力でゆっくりと着地する。


 普通の人間にはできない芸当。ヴィルタスも、只者ではないと確信しただろう。


 何としても正体を突き止めようとするか、それとも危険と判断し引くか──結果、ついてくるようだ。


 ──ヴィルタスは自分に自信のある男、着いてくると思った。


 俺は魔力で周囲を探り、人のいない袋小路を見つけた。そこにわざと追い込まれ、ヴィルタスと対峙する。


「待て!!」


 袋小路に入った俺を、ヴィルタスが追ってくる。


 俺が振り返ると、ヴィルタスは周囲を用心深く確認していた。


 やがて、こちらに視線を向けて恐る恐る訊ねてくる。


「……何故、俺をここに誘い込んだ? 何が目的だ?」


 自分が追い詰めた側でないことはすぐに理解したようだ。


「我らの目的は、お前の目的と合致しているように思えた。だからこうして話し合うことにしたんだ」


 ヴィルタスは額に汗を滲ませつつも、口角を上げる。


「まるで俺のことを何でも知っているような言い方だな。気色が悪い」

「お前も自分の勢力を拡大するために、他人の身辺調査ぐらいはするだろう。牙を抜かれた皇子よ」


 牙を抜かれた皇子──父である皇帝がヴィルタスのことを言うときに用いる隠語だ。吸血鬼の特徴である牙と翼を、ヴィルタスは抜かれてしまった。


 ヴィルタスが魔族かもしれないという真実は皇帝と一人握りの者しか知らない。噂は割とどんな貴族も知っている。


 鼠の王がそれを知っているということは、こちらの情報網が少なくとも貴族階級にまで及んでいるとヴィルタスは察するだろう。


 ヴィルタスは警戒を緩めず、言う。


「俺の出自に関して脅すつもりか?」

「まさか。すでに少なくない貴族たちが民衆に漏らしているのはお前も知っているだろ。しかし今のお前には牙も翼もなく、人間にしか見えない。誰が何を言おうと、【万神】の紋章を持っている事実は変わらない。この国のだいたいの者は、お前を見た目麗しい人間の皇子としか思わない」


