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154話 夜明け

 ルスタフを倒した俺たちは、横たわるフェニックスのもとへ駆け寄った。


 先程まで太陽と見紛うほど大きかったフェニックス。だが今は、そこらを飛んでいる鷲とそう変わらない大きさになっていた。


 体を覆う赤黒い炎が少なくなっているせいだろう。


 また奴隷印が刻まれたせいか、苦しそうにのたうち回っていた。


 エリシアはその様子を見て、悩むような顔をする。


「ただの回復魔法では、恐らく……」

「ここは炎だ。体が炎でできているなら、きっと炎で回復するはず。私が魔法で炎を送ろう!」


 セレーナはそう言って剣に火を宿し、それをフェニックスへと放った。


 狙い通り、フェニックスは徐々に体を大きくしていくが──突如こちらへ火を吐いてきた。


「うおっ!?」


 セレーナは慌てて炎の壁を作り、その火を防ぐ。


 フェニックスは起き上がり、口に火を宿し始めた。


 俺たちへの敵意は変わらないか。


 しかし奴隷印があれば、命令に従わせることができる。

 ……それでもなるべく頼りたくない印だ。


 俺はフェニックスと会話を試みる。


「……突然起こすような真似をしてすまない。しかし、俺たちは敵じゃない。ただ、ここから出るのに力を貸してほしいだけだ」


 俺がそう言うと、フェニックスは口の炎をこちら向けてきた。


 エリシアたちが刀を抜こうとするが、俺は首を横に振って制止する。


 メーレがそうだったように、強い者であれば会話もできるはず。先ほど、逆に悪魔を支配したルスタフが何よりの証左だ。


「……もし闇の力で苦しんでいるのなら、俺の眷属になることで支配から逃れられるかもしれない。もちろん、眷属になったからといって、俺の仲間にはならなくてもいい。ここから出るのに力を貸してほしいだけだ」


