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151話 最後の切り札

「フェニックス……」


 エルブレスは現れた火の鳥──フェニックスを見て息を呑んだ。


 フェニックスは太陽のように空で煌々と輝き、暗闇だった空を赤い空へと変えた。


 だが、その火炎の体はどこか禍々しかった。紅の炎の中に、黒や紫の火も入り混じっている。


 エルブレスもそれが気になったのか言う。


「真っ赤じゃない……いや、あんなものなのか?」

「よく気付いたな、エルブレス。本来、フェニックスは混じりけのない紅蓮の色をしているはずだ」


 ルスタフはそう答えた。


 二人ともフェニックスという存在は知っていたようだが、直接見たことはないのだろう。

 もちろん、俺もない。そして聞いたこともなかった。


 魔王国の者や古代の人間は知っていた生き物か……魔物なのだろうか?


 見た目と大きさからして只者ではなさそうだ。事実、フェニックスからは相当な闇の魔力が纏わりついているのを感じた。邪龍と戦った時以来の闇の魔力の量だ。


 フェニックスはふらふらと飛び、どこか苦しそうだった。こちらを攻撃してくる気配もなく、混乱しているようにも見える。


「なぜ苦しがっている? 闇の魔力のせいか?」


 俺が言うと、ルスタフが答える。


「そうだろう。結論から言えば、あいつは邪竜のようなものだ。邪鳥とでも呼ぶべきか。本来は、あいつは人を照らす神々しい火の鳥だったのだ」

「魔物ではないのか?」


 エルブレスが思い出すように言う。


「少なくとも、魔王国にはもういねえ……もともと今の魔王国のある土地は、フェニックスのものだったって話だ。それを魔王たちが何世紀もかけて駆逐したんだ。魔王国では、ただ強力な敵だったと語り継がれている」

「ともかく、魔王と敵対していたということか。それでここに閉じ込められたか……だが、魔物でないなら何故闇の魔力を」


 俺が言うとルスタフが答える。


「もし自分が闇魔法を使えることを知らなかったとして、こんな場所に閉じ込められたときどうする?」

「一か八かで闇魔法を使おうと思うかもな……」

「そうだ。彼は闇の力に溺れてしまったがゆえに自我を失った。悪魔と邪竜と同じだ。あれほどの体であればここから出ようと思えば出られるはずなのに、自我がないとは哀れなものだ」


