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153話 暗がりの決戦

 ルスタフはフェニックスの体に飲み込まれ、一体となってしまった。


 フェニックスが咆哮を上げると同時に、島全体が大きく揺れる。やがて火口から溶岩が噴き出してきた。


 先程の噴火とはくらべものにならないほどの溶岩と噴石。

 このままでは街が飲み込まれてしまう。


 一方のフェニックスは、天を仰いだまま空高く羽ばたく。


 攻撃してくる──いや、これは。


 フェニックスがこちらに振り返ることはなかった。


 俺たちを無視し、この暗闇から出ていくつもりだ。


 出ていけるのは自分だけ。置き去りにすれば俺たちと戦う必要なんてない。


 しかし俺たちは何としても止めなければならない。そして邪龍にもしたように、フェニックスの正気を取り戻させなければならない。

 俺はラーンに指示を出す。


「ラーン! 街の皆を海へ! 船に乗せるんだ! 俺はルスタフを止める!」

「かしこまりました!」


 そのままフェニックスの真上に《転移》し、真下へと 《黒弩砲》を放った。


 一方のフェニックスは速度を落とさず、口から極大の火炎をこちらに吹く。ただの火炎ではなく、闇の魔力を纏った赤黒い炎だ。


 《黒弩砲》と炎は衝突すると互いを押しのけようとせめぎ合う。


 しかしフェニックスは火山から飛び散る溶岩を体へ吸い寄せると、口から吹く火炎を更に増大させた。


 これには俺の《黒弩砲》もじりじりと押され始める。


 だが、すぐにフェニックスの火炎は他の方向に向けられた。周囲に飛んでいる龍人に乗ったエリシアたちを落とすためだ。


 龍人に乗ったエリシアたちは、フェニックスを攻撃してくれていた。


 エリシアの聖魔法を受けたフェニックスは悲痛な声を上げる。


 また、セレーナは火口に火魔法を放ち、フェニックスへの溶岩の供給を止めた。


 メーレはフェニックスに纏わりつく闇の魔力を吸い取ろうとしてくれていた。


 複数の敵に、フェニックスは上昇をやめるしかなかった。炎を吐き、どうにか俺たちを倒そうとする。


 しかし、皆が乗る龍人たちは素早い。誰にも火炎を当てることはできなかった。


 相手は一体で、こちらは複数。

 そんな圧倒的な状況だが、なかなか勝負はつかない。


 俺たちも攻撃を加減しているためだ。

 フェニックスを殺してしまえば、この暗闇から出る手段がなくなる。

 かと言って捕えられるような相手でもない。


 ルスタフも俺たちがフェニックスを殺せないと察したのか、反撃をやめる。俺たちの攻撃を回避しながら再び上空を目指し始めた。


 龍人に乗ったエリシアたちがこちらに来て言う。


「アレク様、このままでは逃げられてしまいます!」

「大丈夫だ、エリシア。俺の手に、聖の魔力を送ってくるか?」


 エリシアは頷き、聖の魔力を集め始めた。


 俺も両手に光を宿しフェニックスを凝視する。


 こういうときこそ龍眼だ──


 龍眼を用いフェニックスの炎を覗き、ルスタフを探す。ルスタフだけを狙い撃ちすれば、フェニックスへのダメージは最小限に抑えられるはずだ。


 メラメラと燃える赤黒い炎の体。やがてその中に一つの黒い影を見つけた。


「──いた」


 俺はルスタフのいる場所へと両手を向けた。手のひらの光はエリシアが送ってくれた聖の魔力でさらに大きくなる。


「──《聖槍》!」


 俺の手から、槍を象った光がフェニックスの胴体へと放たれる。


 フェニックスがこちらに顔を向けるが、すでに光の槍はその胴体を貫通していた。


 フェニックスは悲痛な叫びを上げると、体をふらつかせる。


 やがて翼を動かせなくなると、そのまま垂直に落下していった。


 同時に、フェニックスから悪魔──ルスタフが放り出される。


 フェニックスもルスタフも山の中腹へと落下した。


 俺たちもその落下した場所へ着地する。


 フェニックスの体は小さくなりその場に眠っていた。


 何を持って生きていると判断すればいいかは分からない。しかし体の炎がまだ燃えているから弱っているだけのはずだ。


 一方のルスタフは苦しそうな表情で地べたを這っていた。

 フェニックスに手を伸ばし、なんとか戻ろうとしている。


「行かせません!」


 エリシアが刀を抜いてルスタフの手足を斬り落とそうとした。


「エリシア、もういい」


 ルスタフに刀が触れる手前でエリシアは手を止める。


 俺はルスタフに声をかける。


「ルスタフ、お前の負けだ。仲間も皆死んでしまった」

「はあ、はあ……言っただろ……あいつらのためにも、俺は」


 這いずるのをやめようとしないルスタフ。


 だがやがてうつ伏せのまま動けなくなってしまう。


 しばらくすると仰向けとなり、大の字になって天を仰いだ。悪魔の姿のまま、人のように息が荒くなっている。


 俺は言う。


「ルスタフ……何もしないなら、もう一度外の世界を見させるぐらいは」

「無用だ。さっきも言ったが、居心地だけだったらここのほうがはるかに良い。外にあいつは、もういない。それに……ここは俺を信じてくれた者たちの魂が眠っている。俺もここで眠りにつきたい」