 フェニックスは火をこちら向けたままではあるが、話は聞いてくれた。


 やはり元の精神が少し残っているのかもしれない。中に悪魔がいないことや、弱体化していることも影響してそうだ。


 メーレもフェニックスを説得してくれた。


「私も闇の魔力に支配されていた。だけど、このアレクの眷属になれて解放された。彼は、奴隷印や強引な手は使いたがらない。どうか協力してほしい」


 フェニックスはそれを聞くと、俺に顔を向けた。

 それから俺の手の甲をじっと見つめてきた。


 俺の紋章が気になるのだろうか。


 真意は分からないが、フェニックスは口の火を消すとやがてゆっくり頷いた。


 どうやら眷属になるという提案を受け入れてくれるようだ。


「そうか、ありがとう」


 俺が頷き返すと、互いの体の間に光がはじけた。これでフェニックスを眷属にできたはずだ。


 フェニックスの外見に変化は見られないが、苦しむ様子はなくなった。フェニックス自身も突然の変化に戸惑っているようだ。


「よかった……」


 エリシアやセレーナたちはほっと息を吐く。しかしそれをかき消すように、火口から大噴火が起きた。


 先程よりも激しい噴火。溶岩もさらさらとしたものに変わり、山を激流のように流れていく。島全体も大きく揺れ、立っているのも難しい状況になってしまった。


 セレーナはその噴火を見て言う。


「悔しいが、私の魔法もこの自然の噴火にはとても敵いそうもないな……」

「相当な噴火ですね……周囲も溶岩に囲まれてしまいました。アレク様、急ぎましょう」


 エリシアの言う通り、もはや一刻の猶予もない。


 俺はフェニックスに顔を向ける。


「この嵐から出ていきたい。力を貸してくれるか?」


 フェニックスは頷くと、俺の体に纏わりつき瞬く間に覆ってしまった。


 炎に包まれたことに最初は驚いたが、特に熱くもないし体が燃えるということもない。俺はフェニックスの中に取り込まれたようだ。


 セレーナやエリシアが心配そうな顔で訊ねる。


「あ、アレク様がフェニックスの中に!?」

「あ、熱くないんですか?」

「大丈夫だ。むしろ……」


 フェニックスと一体化したことで、今までよりも大量の魔力が集められるのを感じた。


 遠くのほうまで広がる魔力を把握できる──無限に続いているとも思えたこの嵐の天井や壁らしきものまで手に取るように分かった。


 これなら、《パンドラボックス》と同じ要領で穴を作れる。

 いや、今ならこの嵐自体さえ……


 俺は片手を天に向ける。

 そうして闇の魔力をこちらに引き寄せた。


 すると、エリシアたちが空を見て声を上げる。


「……空が!」

「暗闇が晴れていく!!」


 空を覆っていた黒い雲が徐々に晴れ、奥に見えていた朝焼けの空が顔を見せ始めた。


 エリシアたちはその光景にじっと見入る。


「外はもう夜明けでしたか」

「……本当に綺麗な空だ。あの時は昼だったが、アレク様の眷属になって久々に空を見た時のことを思い出すな」


 セレーナも感慨深そうな顔で言った。


 俺も晴れていく空に目を奪われる。


 やりなおし前、俺は暗い場所と夜が好きだった。人目も少なく、昼と比べればはるかに自由に行動できた。


 しかし今こうして明るくなる空を見て、俺はエリシアたちと同じ感想を抱いている。

 こうして暗闇から抜け出せたことを安堵していた。


 アルスの皆と再会できる……それが嬉しいのかもしれない。


 やがて暗闇は消え失せ、水平線から姿を現した旭日が広がっていく。空と海が黄金色に輝き始めた。


 神々しさを感じる光景。


 だがゆっくりと見入っている時間はない。


 嵐を消すことはできたが、島の噴火と揺れはさらに激しくなり収まりそうもない。


「マーレアス号に避難しよう」


 俺はフェニックスと分離すると、急ぎ皆と一緒にマーレアス号へ《転移》した。


 マーレアス号には多くの魔物たちでごった返していた。

 街にいた魔物たちを船へと避難させたようだ。


 そんな中、エルブレスがこちらへ急ぎやってくる。


「戻ったか! ルスタフは倒したんだな!?」

「ああ。魔物たちは皆、船に?」


 エルブレスは深く頷く。


「全員、避難させてもらった……だが、このままじゃ」


 島へ振り返ると、山肌に大きな亀裂が走っている。そこから溶岩が噴き出すと、山が音を立てて崩れ始めた。


 山だけではなく、島全体が大きく崩落し始め海の中へと飲み込まれていく。同時に、周囲に大きな波を引き起こし始めた。


 エルブレスが顔を青ざめさせて言う。


「このままじゃ船ごと飲み込まれちまう! こんなに乗ってたら船も進まねえだろうし、俺たちだけでも海に」

「いや、それなら大丈夫だ」


 俺が船尾のほうへ視線を送ると、そこにはすでに舵を握るラーンがいた。


「退避します! 帆を!」


 その声に船員たちが帆を広げると、帆に筒状の魔導具から風が送られる。


 船は急発進すると、沈みゆく島からどんどんと離れていった。


「お、おお」


 言葉は分からないが、魔物たちは危機を脱したと安堵しているようだった。


 また、至聖教団の船もなんとか島から逃れたらしい。俺たちは追わず、一目散に島から離れていく。


 俺もようやく自然にはあと息が漏れた。


 同時に、沈んでいく島を見てルスタフたちのことが脳裏に浮かんだ。


 やり方は賛同できなかったが、目的は同じだった。


 いや……ルスタフも言っていたが、安息の地はいつでも得られたはずだ。だからと言って、悪魔化する前に口にしていた世界への復讐も彼の本意とは思えなかった。


 思い返せば、悪魔となって強くなったはずのルスタフは、人だった時よりもはるかに貧弱に感じた。仲間が悪魔と化したことに明らかに意気消沈していたのだ。


 彼の仲間は悪魔となってしまった。最後こそルスタフを守ろうとしたが、ルスタフの知る仲間ではなくなっていた。


 結局のところ、ルスタフは仲間といられればそれでよかったのかもしれない。世界の王だとか復讐は、ただの理由付け……俺にはそう思えてならない。


「戦う以外に彼らに道はなかったんだろうか……」


 俺が呟くとエリシアが静かに訊ねてくる。


「島が残るかは分かりませんが……墓標でも立てますか?」

「……いや、そっとしておこう。彼らのことは、俺らの心に留めておけばいい」


 ルスタフたちとは違うやり方で、俺は自分の安息の地をつくる。彼らに笑われないような、立派な国を。


 俺は海の奥底へ消えていく島を見てそう誓った。


 その後、俺たちはエルブレスや魔物たちと今後について協議することにした。


 まず、エルブレスとオークたちは一度アルスへと来ることになった。しかし島で一緒に暮らすことに反対のオークもいたようで、まずはヴェルムなど大陸側で住めないか検討するらしい。


 その他の魔王国の魔物たちからも話を聞いた。彼らの嵐に迷い込んだ理由は多様だったが、俺たちへの要求から大きく二つのグループに分けられた。


 まずは、魔王国へと帰りたいという者たち。

 もう一方は、魔王国から離れたいという者たちだ。


 魔王国へ帰りたいという者は、このままマーレアス号でドッペルゲンガーたちと共に魔王国へと送り届けることになった。


 そして魔王国へ帰りたくないという者は、アルスを経由し新天地を目指すことになった。まずは転移柱でアルスに来てもらう。もちろん気に入れば、ティアルス領内へ住むことも許可した。


 フェニックスについてはしばらく俺の手の甲を見ていたが、やがて深く頭を下げるとどこかへと飛び立ってしまった。


 もともとここを出るのに協力してほしかっただけ。嵐を消すほどの魔力を使えたフェニックスを仲間にしたい思いはあったが、今はそのまま空へと消えていくフェニックスを見送ることにした。


 ともかく嵐を出た俺たちは、再び魔王国を目指し航海を再開した。


 嵐のせいかは分からないが魔王国へ接近していたようで、昼過ぎには魔王国沿岸へと到着するのだった。

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