 ルスタフは邪鳥を見て続ける。


「とはいえ、誰かがやつを操れたなら、ここから出られるはず。悪魔なら、あの邪鳥を操れるはずだ」

「そこで、悪魔を捕まえたがっていたわけだな……」


 俺たちが戦った邪龍の中にも悪魔がいた。メーレも俺の眷属になる前、邪竜の体を操っていた。しかしそれは悪魔だからできたことだ。


「ルスタフ……闇の魔法でどうこうできるというのは、見当違いだ。そもそも、すでにあの邪鳥の中に悪魔がいる可能性もある」

「いや、できるさ。これがあればな」


 ルスタフはそう言うと、赤黒い魔法陣が描かれた紙を取り出した。

 それは俺も見覚えのある魔法陣だった。


「奴隷、印か」


 モノアにも押されていた印だ。印をつけた主が命令を強要出来るという、魔法の印。


 ルスタフは頷く。


「名前は何というか知らなかったが、まあそういう類のものだそうだな。闇の魔力でこの魔法陣をあのフェニックスに刻む。そうすれば、この札の持ち主が命令を下せる」


 ルスタフは奴隷印の記された紙を俺に差し出す。


「どうだ、少年。簡単だろう? あの鳥にこの印を刻むだけだ。そうすれば、皆で仲良く出られる」

「つべこべ言ってねえでさっさと渡せ!!」


 エルブレスはルスタフから魔法陣が描かれた紙を奪った。


 ルスタフは怒る。


「なっ!? エルブレス、それは卑怯だぞ!!」

「さんざん俺らや漂流者から奪った者が何をいいやがる! アレク、さっさとこれを」

「……ふっ、馬鹿な奴だな。そんな簡単に本物を渡すと思うか?」


 エルブレスがそう言うと、後ろに控えていた副官が小さな宝箱を開ける。そこには奴隷印が記された紙が入っていた。


 エルブレスがえっと混乱する中、ルスタフが言う。


「お前が奪ったのは複製だ。本物はあの箱の中。そんな簡単に奪われるわけないだろう」


 ルスタフは俺に顔を向ける。


「……少年。しつこいがもう一度提案する。もし俺たちを出してくれるなら、あの紙は少年に渡そう」

「俺に印を渡せば、どうなるか分かっているのか? お前たちにまず印を刻んで従わせることもできるかもしれないんだぞ?」

「……む。確かにそういうこともできるか。それは困るな。おい、箱を閉めろ」


 エルブレスがそんなルスタフに怒鳴る。


「いい加減、観念しろ!! お前たちはどのみち、アレクには勝てねえ! 素直に渡せ!!」


 そう言ってエルブレスは副官たちに詰め寄ろうとした。副官たちは剣を抜く。


 このままでは奪い合いになる──俺はエルブレスを止めた。


「待て、エルブレス」

「なんでだ! この印があれば、俺たちは出られる! こいつらも従わせられるかもしれねえ!」


 俺は首を横に振り、ルスタフに訊ねる。


「俺たちに印を奪わせたいんだな?」

「何を言っている? 今の少年の指摘で、むしろ渡したくなってしまったほどだぞ」

「信じると思うか? 千年かは分からないが、何年も脱出の方法を考えていたお前たちが、そんなことを想定していないなんてあり得るだろうか?」


 印を渡せばどうなるかなんて、いくらでも想定していたはずだ。


「ルスタフ。その印は、誰のものだ?」

「何が言いたい?」

「印を刻んだ者が、その印の主とは限らないだろう? 俺はただ、他人の印を押すだけになるかもしれない。例えば、魔王という主の名が記された奴隷印をな」


 俺が言うとルスタフはしばらく沈黙する。


 だがやがて感心するような顔で言う。


「おお! 言い方が回りくどくて理解するのに苦労したぞ。なるほど、たしかに誰が作った印かは分からないな。そうか、魔王の名が記されている可能性もあるのか! これは危なかった!」