 ルスタフはそう答えると、俺を見て苦笑いを浮かべた。


「……しかし、驚いたぞ。あんな強い聖の魔法まで使えるなんてな。俺も散々言われていたが、お前は俺以上の化け物だ。そんな力を持っていて、考えることが静かに暮らすことなのか?」

「お前は勘違いしているが、そんな簡単なことじゃない。静かに暮らすためには、天使と悪魔の戦いを乗り越える必要がある。そのためにはまだまだ力が必要だ」

「ああ、あれか……くだらねえ話だ」


 ルスタフは小さく笑った。


「その日……天使と悪魔の戦いについて何か知っているのか?」

「さあな。ただ昔から、言われていることだ。俺の子供の時から、すぐにやってくるとか言うやつがいくらでもいたが、結局来た試しはねえ。魔王が仕組んでいるって話も言われていたな」

「つまり……何も知らないってことか?」


 ルスタフは頷いて続ける。


「そんなくだらない迷信、俺は信じてもいなかったからな……だが、ここに迷い込んだ魔物から、こんな伝え話も何度か聞いたぞ。 ──天使と悪魔の戦いが起きようと、すべては一つに収束すると。だから怖がることはなく、皆で受け入れればいい、とな」

「一つに収束?」


 聞き覚えのある言葉に、俺は思わず口を開いた。


 地下闘技場で、リュセル伯爵も言っていた言葉だ。


 ルスタフは笑って言う。


「おそらくだが、強いやつが一つにまとめる、ということだろう。つまりは、俺がここを出て、世界の王になるという預言だ──いや、その預言は間違っていたわけだがな」


 ルスタフは自虐気味に笑うと、だがと続けた。


「意味としては間違っていないはずだ。人間も魔物も魔王も天使も悪魔も、結局のところ全部誰かが支配すれば、そんな戦いの心配なんてする必要もない。 ……お前がその日とやらを恐れているなら、さっさと全部従えればいい」

「戦って、か。それはできない。関係のない者たちも巻き込むことになる」

「ふっ。どのみち戦いになるなら、俺は先に仕掛けたほうがいいと思うがな……まあ、それがお前の道だというなら、そうすればいい」


 ルスタフはまっすぐ空の暗闇を見て言う。


「……俺たちは敗北した。つまり、俺の道は間違っていたわけだ。皆、俺を信じてくれたのに、不甲斐ない話だ」


 そんな中、火山口からの噴火がさらに激しくなる。溶岩は俺たちのいる方へも流れてきた。


 ルスタフは上半身を起こすと、俺の顔を見て言う。


「……見届けることはできないが、同じ闇の紋章を持つ者として、そして指導者として、お前の道が上手くいくことを願っている」


 そう言ってルスタフは、倒れるフェニックスに顔を向けた。


 そして闇の魔力を送る。一瞬まだ抵抗するのかと身構えたが、魔法を使うには微弱な魔力だ。その闇の魔力は黒い魔法陣となって、フェニックスの体に浮かび上がった。


 セレーナは剣を抜き、ルスタフを斬ろうとする。


「お前!」


 しかしメーレがそれを止めた。


「……待って、セレーナ。あの魔法陣、アレクという名が記されている」


 つまり俺の名の奴隷印をフェニックスに刻んだのだろう。


「……ルスタフ、何故?」


 ルスタフは首を横に振って言う。


「言っただろう。俺は静かな場所を求めているんだ。お前らがいたらうるさくて眠れない。さっさとここから出ていってくれ」


 そう話すルスタフの体は黒い靄となって散りつつあった。最後の闇の魔力を振り絞ったのだろう。


 ルスタフは再び地面へ仰向けになって倒れると、目を瞑って言う。


「待たせたな、お前たち……ようやくだ。ようやく、共に休める……ようやく、テレンに会えるんだ」


 そう言うとルスタフの体は完全に霧散してしまうのだった。


「ルスタフ……」


 俺もルスタフも、同じ闇の紋章の持ち主で一団を束ねる者。そして大事な者がいたのも共通している。


 かといって、同情はできないし彼のやった征服が正しかったとも思えない。それでもルスタフたちの軌跡は他山の石として忘れることは、してはいけないだろう。


 エリシアが俺の肩に手を添える。


「アレク様……行きましょう」

「……ああ」


 俺はエリシアに頷くと、フェニックスに歩み寄った。

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