 ヴィルタスは黙って俺の話を聞いている。


 ……まずいな。却って不信感を強めてしまったかもしれない。


「勝手にいろいろ調べたことは謝ろう。しかし、調べたのは我らの目的のため。味方は一人でも多いほうがいい。魔族を共に救う味方がな」

「俺に、その一人になれと?」

「そうだ。主従関係を結ぶつもりはない。お前はお前のやり方で魔族を救えばいい。我らも我らのやり方でやる。だが、敵対はなしだ」

「意味が分からないな……俺が敵対するのを恐れるなら、何故俺を生かす? お前たちの実力なら、俺をさっさと排除するか従わせたほうが早いはずだ」


 ヴィルタスの言う通りだ。目的が同じでも、手段が異なる場合は衝突が起こりやすい。効率的に動くなら、意思決定は統一されていたほうがいい。


 しかも、ヴィルタスは俺たちの力を認めている。力の劣る自分と組む理由が見当たらないはずだ。


 俺もどう説得すればいいか難しい。

 アレクとして真実を明かせば、話は早いのだが……それはできない。


 心のどこかで、ヴィルタスをまだ完全には信じきれない自分がいるのだ。


 俺は答える。


「我らは平和を望んでいる。また、なるべく手荒な真似はしたくない。もし本気で目的を果たすなら、この国の皇帝を脅して法を変えさせるだろう」

「そうだな……お前たちなら、造作もないことだろう」

「だが、それはしない。そんなやり方では、この国に根付いた人々の意識は変わらない」

「よく分かっているじゃないか。そして、いくら法を変えようとも、人間と魔族が分かり合うことはない」


 その言葉は、やりなおし前のヴィルタスもよく口にしていた。本音なのだろう。


 それでも彼は、魔族を助け続けていた。

 ……分かり合えないことを知っていながら。


「分かり合えない、か。では、魔族を助けるのは、この国を変えるためではないと?」

「いいや、変えたいさ」


 ヴィルタスはそう答えた。


「なら」

「だが、どう変えるべきかはお前とは一致しないだろう」

「我らとは、違うと?」


 ヴィルタスは頷き、逆に問いかけてくる。


「違う。間違いなく違うだろう。俺はお前に問いたい。何故それだけの力があるのに──こんなことをしている?」


 鋭い問いだった。


 俺の心を見透かすように、ヴィルタスは言葉を続ける。


「皇帝を脅せばいいと言っていたが、それをしない。つまり、お前たちは心のどこかで、人と魔族が手を取り合う未来を夢見ているんだろう」


 だが、とヴィルタスは続ける。


「そんな日は今のままでは永遠にやって来ない。体格や見た目に差があれば、どちらかが劣等感や嫉妬を抱く。そして魔族は、人間と魔物が交わって生まれた存在。どちらにも嫌われる種族だ」


 次に何を言うか、だいたい察しがついていた。


 だが、彼は堂々と言った。


「魔族が人と魔物を支配する──それしか争いを止める方法はない。魔族が誰よりも優れていると証明しなければ、我々は永遠に虐げられる」

「だから、この帝国の皇帝になる」

「そうだ。しかしそれは通過点に過ぎない」

「他の人間の国々も、やがては魔王領も、そして世界を変えるんだな」


 ヴィルタスは即座に首を縦に振った。


 驚きはなかった。ヴィルタスほどの男が、帝都の有力者などで満足するはずがない。


 そう言えば、最近も似たような考えの者と会った。


 ルスタフ──彼もまた、闇の紋章持ちの楽園を作るために世界征服を目論んでいた。


 だがそれは建前。根底にあったのは、世界への深い恨みだった。


 そしてその歩んだ道には、多くの血が流れた。


 ……ヴィルタスも、その道を選ぶのか。


 メーレと離れたメリエのことが頭をよぎる。


 ヴィルタスは俺の唯一の兄弟だ。とても戦えない。


 言葉が出なかった。


 だが──今なら、まだ道を正すことができる。


 ヴィルタスは、メリエやルスタフのように取り返しのつかないことはしていない。


 俺はしっかりとした口調で言った。


「……それが、お前の道か。確かに俺の目指す道とは相いれない」

「そうだ。それでもなお、協力できると言うのか?」

「……ああ。魔族を救うという点ではな」

「後で俺たちが敵対すると知っていても?」

「その時は……俺がお前を止める。何があろうと絶対に、お前にはそんな道を歩ませない」


 俺ははっきりとそう告げた。


 唯一の兄。破滅を知っていながら、それを止めないわけにはいかない。


 ヴィルタスは不思議そうな顔で俺を見た。


 止めるだけなら、ここで殺せばいい。しかしそうしない。


 それは──兄を救いたいからだ。


 気持ちが伝わったかは分からない。


 しかしヴィルタスはようやく少し表情を緩くした。


「……理解しがたい奴だ。だが、お前に強い意志があることは伝わってきた」


 背を向け、ゆっくりと歩き出す。


「止めたければ止めろ。だが俺を止めるのは、そう簡単なことじゃないぞ」


 その背中に、俺は言葉をかける。


「難しいことじゃない」

「ほう、なかなか言うじゃないか」

「ああ。いい年上の奥さんが見つかれば、お前はすぐに掌を返す。間違いなくな」

「ふっ。それは、そうかもな」


 ヴィルタスは小さく笑う。


 そして俺は、もう一つ大切なことを伝える。


「ホーリーシャドウ、大事にしろよ。あの馬は俺にとっても恩人だ。だが、快く思わない者もいる」


 ヴィルタスは振り返り、頷いて言う。


「ホーリーシャドウが? ……分かった。忠告として受け取っておこう」


 そうしてヴィルタスは、俺のもとから去っていった。

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