15話 報酬!
「でかい……それに、処理までしっかり!」
ギルドの受付嬢はテーブルに置かれたデススネークの皮を見て言った。
それから、大急ぎで受付に戻ってくる。
「いやあ、すごいですね。まさか、初討伐がデススネークなんて」
「私ではなく、アレ……ク君が手伝ってくれたおかげです」
エリシアは俺に袖を引かれてそう答えた。皇族だとバレたくない。
「あらあら、子供なのに偉い。それに、帝都からの輸送任務も迅速だし……」
驚く受付嬢に、エリシアは「いい馬がいるもので」と答える。
「馬ですか。あっ……私分かっちゃいました。まあでも、それ以上は触れません」
正体はお忍びの貴族一行だと考えたのだろう。まあ似たようなものだ。
受付嬢は麻袋に金貨を入れてエリシアに差し出した。
「依頼で五枚、デススネークで五枚。どうか、こちらをお納めください」
「ありがとうございます」
「こちらこそ。またいつでも来てくださいね」
俺たちは受付嬢と別れると、ギルドを後にした。
ギルドからギルドへの輸送任務で金貨が五枚、デススネークの皮で金貨が五枚の合計十枚。
これだけで半年は帝都で暮らせる。
一日で稼いだと思うと相当な額だ。
「結構な報酬が入ったな。でも、気を付けないと」
「あまり輸送任務の到着が早いと、ということですね」
エリシアの声に俺は頷く。
「ペガサスやワイバーンを飼っているって言えば、そんなにおかしくはないけどね。空輸は本当に早いから。さて……今日は豪勢に食べたいと思ったけど」
リュシオンは帝都に近いだけあって、豊かな街だ。城壁に囲まれ、石畳の道が敷かれている。付近の農村から人が集まるので、商店や露店も多い。
お金も十分あるから、豪勢な食事も食べられるだろう。
しかし、
「貰った果物を食べたほうがいいですね」
「ああ。せっかくもらったのに腐らせちゃ悪い……でも、どうなんだろう?」
「どう、と申しますと?」
「いや……一度、氷を《パンドラボックス》に入れたことがあってさ。十時間経っても、全く溶けていなかったんだよね」
というより、魔力も中に入るって……
今回も色々荷物を入れたけど、満タンになる気配もない。
エリシアは首を傾げる。
「とすると、中は寒いのでしょうか?」
「いや……凍り付いたものはないし、特別ヒンヤリしたわけでもないし……」
「腐らせては悪いですが、何か果物を入れっぱなしにしてもいいかもしれませんね」
「そうしてみる」
一個だけリンゴを残しておこう。
あとは、どこかの砂場があったら、ひたすら砂を吸い込むとかやってみるか。一回全部荷物を出して、松明を入れてもいいか。
手っ取り早いのは、悪魔に聞くことなんだが……おーい。
<畜生! こんなのはいかさまだ!>
何かに熱中して聞く耳持たない。
いや、これはむしろ悪魔の戦略かもしれない……俺から話しかけさせるための。
新たな闇魔法を編み出すのは少し難しい。
だから、闇魔法の資料にも触れたい。
そういう意味では、闇の神が異端扱いされていないルクシア帝国時代の資料は貴重だ。
俺の領地ティアルスは、その時代に放棄されているので、何か資料があるかもしれない。
「ともかく、宿へ泊まろう」
「はい! できれば、厨房がある場所がいいですが」
「ああ、それはもちろん。あと、それなりに警備もしっかりしているところがいい」
ということで、リュシオンの大通りにある宿に泊まることにした。
借りた厨房では、農民がくれた果物でエリシアが色々と作ってくれたのだが……
「このジュース……美味しい!」
「ミックスジュースですね。リンゴを中心に、色々混ぜてます」
果肉が少し残っており、甘くて飲みやすい。一日の終わりにぴったりだ。
まあ、ほとんど馬に乗って《転移》していただけだけど。
「宮廷で出されるやつより美味しいよ。焼いたリンゴもこんなに美味しいんだな」
エリシアは料理もできるらしい。戦闘もできるし、解体もできる。本当に文句のつけどころがない。