「今のは例えだ、ルスタフ。魔王でなくても、誰の名前でもいい。ルスタフ、という名でもな」

「俺にそんなことができると? 買いかぶりすぎだ」

「お前は魔王国の魔物を捕らえていたし、魔王国の魔導具を手に入れていた。魔王国の魔法も知っているはず。印の名前を自分のものに変えることも不可能ではないはずだ」


 ルスタフはけっと笑う。


「馬鹿々々しい。魔物の言葉なんて、人間の俺たちが……」

「今更、人間のようなふりをするな。お前は普通の人間じゃない。千年も生き続けているんだ」

「千年、戦と酒宴に明け暮れていただけだ」


 そう答えるルスタフの顔はすでに無表情だった。最早取り繕うのを諦めたのだろう。


 俺に向けられていたルスタフの表情と口調は、全て芝居だったのだ。


 ルスタフはしばらく俺と目をじっと合わせる。


 するとしばらくしてルスタフが笑い声を漏らした。


「……はは。やはりそう簡単には騙されてはくれないか! 少年がエルブレスだったらよかったのだがな」

「お、俺だってわかっていた! バカにすんじゃねえ!!」


 ルスタフを殴ろうとするエルブレスを俺は止める。


「待て、エルブレス。 ……ルスタフ、すでに力の差は歴然だ。それに、こっちには魔王国の文字を読める者がいる。俺が印を改ざんすることもできるだろう」


 モノアとメーレに訳してもらい、ルスタフと記された部分を俺の名前に変えれば、あの奴隷印を使えるはずだ。フェニックスはもちろん、人にも使えるかもしれない。


 つまり、俺がルスタフたちを強引に従わせることもできる。


 ルスタフはこくりと頷く。


「……そうだな、力の差は明白だ。最後の賭けだったんだ」

「賭けはお前たちの負けだ。降伏してくれ。殺したくはない」

「それは無理だ。お前を騙そうとして都合がいいかもしれんが、自分たちのやることには嘘は吐きたくないんだ」


 ルスタフは自分の手に視線を落とす。闇の紋章【暴風】だ。


「……アレク、俺たちは安寧を求めていると言ったな。あれは嘘ではない。だが、それはすでに誰にでも約束されているものだ」


 言わんとしていることはだいたい分かる。安寧をその体で感じられるかは別だが。


「……しかも、ここは正直、地上よりもはるかに静かな場所だ。それなのに、何故ここを出てまで戦いたいと思う?」


 回答に詰まる。


 しかし至聖教団と戦う前、ルスタフがエルブレスに怒鳴ったのは芝居には見えなかった。

 自分の大切な者を貶されたとき、ルスタフは怒り始めた。


「……許せないものがあるからか」

「そうだ。俺たちから何かを奪ったやつも、こんな紋章を与えたやつも、こんな場所を作ったやつも……俺たちは、世界の全てが許せなかった」


 だからとルスタフが言う。


「絶対に、俺たちはここを出ていく」


 気が付けば、ルスタフの手の甲に闇の魔力が集まり始めていた。


 まずいと思った俺は、すぐに闇魔法をルスタフに放つ。


 しかしルスタフの腰に提げられていた袋が光る。防護用の魔導具だ。


「てめえ!」


 エルブレスが斧でルスタフを斬ろうとする。エリシアも同様に刀を抜いて迫った。


 しかし護衛たちが止めに入る。


「させるか!!」


 すぐに斬られる兵士たち。


 だが、すでにルスタフの体は黒靄に覆われてしまっていた。


「これが、最後の切り札だ。一か八かのな」


 黒靄が晴れると、そこには俺たちもよく見た悪魔が立っていた。


「くっ! 止められませんでしたか」


 エリシアは距離を取って、俺のもとへと戻る。


 しかし、俺は拍子抜けに感じた。


 目の前の悪魔の魔力は、特別多いわけではない。

 帝都の地下で戦ったリュセル伯爵の分身のほうがはるかに濃い魔力を有していた。

 しかも筋骨隆々だったルスタフとは打って変わって、細身の体となってしまっている。


 加えて、悪魔はげらげらと下卑た笑い声を響かせていた。


「はははハ!! ようやくダ! ようやく体を手に入れタ!! ぐははハ!!」

「ルスタフ……」


 副官や護衛たちはそんな悪魔を見て、悲しむような顔をする。


 ルスタフが悪魔となったのだから無理もない。それもとても貧弱そうな悪魔に。


 悪魔はそんな副官たちの目が気に入らなかったのか、すぐに副官を尾で吹き飛ばした。


「──くっ!」

「人間、死ネ! 俺は悪魔様ダ!! 人間よりも偉い悪魔様ダ!!」


 エリシアが呟く。


「小物……ですね」

「ああン? 俺は人間よりも偉イ! 強イ!!」


 悪魔はそう言うと、エリシアに闇魔法を放つ。


 しかし俺が何かをする必要もなく、エリシアはゆうゆうと避けた。


 こちらも聖魔法を放つが、まだ魔導具があるようで攻撃が通らない。


 悪魔は怒鳴り声を上げながら反撃を続けた。


「俺は悪魔の王になる男ダ!! お前たちなど敵ではなイ! 俺は悪魔ノ──ッ!?」


 突如悪魔の動きが止まった。そして苦しそうな顔のまま一人で自問自答する。


「悪魔の、王? 何だ、そりゃ?」

「……くっ!! 人間が、俺を馬鹿にするナ! 俺は悪魔の王──」

「──馬鹿か、お前?」

「馬鹿じゃなイ──」

「──小せえんだよ!」


 悪魔は混乱した様子で独り言を話し出すと、ふっと空を飛び始めた。


「まずい!!」


 エリシアは危険を察知したのか、極大の聖魔法を悪魔に放つ。

 俺も聖魔法を放った。


 魔導具が展開している魔力の壁は撃ち抜けたが、悪魔は闇の魔力を展開し防がれてしまった。


 ──俺とエリシアの聖魔法を防いだ?


 それだけでなく、先程よりも悪魔に集まる魔力が濃くなっている。


 俺たちは悪魔に攻撃を続けるが、悪魔は苦しみながらも防ぎ続けた。


「俺は、悪魔の王なんて……ちっぽけなもんじゃねエ……俺は、悪魔も、天使も、神々でさえも、傅く──世界の王だ!!」


 悪魔がそう叫ぶと、その体が再び黒靄に覆われる。


 現れたのは、ルスタフよりも体格の優れた、屈強な悪魔だった。

 先程の細身の姿とは違い、顔や頭にどことなくルスタフの面影を残している。


 兵士たちから見てもそう映ったようだ。


 横たわっていた副官は、俺たちの攻撃を防ぎ続ける悪魔を見上げる。


「ルスタフ……ルスタフなのか?」

「ああ……なんだ、悪魔ってのもたいしたことねえな。人間を絶滅させるとか、悪魔の王だとか温いこと言いやがるから、逆に俺が乗りこなしてやったよ。俺は、人も悪魔も神々も全員殺して、世界の王になるってな」

「っ!? 本当、なのか? 本当にルスタフなのか!?」

「おいおい、覚えていねえのか、メルドス? ……昔、スラムにいた時に約束しただろう? 一緒に、むかつく奴ら、全員殺してやろうって約束しただろ!? ……一緒に、このクソみてえな世界に復讐するんだって」

「ルスタフ……」


 その言葉にメルドスは涙を浮かべ深く頷いた。


「……ルスタフ!! ルスタフだ!! 軍団長が帰られた!!」


 他の護衛や後ろに控えていた兵士も声を上げる。


「ルスタフ!! ルスタフ!!」


 悪魔──ルスタフはそれに応じるように腕を天高く掲げ叫んだ。


「お前ら、俺に続け!!」


 兵士たちは歓声を上げると、自らも腕を掲げる。


 もはや迷っている暇はなかった。


 俺はすぐに、後方に控える第十三軍団に《黒弩砲》を放つ。セレーナやメーレも第十三軍団の兵士たちを攻撃してくれた。


 一瞬にして大半の兵士が死んだ。


 しかしそれでも五十体ほどの悪魔が空へと上がってくる。


 副官や護衛たちも含め、第十三軍団の者たちは悪魔と化してしまった。


 ルスタフはこちらを見下ろしながら言う。


「さあて。こっちも闇魔法を使えるようになった。ようやく同じ土俵でやれるなあ、アレク」


 そう言ってルスタフは、手に闇の魔力を集めるのだった。

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