「エリシアに来てもらって良かったな……あ、ごめん。なんだか色々任せきりで」
「何を仰います! アレク様は皇子です! それに私はアレク様のためならなんでもいたします! アレク様はもっと私をばしばし酷使してください!」
「そ、そんなわけには」
やり直し前、俺はすっかり一人で何かやることに慣れていた。
だが普通、皇族や大貴族ともなると、靴を脱いだり履くときでさえ使用人がやる。
まあ、そんなの一人でやったほうが楽でしょ……俺はそう思う。
「ということで、今日は私がアレク様のお体をお流しします!」
「いや、ここの浴場は男女別だし」
「アレク様のお年なら、まだ親が一緒も珍しくないのではないですか?」
エリシアは不思議そうな顔をしている。
俺はまだ七歳だし、確かに入ってもおかしくない。
だけど、中身はもう立派な成人だ。
「大丈夫……」
「アレク様……色々大人びてらっしゃる。そんなところも、ふひ」
にひっと笑うエリシアに、俺は「ごちそうさま」と言って一人風呂へ向かった。
入浴後はそのままベッドに寝て、次の日に備える。
宮廷のベッドより硬いが、こういうのもいいものだ。
初めて、自分の意思で帝都を出た。
やり直し前は、魔法学院の実習とかで出るぐらいだったしなあ。
そういえば……こんなに離れているが、帝都とは《転移》できるのだろうか?
一度、実験してみるか。
俺は寝ながら、帝都の宮廷近くにある庭園への《転移》を念じる。
この時間だし、人も少ないはずだ。とはいえ、《転移》できるとは──えっ。
目の前の光景が一瞬にして変わった。見慣れた宮廷の庭園が見える。
「嘘だろ……こんな離れているのに」
移動したい場所のイメージさえしっかりしていれば、こんなに離れていても《転移》はできるようだ。
これから宿泊先で毎晩、どこまで《転移》できるかやってみるかな。
しかし……なんで、こんなに明るいんだ?
庭園には、至る場所に動く灯が見えた。
どうやら、松明やランプを持っている衛兵が何かを探しているようだ。
「いたか!?」
「いや、いない!」
「ユリス様! ユリス様はいらっしゃいますか!?」
ユリス?
行方不明なのか?
俺の婚約者であるユリスがどうやら見つからないようだ。
もしかして、誰かに誘拐されたんじゃ……いや。
俺は昨日ギルドで見た、三人組を思い出す。
あの時、とても綺麗な銀髪の女の子がいた。
まさか、あの子がユリスだった……いや、あの綺麗な銀髪は間違いない。
でも、どうして冒険者なんかに。
やり直し前のユリスは、ずっと魔法学院で魔法をひたすら学ぶ優等生だった。
ともかく、このままでは自分が見つかってしまう。《隠形》で隠れる手もあるが、ここは一度戻ろう。
俺はすぐに、宿への《転移》を念じた。帰りも上手くいったようだ。
「ぶひひ……アレク様、可愛い……アレク様、ほーんと可愛い。ぶひっ」
宿に戻ると、隣のベッドで寝言を言いながらもぞもぞするエリシアがいた。
だが、その変な鳴き声が全く気にならない。
「ユリスが……いなくなった」
旅を止めて、今からでもユリスを探しに行くべきだろうか。
いや、ユリスには何か考えがあるはず。
そもそも闇の紋を持つ俺との関係が嫌で、帝都を出たのかもしれない。
「ユリス……」
やっぱり気になる。好きというよりは、自分が婚約の原因を作ってしまったことに、責任を感じている。
とはいえ、ユリスも【聖女】の持ち主。
護衛の二人も手練れに見えた。
余計な心配は無用か。
「俺は、俺の旅を続けよう」
「ぶひっ!」
声に振り向くと、隣のベッドで大の字で寝る金髪の美女……エリシアがいた。
うっすらと割れた腹筋が丸出しになっている。
寝相悪いな……
全体的に、今日はエリシアは上機嫌だった。やっぱり帝都の外を見るのが楽しいのだろう。
俺はエリシアに布団を掛けてあげると、自分も眠りに就くのだった。